本物の聖女じゃないとバレたのに、王弟殿下に迫られています

葛城阿高/ビーズログ文庫

序章 どうしてこうなった



 私は聖女。この国でただ一人の、あくをもたおす『聖なる力』を持つ者である。

 悪魔というのは人間にしきもののそうしょう。宿主をあやつり犯罪へと走らせたり、感情を食らいり殺すこともあるやっかいな存在だ。

 あくばらいは聖女の仕事の一つだが、私は非力で武器の心得もない。だから武芸にけているテオフィルス王弟殿でんに聖なる力をあたえ、悪魔退治を任せていた。

 そして、聖なる力のわたしの際に必要となること、、というのが――。


「……これ、毎度やらないといけないの?」


 目の前に立つ彼に、私は小さな声でたずねた。

 聖なる力を渡す方法は、『祝福のせっぷん』。簡単に言えば、キスだ。

 祝福の接吻はしきであり、好意のは関係ない。儀式として聖女である私が能動的にいたすもので、テオフィルス――テオは受動的に致される、、、もの、というのがあんもくりょうかいとなっている。

 だというのに、やる気にあふれるテオに私はついついしりみしてしまい、そのせいで余計に彼が前のめりになった。


「すぐ終わる。だからだまって受け入れろ。ほら、ラーシュたちが見ているだろう?」


 ――なんで私が受け入れる側になっているのかな……?

 以前にも似たような会話をしたおくがあるけれど、あの時とは配役が逆だ。前回は、テオの方が「毎度しないといけないのか?」とこしが引けていたはずだ。

 テオは身を乗り出して、今にも私に「ほら、ここにキスを!」とおのれくちびるを指差してせまってきそうな勢いである。落ち着け、冷静になれとさとしたいが、視界のはしでは悪魔がこうげきの準備を整えつつあって、つまり、四の五の言っている場合ではないのだ。

 私にはキスをするというせんたくしかない。別に、ほんのいっしゅんで済むのだから、まんと言うほどの時間でもない。……はずだと、やけになって自分を奮い立たせる。


「テオフィルス、あなたに聖なる力をさず、……っ!?」


 ところが、お決まりの口上が終わるよりも早く、テオが私の唇をうばった。

 まさにあっという間の出来事。完全なるフライングだ。私のタイミングも事情も、彼はいっさいがっさいを無視した。

 私が思う暗黙のルールでは、今のようにテオから私に迫ってはいけないし、むやみやたらと体に触れてもいけない。ましてや、舌を入れるなど。



「……っ!!」


 にもかかわらず、テオの舌は私の唇のすきを割り、口内へとやってきた。私の舌を発見するととろけるようにからませて、未知の感覚を私にもたらす。

 みちふさぐようにテオの片手は私の腰を抱き、もう片方の手は私の後頭部を支えていた。

 一秒、二秒、三秒。長くはないが、短くもない時間。私の体感時間では充分長いけど。


「……、………………、ぷはっ!?」


 ちゅっというかろやかな音とともに、私たちの唇ははなれた。ようやく終わった……とあんしたら、下半身の力がけた。

 へなへなとその場にへたり込む私に代わり、テオが高らかに宣言する。


「祝福の接吻により、聖女セルマの聖なる力はこの俺テオフィルス・アンヘル・オルサークにじょうされた。ここから先は俺が悪魔を引き受ける!」


 ――キスがどうであれ結局のところ、最終的にテオが悪魔をやっつけてくれればそれで……いいんだっけ?

 ――いや、ダメでしょ。

 私は自分の唇にれた。先ほど重なった場所だ。まだ少し熱を持っていて、唇のかんしょくがまざまざとよみがえってくる。

 先ほどののうこうなキスを、かんしてはいけない。

 そもそもテオは私を疑い、目の敵にしていたはず。本物の聖女ではないのではないかと。

 へいをたぶらかす悪女ではないかと、何度も悪言をかれたではないか。


 ――だというのに、この状況は何?


 ――どうしてこうなった!?

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