1章 本物と偽物
1-1
テオとの出会いは、数ヶ月前に
おそらく国内最高級のジャケットとベスト、トラウザーズ。ありふれたシンプルなデザインだが、最新の立体裁断
体のシルエットはすっきりと
彼の背後に
アピオンさまはご
「聖女セルマ
平均より少し低めで安定した声。お兄さまのティグニス
「ええ、存じ上げております。テオフィルス
彼と顔を合わせるのは、これが二度目となる。一度目は二年前の国教記念式典だが、言葉を
「再びお会いできたこと、また
「……は?」
彼がここへやってきた目的――それは、本人の口からまだ語られてはいなかった。だから私が言い当ててみせると、彼はわかりやすく
「俺はまだ何も言っていない……
誰からも。意思表示に首を
殿下の
「セルマ、聖なる力をむやみやたらに使うものではありませんよ。殿下が
アピオンさまはやんわりと
「そうおっしゃいましても、わたくしには自然とわかってしまうのです」
思考の先読みは今に始まったことじゃない。私の側にいる以上、殿下には早く慣れてほしいとアピオンさまも思っておられるに
「そうだとしても、いきなり力を使うものではありませんよ。神殿での暮らしは下界のそれとは異なります。
アピオンさまのお言葉の
「聖女セルマ殿、俺のことは今後『テオ』とお呼びください。
ナミヤ教の聖職者になるには、各地にある神学校に通うか、修道士・修道女として一定期間下働きをする必要がある。でも、テオフィルス殿下……改め、テオの場合、王族であることを理由にそれら
「そういうわけでテオフィルス殿下を輔祭とし、聖女付きにとお連れしましたが、セルマに異論はありますか?」
アピオンさまがお
「ございません。
私が聖女として認められたのは、アピオンさまがまだ団長だった
聖女には必ず
私が持って生まれたのは、虹色の瞳と聖痕のみ。三歳で教団に引き取られたのち、六歳の頃に聖なる力が現れ、そして聖女として認められた。……ということになっている。
実は、私は本物の聖女ではない。
聖なる力もない。ほんの少しも、
その代わり、私には人よりもちょっと
表情や身なり、仕草から、その人の背景や性格を当てることが得意だった。まるで人の心を読んだように
先ほどテオが私の
王弟という身分なのに護衛はなし。一方で、彼とともに教団の最高幹部がわざわざ三人もついてきたこと。
そして、テオからかすかに
毒性があるので
つまりその香りがするということは、テオがナミヤ教に入信し、かつ何らかの叙階を受けたことを意味している。
――王弟殿下が入信なさるとしても、いきなり神官にするにはいくらなんでも権限を
このように、
それよりも、今の私にはテオがついた
『国教となったナミヤ教への理解を深めたく、こうして入信を決めました』
そう言った時、彼の視線が右上に揺らいだ。それを見て私は、
三年前までここ、レグルスレネト王国は、テオの母テレシアさまが女王として君臨していた。
その
彼のおかげでナミヤ教は国内のすみずみまで広まり、ナミヤ教の教えのおかげで人々の心は落ち着いていった。それと同時に私は国使として隣国を訪れ、持ち前の洞察力を
そして、テレシアさまが
テレシアさまがどれだけの失政を重ねていたのかは、私もよく知っている。他民族を
よろしく、と私が左手の
――んん?
私が愛用している手袋は、指先の覆いがないフィンガーレスタイプ。だからすぐ異変に気づいた。
私とテオは中指の先がかろうじて
――さっきの噓と関係が? 私が
聖痕への口づけは、ナミヤ教信者と聖女との間の挨拶のようなものだ。だからこれまで何千何万とこなしてきたが、テオほど
触れたか触れないかわからないくらいささやかな口付けを終え、顔を上げたテオは私と視線を合わせたものの、すぐに
そこで私は
――女性
王宮はしばしば「
たとえば、好きでもない女性を
――ま、私には関係ないか。聖女と輔祭、適切な
恐怖症の件は
この先何があろうとも、私があなたに振り回されることはない。そう意思表示をするように、私はテオに
「テオ。あなたはきっと、
「なっ、何を
ところが彼は反射的に私の言葉に
見込みがあると
「ほら、すぐムキになるそのわかりやすい性格」
助け船代わりに
――やっぱり。この人、めちゃくちゃ噓が下手なんだわ。
アピオンさまたちが不思議そうに彼のことを見ている。テオの入信した理由と先ほど見せた
「アピオンさま、テオは噓が嫌いなのです。複雑なことも嫌い。単純明快なものを好み、正義感が強く、困っている人を放っておけない善人です」
「テオほど高潔な者はいません。彼が先ほどわたくしの言葉を強く否定したのもそのせい。彼は、想像任せの評価はやめてほしいと願っているのです。損得関係なし、
テオの不可解な反応を「行きすぎた
ともかく、こうして私は聖女付きに任命されたテオと共に、神殿の暮らしを送ることになったのである。
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