大層な木箱

「私達に依頼を手伝わせて欲しい」


どうやらガスライト達は俺達と同じように、帝国内で頼れる人がいない状況らしい。

フードの少女は完全に戦力外で、依頼をこなすにも人を守りながらでは支障が出る。そのため、一度助けて縁ができた俺達と依頼を手伝うかわりに報酬を分けて欲しいという事だった。

正直、悩みどころではあった。

皆を巻き込んで王国から逃げた俺には、フェイ、ディセラ、アクセルの三人に最低限の衣食住を保証する責任がある。報酬を分けると言うことは一日の収入が減ると言うことで、安定の為に一刻も早く住居を構えたい俺にとってはデメリットだ。


「全然良いわよ」


だが、そんな俺の悩みはフェイの一声によってかき消された。


「あたしたちは帝国領の地形とか、魔獣の情報がないでしょ?だから一緒に来てもらえるとすごく助かるわ」


「それは任せてくれ。帝国領の魔獣対策はほとんど頭に入っている」


「フェイの言う通りだね。これからよろしく。ガスライト、フードちゃん」


「ああ。よろしく頼む」


「よ、よろしくお願いします!」


そんな一幕の後、依頼を探しているアクセル達と合流するため、俺達は待ち合わせ場所である帝都の西側広場まで来ていた。

自然豊かな公園のような安心感のあるその広場は、中心にある剣闘士の像が飾られた噴水を囲むように屋台が並び、上等な服を着た様々な種族の帝国の民達で賑わっている。

先に来ていたアクセル達と合流し、俺達は噴水前のベンチに座った。


「それで、どんな依頼を受けたの?」


「サングイスガの駆除だ」


俺からの問いに、アクセルは短く答える。

【サングイスガ】……昔読んだ魔獣辞典で見た記憶がある。確か帝国の森林地帯全域に生息してる肉食の小型魔獣で……ん?

そこまで考えて、俺は隣で魚の塩焼きのようなものを頬張っているディセラの様子がおかしいことに気付いた。


「ディセラ姉ちゃん、どうしてさっきから尻尾を隠してるの?もしかして、とんでもない依頼だったり」


「い、いやぁ。難しい依頼ってわけじゃないんだけどね?ボクはちょっと遠慮したい魔獣なんだよね……」


明後日の方向を見つめながら魚の骨をガジガジと噛むディセラ。しかしあの怖いもの知らずのディセラが遠慮したい魔獣なんて珍しい。アクセルが選んだ依頼というのもあるし、きっと強敵なのだろう。


「ディセラが嫌がる魔獣かぁ。よっぽど強いんだね」


「……うーん。強いっていうか……まぁ、見れば分かるよ」


俺達は依頼の場所を確認し、帝国を出た。あの歯切れの悪い呟きを聞きもせずに。










依頼の目的地である【血の森】を横断するように存在するサバンナで、帝国領に生息する様々な魔獣と戦った。三叉に分かれた牙を持つ虎【トライデントタイガー】や背中に生えた巨大なコブを破裂させて水滴の弾丸を飛ばす【サクレツラクダ】など、群れはしないものの一頭一頭が厄介な特性を持つ魔獣が多かった。


『あたしとディセラで動きを止めるわよ!』


「今のうちにお願い!」


二人の掛け声と共に、つい先程まで目にも止まらぬ速さで振るわれていたトライデントタイガーの鋭利で凶悪な形の牙が停止する。ディセラの腕力とフェイの精霊魔法を持ってしても完全に止められておらず、ギリギリと音を立てて少しずつ押されている。

俺は素早くアクセルに合図を送った。


「っ、行くぞ!アクセル!」


「……ッ!」


阿吽の、とまでは行かないが息のあった連携でトライデントタイガーを倒す頃には、少し離れた場所でサクレツラクダと戦っていたガスライトも獲物から剣を抜き取る所だった。


「あの子……ガスライトちゃんだっけ?相当強いね。フードちゃんを守りながらここの魔獣を倒すなんて」


「うん。向こうから頼まれた事だけど、付いてきてくれて良かったよ」


剣に付いた血を拭いながら話していると、空を飛んでいたフェイが俺の肩に座り込んで言った。


「さっきあんたがハリネズミに囲まれた時も、一番多く倒してたわね」


「罠にかかったのは悪かったよ……」


帝国までの旅路で思い知らされた、今俺達が抱える最大の悩み。それはレーネと離れ離れになってしまったことだった。俺もディセラもアクセルも一対一が得意な剣士で、多数に囲まれると弱い。先程の悪漢のように少数であればフェイの精霊魔法の支援があれば捌けるが、どうしても多数を巻き込む攻撃方法が不足している現状、魔獣との戦いがとても厳しい。

アクセルもそれは分かっているはずだ。目で訴えかける俺に、アクセルは普段と変わらない表情でとんでもないことを言った。


「そろそろだ。


「は?」


全く持って予想していなかった言葉に、つい間の抜けた声を漏らす。

ディセラとフェイの表情を見るに、二人も同じ気持ちだろう。

そんな俺達を気にもせずに、アクセルは鼻を鳴らしながらサバンナの奥に進んでいった。


「ちょちょ、ちょっと待てよアクセル!レーネの臭いって……ここに居るわけないだろ、暑さでおかしくなったのか?」


まるで道が見えているかのように早足で歩いていくアクセルに、俺は少しの心配を覚えながら声をかけた。

アクセルは足を止めず、目線だけをディセラに向けて言った。


「……鼻の悪い人間が分からないのは当然だが……ノーマン、同じ狼人であるお前も気付かないのか?」


「え?……すんすん……っ!?嘘、本当にレーネちゃんの匂いがする!?……こっちだよ!でも、なんで!?」


「あっ、おいディセラ姉ちゃん!一人で行ったら危ないよ!」


ディセラは目を閉じて鼻をひくつかせた瞬間、アクセルが歩いている方向に向かって瞬時に駆け出した。何がなんだか分からないが、ディセラが嘘をつくとは思えない。

俺達はディセラを追いかけてサバンナの奥地に入った。








ディセラを見失わないようにしばらく走り続けていると、先程よりも鮮やかな緑色をした草木が多い場所に出た。

ディセラは何やら洞窟のような空洞のある岩壁の前で立ち止まっている。ここからでは遠くてよくわからないが、どうやら周囲の警戒をしているようだ。


「はぁ……、はぁ……。人に擬態して獲物を誘い込む系の魔獣は、本当にいないんだよね?」


「ああ。私が読んだ近衛教本には書いてなかったし、帝国領でそのような魔獣は見たことがない」


俺は乱れた息を整えながら、隣を歩くガスライトに聞いた。

思い出の人の声とか、故人の声とかを使って誘惑するモンスターは、漫画とかアニメの世界ではよくある展開だ。考えたくはないが、後悔する前に考えられるあらゆるリスクを警戒しておきたい。


「オーグ!早く!」


「ディセラ姉ちゃん、急に走り出したら危ないだろ……って、なんだ?これ……」


息切れのお返しにデコピンの一つでもくれてやろうと思って近付いた俺の視線は、洞窟かと思っていた岩壁に固定された。

鉄の刃すら通さないであろう頑丈そうな岩壁はまるで空間を直接切り取ったかのように精巧に切断されていて、木の板が壁紙のように何枚も張り付けられていた。


「……手遅れかもしれん」


珍しくアクセルが焦っている。俺は背筋に悪寒が走るのを感じた。

よく見ると、ディセラも逼迫した表情をしている。さっきまでは喜びと驚きの表情をしていたのに、この数分の間に状況が変わったのか?


「どういう事だよ、手遅れって」


「この壁の中から……


「はァ!?」


俺は混乱した。いや、アクセルの発言からずっと混乱してはいるのだが、更に混乱している。

目の前には不自然な木の板が張りつけられた岩の壁があって、その中から王国の冒険者学校にいるはずのレーネの血の匂いがするという。なんとも突拍子もない話だが、二人は真剣な表情で俺に訴えかけている。だが、壁の中を確かめる方法なんて……


「これ……木箱?」


精霊を感知して壁を調べていたフェイがそんな事を言い出した。

言われてみれば確かに、壁紙だとしても岩壁に張り付けているのであれば少しは段差が生まれるはずだが、この木の板は岩壁に埋まっているかのように平坦だ。


「すぐ壊して出してあげないと!」


「待て!……気持ちはわかるけど、力任せに壊したらレーネを巻き込むかもしれない」


感情に任せて大剣を構えるディセラを静止する。まずはどれくらいの奥行きがあるか確認しないと。俺は壁の横であぐらをかきながら浮いているフェイに中の確認ができるか聞いてみた。


「あたしも試してるんだけど、この中にいる精霊ってなんか変なのよね……言う事聞いてくれないっていうか、魔力が届かないっていうか」


「どうすれば……」


「あの……わたくしに、任せて頂けませんか?」


肩に乗ったフェイと頭を悩ませていると、後ろから綿花のように軽やかな声が聞こえてきた。振り返ると、目を瞑った金髪の美少女が俺を見上げていた。


「……フードちゃん、顔見せても大丈夫なのか?」


一瞬誰だか分からなかったが、頭の後ろで揺れるフードで気が付いた。

フードを脱いだフードちゃんは俺の場違いで間抜けな質問にこくりと頷いて木箱の前へ進むと、恐る恐る、といった様子で瞼を開いた。


細く長い睫毛が可憐さを引き立たせているその瞳は、黄金色に輝いていた。


「……っ!」


黄金の瞳に現実の光が差し込む。目の前の景色が写ったであろうその瞬間、金色の少女はびくっと肩を震わせた。


「……中に…………一人、います……はぁ、はぁ」


「おい、あまり無理するなよ」


「大丈夫……です」


とてつもない集中力が必要なのかもしれないのに、つい心配の言葉をかけてしまう。

それほどまでに少女の様子は緊迫感があり、何か見えてはいけないものが見えているような、直視するのも躊躇われる景色が写っているのではないかと感じさせた。


逃げるように瞼を閉じた金色の少女は、すぐ近くに待機していたガスライトに指示を出した。


「ガスライト」


「はっ」


「私が立っている場所に危険のないように切って下さい」


「仰せのままに。木くずの一つも触れさせません」


少女はそう言って木箱の前にぴたりと背をつけて立ち、ガスライトはそれを咎めもせずに剣を抜いた。


「失礼……ッ!」


上段の構えからのシンプルな振り下ろし。

おそらく威力ではディセラに劣るし、速度ではアクセルを下回るであろうその一撃は、俺が極めようとしているの領域。圧倒的な正確性と適切な力加減によって一切の音もなく木箱を切断した。


「すごい……」


「よく呆けるなオーグは。早く友人の安否を確認したらどうだ」


俺がガスライトの呆れが混ざった声に我に返った頃には、もう既に三人とも木箱の中に入っていた。

遅れて入ると、中は四方が同じ木の板で囲まれている正方形の木箱で、子供が一人か二人入れる程度の狭さだった。


だから、すぐに見つかった。

血溜まりの中に倒れているが。


「キャシーッッ!!!」


先に入っていた三人は呆然と立ち尽くし、ディセラは涙を流している。

俺は血の池の中に飛び込み、キャシーの体を抱き上げた。

生暖かい血の温度が、キャシーの体の冷たさを引き立てている。


よく見ると、お腹の当たりに見覚えのある歪な球体が縫い付けられていた。


これは……部屋に置いてた魔髄核ダンジョンコアだ。もう既に無力化している為、苗床にするために縫い付けられた訳じゃ無いことは明白だった。


王都からキャシーとレーネを攫い、俺達が向かう途中の道にこんな大層な木箱を設置し、キャシーを弄んでレーネの血溜まりに沈めた。


俺はフェイに聞いた。


「レーネは?」


「ここにはいないみたい。匂いも途切れてて分からないって」


「そうか。ディセラ、アクセルも……キャシーを埋めるの、手伝ってくれないか」


明るい場所でもう一度魔髄核を切除して、綺麗にしてから埋めてあげよう。

そう思って外に出ると、光に照らされてキャシーの胸元にまた別の何かが縫い付けられているのに気付いた。


許せない。体を傷付けないようにそっと糸を解いてみると、それは手紙だった。


「悪趣味な……」


そう思って半ば投げやりに封を切ると、中には懐かしい匂いのする紙切れが入っており、乾いた血で文字が書かれていた。


『おにいちゃん、たすけて』

そしてその下には、別の黒い液体で名前が書かれていた。

と。

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冒険者志望の元料理人が多種族を支配する魔王になるまで。 さくらまこと @sakumako

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