1章 本物と偽物

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 テオとの出会いは、数ヶ月前にさかのぼる。

 まばゆい金色のかみに、筋の通った高い鼻。はだつやは見るからになめらか。これらは、彼が労働者階級に属さない高貴な身分であることのあかしだ。

 おそらく国内最高級のジャケットとベスト、トラウザーズ。ありふれたシンプルなデザインだが、最新の立体裁断ほうせいのためか余分なところがなく美しい。

 体のシルエットはすっきりとまっており、ねこでもごしでもないのはごろからきたえているためだろう。髪は短めで額が出るよう左右に分けてあるところも、目と平行にシュッと一本線を引いたようなまっすぐなまゆも、この人が誠実で裏表のない性格だということを表している。


 彼の背後にひかえる三人は、そろいも揃って教団幹部。前団長のアピオンさま、現団長のエトルスクスさま、そして次期団長として有力視されているラーシュである。

 アピオンさまはごこうれいということもあり、近いうちロェしん殿でんいんきょされることが決まっている。そんな方までわざわざ引き連れてくるとは。


「聖女セルマ殿どの、私はレグルスレネト王国国王ティグニス・ユシェ・レグルスが弟、テオフィルス・アンヘル・オルサークです」


 平均より少し低めで安定した声。お兄さまのティグニスへいと似ているが、細身の陛下よりも腹筋がしっかり育っている人の声だ。


「ええ、存じ上げております。テオフィルス殿でん、お久しぶりにございます」


 彼と顔を合わせるのは、これが二度目となる。一度目は二年前の国教記念式典だが、言葉をわすのは今日が初めて。

 あいさつの後、私は彼に先んじて告げる。


「再びお会いできたこと、またたびの殿下のお考えも、とてもうれしく思います。まさか殿下がナミヤ教に入信し、輔祭として、、、、、わたくしの、、、、、側で女神の、、、、、教えを学びたい、、、、、、、だなんて」

「……は?」


 彼がここへやってきた目的――それは、本人の口からまだ語られてはいなかった。だから私が言い当ててみせると、彼はわかりやすくまどった。


「俺はまだ何も言っていない……だれに聞いた!?」


 誰からも。意思表示に首をってみせると、テオフィルス殿下は幹部たちにどういうことかと疑いの視線を向けた。

 殿下のどうようを見て、アピオンさまがしょうして私に一つ注意を飛ばす。


「セルマ、聖なる力をむやみやたらに使うものではありませんよ。殿下がおどろいておいでではありませんか」


 アピオンさまはやんわりととがめるだけで、私を本気でお𠮟しかりにはならない。


「そうおっしゃいましても、わたくしには自然とわかってしまうのです」


 思考の先読みは今に始まったことじゃない。私の側にいる以上、殿下には早く慣れてほしいとアピオンさまも思っておられるにちがいない。注意がぬるいのはそのせいだろう。


「そうだとしても、いきなり力を使うものではありませんよ。神殿での暮らしは下界のそれとは異なります。流行はやすたりもなく、時の流れだっておそい。ですから――」


 アピオンさまのお言葉のちゅう、テオフィルス殿下がせきばらいをした。本題に入りたくてたまらなかったらしく、私たちが注目するとせきを切ったようにしゃべり始めた。


「聖女セルマ殿、俺のことは今後『テオ』とお呼びください。けいしょうも不要。セルマ殿がおっしゃったとおり、国教となったナミヤ教への理解を深めたく、こうして入信を決めました。教えをう立場であることは他の信者と同じ。王族ゆえ入信と同時に聖女付きのさいじょかいいただくひいを受けたが、これ以上は結構。厳しくご指導いただきたい」


 ナミヤ教の聖職者になるには、各地にある神学校に通うか、修道士・修道女として一定期間下働きをする必要がある。でも、テオフィルス殿下……改め、テオの場合、王族であることを理由にそれらいっさいめんじょとなったのだ。


「そういうわけでテオフィルス殿下を輔祭とし、聖女付きにとお連れしましたが、セルマに異論はありますか?」


 アピオンさまがおたずねになった。テオの表情はしんけんそのものだが、わずかに視線がらいだのを私はのがさなかった。

 その、、彼が「聖女付き」とは少々めんどうなものの、こばむほどのことでもない。だから私は二つ返事でりょうしょうする。


「ございません。もろもろ承知いたしております」


 私が聖女として認められたのは、アピオンさまがまだ団長だったころ

 聖女には必ずけんげんするとくちょうつうしょう『三要件』がある。にじいろひとみせいこん、そしてがみによってさずけられた聖なる力だ。

 私が持って生まれたのは、虹色の瞳と聖痕のみ。三歳で教団に引き取られたのち、六歳の頃に聖なる力が現れ、そして聖女として認められた。……ということになっている。

 実は、私は本物の聖女ではない。

 ゆいいつ瞳は虹色だが、左手の甲にある×バツ印の聖痕は幼い頃に負ったあとだ。怪我の経緯は覚えていないが、適当な布を包帯代わりに巻いていた記憶がある。

聖なる力もない。ほんの少しも、欠片かけらも。霊感だって一切ない。 

 その代わり、私には人よりもちょっとすぐれたどうさつりょくがあった。

 表情や身なり、仕草から、その人の背景や性格を当てることが得意だった。まるで人の心を読んだようにうことができ、おかげで私は聖女として認定されたのだ。

 先ほどテオが私のしつしつおとずれた理由をいたのも、彼の心を読んだのではない。ただ目の前にあった情報から推測しただけ。

 王弟という身分なのに護衛はなし。一方で、彼とともに教団の最高幹部がわざわざ三人もついてきたこと。

そして、テオからかすかにただよう香り。これは、ヘンルーダというハーブの香りだ。

 毒性があるのでいっぱんてきなハーブのように食用や薬用で使われることはなく、ナミヤ教でもじょかいしきの時にしか用いられない特別なものという位置付けのハーブ。

 つまりその香りがするということは、テオがナミヤ教に入信し、かつ何らかの叙階を受けたことを意味している。

 ――王弟殿下が入信なさるとしても、いきなり神官にするにはいくらなんでも権限をあたえすぎ。となれば、階級は輔祭というのがとうか。でも、輔祭も結局は神官にこき使われる立場だし、それはそれで角が立つから聖女付き││ 私に押し付けることにしたのね。私が断れないように、おえらがたトリオががんくびそろえてプレッシャーまでかけてきているし……。

 このように、じょうきょうから察したことを、いかにも心を読んだように見せかけただけなのだ。

 それよりも、今の私にはテオがついたうその方が気がかりだった。


『国教となったナミヤ教への理解を深めたく、こうして入信を決めました』


 そう言った時、彼の視線が右上に揺らいだ。それを見て私は、彼が理解を深めたくて入信したわけではない、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、のだと確信した。

 三年前までここ、レグルスレネト王国は、テオの母テレシアさまが女王として君臨していた。ちょうれいかいの国政により国はれていく一方で、りんごくマゼ王国との関係も悪化のいっ辿たどっていた。こく婿せいの父親に発言権や力はなく、国内の至る所に裏切り者や工作員がひそみ、敵と味方の見分けも難しかったほどだ。

 そのきゅうじょうを変えるためにナミヤ教をたよったのが、テオの兄であり現国王でもあるティグニス陛下。

 彼のおかげでナミヤ教は国内のすみずみまで広まり、ナミヤ教の教えのおかげで人々の心は落ち着いていった。それと同時に私は国使として隣国を訪れ、持ち前の洞察力を使してマゼ国王に関係改善と国交復活を約束させた。

 そして、テレシアさまがゆうへいされたのちそくしたティグニス陛下は、ナミヤ教の功績をたたえ国教にするとの布令を出したのだった。

 テレシアさまがどれだけの失政を重ねていたのかは、私もよく知っている。他民族をはくがいしたり、さんくさうらなの言うがままに政策を決めてしまわれたり……。役人や貴族にはわいが横行し、ティグニス陛下がてきはつなさるまでそれはそれは散々だった。

 さんじょうを間近で見てきたテオなら、ナミヤ教がどれだけこの国の救世主となったかわかっているはず。にもかかわらず理解を深めたいわけではないのなら、なぜ入信したのか。

 よろしく、と私が左手のこうを差し出すと、彼はひざを折って応じた。私の指先をかすかに握り、ぶくろの上から聖痕に口づけを落とす。


 ――んん?


 私が愛用している手袋は、指先の覆いがないフィンガーレスタイプ。だからすぐ異変に気づいた。

 私とテオは中指の先がかろうじてせっしょくしている程度。だというのに指のあせはひどく、まるでいやいやれているみたいだった。

 ――さっきの噓と関係が? 私がきらい? 聖女が嫌い?

 聖痕への口づけは、ナミヤ教信者と聖女との間の挨拶のようなものだ。だからこれまで何千何万とこなしてきたが、テオほどきんちょうしている者もめずらしい。

 まばたきの回数も多く、一つ一つの動作がぎこちない。表情筋はこわっているし、おまけに顔色がよくない。

 触れたか触れないかわからないくらいささやかな口付けを終え、顔を上げたテオは私と視線を合わせたものの、すぐにらしてしまった。

 いっしゅん見えた空色の瞳。そのどうこうは小さく縮んでいた。さらに私の前から下がる際、じょの位置をかくにんしさりげなく遠回りをして……。

 そこで私はさとった。


 ――女性きょうしょう? だから私のことも嫌い?


 王宮はしばしば「ふく殿でん」だとたとえられる。王族とつながりを持ちたい者などゴロゴロ転がっているだろうし、テオもそのせいでがいを受けた経験があるのかもしれない。

 たとえば、好きでもない女性をきさきにと押し付けられたり、興味もない女性から言い寄られたりごういんせい事実に持ち込まれかけたり。


 ――ま、私には関係ないか。聖女と輔祭、適切なきょを保って付き合っていくだけよ。


 恐怖症の件はいておくにしろ、テオが何らかの目的のために入信したということは確かだ。でも、彼が何をたくらんでいようとも、私のやるべき仕事は変わらない。

 この先何があろうとも、私があなたに振り回されることはない。そう意思表示をするように、私はテオに微笑ほほえんだ。


「テオ。あなたはきっと、らしい聖職者になるでしょう」

「なっ、何をこんきょに!」


 ところが彼は反射的に私の言葉にみ付いた。

 見込みがあるとめているのに、腹を立てた態度を取るのはじゅんする。これではまるで教団への敵意を自らばくするようなものだ。


「ほら、すぐムキになるそのわかりやすい性格」


 助け船代わりにやさしくたしなめると、彼はハッとして固まった。


 ――やっぱり。この人、めちゃくちゃ噓が下手なんだわ。ゆうどうじんもんに簡単に引っかかるタイプ。


 アピオンさまたちが不思議そうに彼のことを見ている。テオの入信した理由と先ほど見せたはんこうてきな態度が結びつかず、こんわくしているようだ。

「アピオンさま、テオは噓が嫌いなのです。複雑なことも嫌い。単純明快なものを好み、正義感が強く、困っている人を放っておけない善人です」

 とうとつな性格ぶんせきとともに「でしょう?」と付けてテオに感想を尋ねると、彼は言葉にまった。図星なのはわかっていたので、私は引き続きアピオンさまにうったえかける。

「テオほど高潔な者はいません。彼が先ほどわたくしの言葉を強く否定したのもそのせい。彼は、想像任せの評価はやめてほしいと願っているのです。損得関係なし、ひいなしの実態に則した正当な評価を、彼は何よりも望んでいる。やっぱり、聖職者向きの性格です」

 テオの不可解な反応を「行きすぎたけんそん」ということにしてお茶をにごしたものの、彼は私に助けられたと気づく時がくるのだろうか。恩を着せたいわけではないので、別に構わないけれど。

 ともかく、こうして私は聖女付きに任命されたテオと共に、神殿の暮らしを送ることになったのである。


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