2章 聖女の現在過去未来
2-1
『見ぃつけた。ずっと捜していたけれど、こんなところにいたんだね。さあ、次はお
どれだけうなされていようとも、夢から覚めればたちまち
しかし過去の
真っ赤な目、耳まで
あの
また、記憶が
あの日、母は夕飯の
父はすぐに戻ってきた。私の横を通りすぎ一人キッチンへと向かうと、母が使っていた包丁を取った。そして、次の瞬間ためらいもせずそれを母の胸に突き立てたのだ。
私は何が起こったのかわからず、固まったまま眺めていた。何度も何度も刺されながら、母は私に
じきに母が動かなくなると、父は笑顔で私を見た。次はお前だ、と言われた気がした。
しかし父の体に異変が生じた。首の後ろから、黒い煙が
――そう、悪魔だ。
悪魔が
どうして。なぜ。
父は悪魔に乗っ取られ、母を殺した。その父も、すぐに悪魔に殺された。
そうしてあの悪魔は、両親を殺し私だけを生かし、かくれんぼを強要したのだ。
今ならわかる。
人間界には
人間の弱い部分に
両親を助けることはできなかったけれど、せめてもの
それと同じくらい、大切な人を
――でも、「見ぃつけた」とはどういうこと? 「次はお嬢ちゃんの番」? あの悪魔は何を言おうとしていたの?
人ならざるもの。
ヲウル
私にとって今日は
――聖なる力を
――あの時、テオの
気になることは多々あれど、今のテオに質問を投げてみたところで答えてくれるとは思えない。テオに
コルピピアを
「セルマよ、一体何があったのだ! 悪魔が現れたと聞いたが……どういうことだ!?」
エトルスクスさまは
私は
「どう、とおっしゃいましてもエトルスクスさま。悪魔祓いをしていたのですから、悪魔が現れるのは当然のことでございましょう?」
悪魔祓いをしている教団の団長が、悪魔の存在を否定するのはおかしい。私も、「初めて見た」などと口が裂けても言ってはならないのだ。
体面を保つため
「ただ、これまで見てきた悪魔と比べてとても
エトルスクスさまが
「それで、悪魔は今どこに?」
「
テオに話を
それを見て、エトルスクスさまは
「そんな……そうか……。
「ええ。わたくしとしても、しっかり検証していただきたいです。これからの悪魔祓いをどのようにするか、改めて考える必要がありますもの」
人の配置、
私はそう考えていたが、エトルスクスさまは少し
「アピオンさまにご報告と、各神殿に
アピオンさまは
彼にもいずれ報告する必要があるだろう。でも、急ぐことではないはずだ。
「アピオンさまは余生を
「セルマ……ほ、本気か? 安全が保障できるまでは、
「いいえ」
悪魔祓いは中止。――と、エトルスクスさまは言おうとしていた。
聖典に描かれているような悪魔が実在したなど、にわかに信じられない気持ちはわかる。
けれど、ようやくかつての記憶を取り戻した私としては、何としてもこの機を
「わたくしは今日、
私の提案に真っ先に反応したのは、エトルスクスさまではなくその横にいる神官のラーシュだった。
「なんと
ラーシュとは、多くの神官を
「ありがとうラーシュ。とても心強いわ」
私のそばでテオがひっそり
私はラーシュの
「エトルスクスさま、ええ、もちろんです。わたくしを信じて下さるなら、喜んで」
「セルマ……私はまだ何も言っておらんぞ」
その表情と
「要するに、エトルスクスさまはわたくしに悪魔祓いをしてみせてほしいのでしょう?悪魔と、それをわたくしが倒すところを実際にその目でご覧になりたいと」
「また勝手に心を読んだな……。
エトルスクスさまは私を聖女だと信じ、私が起こす
ところが、悪魔の存在については半信半疑のご様子だ。
だけど悪魔は存在する。私の両親を殺し、私を捨てた悪魔のことを、私は絶対に放置したりなどしない。
とはいえ私に過去を打ち明けるつもりはないので、百聞は一見にしかず。幹部の目の前で悪魔祓いをすることにしたのであった。
「よくあんなにも、ペラペラと口が回るものだな。今回の悪魔はいつもとは異なり、たまたま強い悪魔だったと? だから負傷者が出たと? ……よく言う、力を持たない分際で」
エトルスクスさまへの報告が終わり、執務室へ戻った
「ありがとう。やっぱり
「
私の発言がどうとかこうとか、テオと反省会をするつもりはない。考えるべきはこの先のことだ。
悪魔祓いをやってみせましょうと言ったものの、そもそも本物の
――テオなら見分けることができるのかしら? そういう能力も聖なる力の一部ならいいんだけど……。
テオとの
鏡の前に立ち全身を
「それはそうとセルマ、どうしておまえは自らすすんで悪魔祓いを引き受ける? 何かあったらどうする気だ、大した力もないくせに」
テオはソファに
しかしその
「悪魔をやっつけるためよ。あんな危険な化け物を放置しちゃダメだってことくらい、テオだってわかっているでしょう? 教団は常に弱い人々の味方よ」
「それでは答えになってない。まず、どうやって悪魔を見つけるつもりだ? 倒す以前におまえに悪魔憑きを
真面目だ。言い出しっぺの私の方が本気じゃないと思えてくるくらいに。
「ないけど、なんとかなるわよ。
私は破れた法衣を
「期限がなくとも、そう長く団長を待たせるわけにもいかないだろう」
装身具類を日常使い用に交換し、これで着替えは終わり。用済みの法衣をくしゃっと丸め、私もテオに対面して座る。
「心配してくれてありがとう。勝手に期待した挙げ句、私が理想の聖女ではなかったからと散々
テオが
「俺は真実を言っているだけだ。息をするように噓をつくセルマとは違う」
「テオだって、
私がさも見てきたかのように告げると、テオがウッと
「言っておくけど、噓をついているのは教団の中では私だけ。教団に裏なんてないから。ティグニス
陛下は情勢をよく
「テオは功を
――ティグニス陛下の役に立ちたい、というテオの
「……心を読むな」
「読まれたくないならいっそ先に喋っちゃえば?」
人を信じやすくて、女性
「ところでテオは王宮には帰らないの? 私の正体を知ったのだから、早く帰って陛下にバラしたらいいのに。……それとも、帰れない理由があるの? 王宮には居場所がないとか、味方がいないとか? もしかして、
――王宮に味方はいるけれど、教団の方が居心地がよく、帰れない理由がある……。
――そうよね。ここにはテオを「王弟」というシンボルとして
テオが私をギロリと
「……おまえ、本当にいい性格をしているぞ。詐欺師だと俺にバレてから、言葉遣いも適当になった」
お
「女神ヲウルはどうしてテオに聖なる力を
力を授ける相手として私が選ばれなかったのには、意味があるのか、ないのか。入信したてのテオが選ばれたのには、意味があるのか、ないのか。
「……おまえみたいな人格
その返答を聞いて、私は薄ら笑いを浮かべた。
「ほら。やっぱりテオは噓が下手」
どぎまぎして視線を泳がせ始めるあたり、本当にわかりやすすぎる。
テオはきっと自分が女神に選ばれた理由を知っている。でも、私には言いたくないのだ。
もしくは、言えない何かが――。
「その上から目線をやめろ。詐欺師のくせに、態度がでかすぎる。聖なる力を持たない無能が
「私には人の心が読める。悪魔祓いの儀式もできる。私が儀式をしない限り、テオは悪魔に手出しできない。それとも、人間ごと中に潜んでいる悪魔を
対等な立場だと分かってほしかったけれど、テオには伝わらなかったようだ。彼は腹を立て、
「
――あ、これは
わざわざ「手を貸さない」「知らない」「助けない」と三度に
でも残念、私が素直に「助けて」と言うわけがない。
はいはい、と
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