1-2
かつてこの世は平らであり、女神ヲウルを中心として人間が暮らしを営んでいた。しかしある時、女神が不老不死であることを
彼の名をメナヘムといった。
メナヘムは死を
彼は常に
メナヘムの恨みは周囲に
事態を重く見た女神は、メナヘムを
女神ヲウルもまた人間との共存を
根の国の住人は女神と人間を恨んだ。その
一方で、女神ヲウルは
……というのが、レグルスレネト王国に伝わる神話であり、聖女を
ナミヤ教の教えの中で最も大切なことは「認めること」。己の弱さを認め、ありのままの己を受け入れることで、何ものにも負けない強さを手に入れることができる。――と、ナミヤ教は説いている。
「セルマさま……聖女さまっ。ありがとうございます、ああ……何と感謝を伝えたらいいか。父が私のことを大切に思っていただなんて……!」
私の
その彼は、己の半分も生きていない私の言葉を信じ込み、私の両手に
「生きているうちにもっとあなたに愛していると伝えていればよかったと、お父さまは大変
「な、なぜ……誰にも打ち明けたことがなかったのに、どうしてあのことをご存じなのですか!? さすが聖女さまだ、私の過去などお見通しなのか……」
ナミヤ教団は事業の
神殿に来る者はみな、何かしらの救いを求めている。救いというのは
私に聖なる力はないが、相手の気持ちを読み取ることは得意だった。だから持ち前の洞察力を
噓をついているのは百も承知。でも、彼らが楽になれるのならばそれに
だから私は聖なる力などなくとも、歴代の聖女の中で誰よりも「聖女」をしているという自負すらあった。
紳士が
「あれは、私の
当然ながら私には他人の心の声なんて聞こえないし、
ただ「あんな出来事」と
しばらく泣いて彼が落ち着いたところで、私は部屋の
「そこの
手のひらに
精霊石とはナミヤ教の神具や
私はそのうちの一つを選んだ。小指の
――どうかこの方が、これから先、心
「あなたにこれを差し上げます。お父さまは天の国から常にあなたを見守っておいでです。今後また心が乱されることがあっても、この石があればきっと、自信を
「妻が……。本当でしょうか。まだ
彼は真剣な
「わたくしは噓をつきません。わたくしには人に見えないものが見え、聞こえない声が聞こえます。それをあなたに伝えているだけ」
というのは噓。私は噓をつく。でも、必要な噓だ。
彼は両親、特に父親に愛された
周囲の人間はみな、自分が金持ちだから相手をしてくれるだけだ。││ と思い込み、誰のことも信じられずに苦しんでいた。
私にできることは、彼の自己
だから私は筋書きを用意して、役者になりきり演じたのである。
「――なぜ」
対話を終え二人きりになった執務室で、テオがぽつりと
振り向くと、彼は
に見つめていた。
その瞳にあるのは疑いの色ではない。わずかな興奮と尊敬、興味。まるで
「対話に同席するたびに思うが、なぜセルマ殿には信者たちの悩みがわかる?」
おや、と私はテオを見る。そんな疑問を
……とはさすがに口に出せないので、聖女としての
「女神ヲウルのお力のおかげよ。いつも申し上げているけれど、女神より授かったこの力のおかげで、わたくしにはみなの心の声が聞こえるのです。心を読む、と言ってもいい。この奇跡を表現するのにちょうどいい言葉は存在しないから」
「……要するに、俺たちが心の中で考えるだけで、その内容がセルマ殿に伝わってしまうということなのか?」
テオが教団にやってきた理由は、気になっていたもののあえて
案の定、三ヶ月も
テオはたぶん、教団を疑っていたのだ。ナミヤ教団はこの国に古くから伝わる女神の名を利用した
もしかしたらナミヤ教が国教となったことからして、
私としては「国の
私はソファに座ったまま、上半身を
「こんなに間近で見ていながら、テオはわたくしの力を信じていないの?」
「ちっ違う、これまで一度も聖なる力など
――ほほう。聖なる力が胡散臭いと。私のことも疑っていたと。
本音を
「国を救ってくれたことには感謝している。だから兄上はナミヤ教を国教にしたのだ。俺は王弟として、兄上の決定を
「そうね。ティグニス陛下は正しいお方。だから当時の我々も陛下を信じ、協力を
「…………」
テオが口を
私がこうして観察しているのにも気づかず、テオは自分に言い聞かせるように呟く。
「あの完全無欠の兄上が頼るくらいだ、ナミヤ教は素晴らしい宗教なのだろう。だが、兄上のお力だけでも国を平定させることはできたはず。俺ももっと力になれた。たった一人の弟として、兄上の
思うに、テオが今言ったことは本来私に打ち明ける予定のものではなかったはずだ。
――現在進行形で口が
「つまり、テオはティグニス陛下が弟の自分そっちのけで教団を頼ったから、
私が
「そん……ち、ちが、俺は、拗ねるだなんて、子どもじみた……無礼だぞっ!」
テオと私の性格は、おそらく対極に位置している。私は本音を隠すのが得意。テオは大の苦手。噓が
テレシア女王の時代、そこかしこに敵が
「陛下と二人、
言葉を
「……宗教など、弱い者が縋るものだ。兄上はお強い。そんなものに頼らずともお一人で立てる」
「だから陛下が教団を頼った理由を探るため、入信を決意したのね」
テオが私をじっと見つめた。ふう、と諦めのため息を
これ以上隠せないと悟り、開き直ることにしたようだ。隠すもなにも、ほとんど丸見えだったけれど。
「聖なる力というのはすごいな。何でもお見通しだ」
想像通り、策など練らなくてもテオの本心がわかった。とても簡単だった。
これ以上噓を重ねなくてよくなったことに
そんなにストレスになるなら、
「テオは我々教団側がティグニス陛下を騙していると思うの?」
「え、違うのか?」
――そこはさすがに
キョトンとされたってこっちが困る。
「もちろん、違います。ティグニス陛下は
「そうか……。では、セルマ殿はなぜ兄上が教団を頼ったのだと思う?」
――私に聞かないでよ~!
テオよりも教団を頼った方が利になるとお思いになったのよ、とは
「わたくしも存じ上げません。でも、思うの。その
「なるほど……それもそうか」
――チョロい。
確かに彼はこっちが心配してしまうほど純粋だ。でも、そんなテオが本当に聖職者となってくれたなら、教団は大きな
テオはもはや私のことを
王族を聖女付きにするなんて、面倒だと最初は思った。でも今は、案外悪くないかも、と内なる私が
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