幸福と不幸の表裏

北比良南

幸福と不幸の表裏

「ねえ、好きなんだけど」

「知ってる」

「じゃあ付き合って……くれないかな?」


 家で寝転がり読み古された手垢塗てあかまみれのラノベを読んでいると、僕に抱き着きながら黒門天音くろもんあまねが告白してきた。

 黒門天音は僕の幼馴染で二十年来の付き合いだったりする、彼女は黒の長髪で抜群のスタイルを持つ美人だ。

 そんな美人の女性であるにも関わらず、僕はその告白を受け入れる事が出来なかった。


 僕は彼女との付き合いが長いからこそ、付き合う事が出来ないのだ。

 断っておくが、彼女は美人で優しいし素敵な女性だと思うし、個人的には嫌いではない、寧ろ好意を持っている。

 だからこそ、彼女の告白は断った。


「ごめん……無理だよ」

「……」

「ごめん……ね」

「そっか……そうだよね、ごめんね」


 お互いにそれが無理だと理解しているから、納得してしまう。

 僕と天音が付き合うという事は、お互いの関係そのものが破滅する事になるのと同義だからだ。

 何故そうなるのか、それは彼女の名前から察する事が出来るかもしれない。


 彼女の名前は、黒門天音だ。

 これを並べ替えると黒門天音→『黒闇天こくあんてん』となる。

 

 黒闇天――有り体に言うなら、貧乏神と言えばわかるだろう

 

 これをただのこじつけと思う人もいるだろうけども、こじつけではなく、天音は実際に不幸を呼び寄せるし、意図的に不幸や災いを呼び寄せる事も可能だ。

 だが、意図的に不幸や災いを呼び寄せるだけなら何も問題はない、制御出来るなら不幸や災いを制御すれば災厄に見舞われる事が無いからだ。


 じゃあ何が問題なのか?

 それは天音が無意識で呼び寄せる不幸や災いである。

 天音との関係を保つ際にしてはいけない事がいくつかある、それは好意を持って接する事と悪意を持って接する事だ。

 この二つは、天音との直接の繋がりを意味してしまい彼女の本来の力が無意識に働いてしまうからだ。

 好意を持って接する事は先程も言った通り繋がりを意味しており、悪意を持って接するという事は、天音自身の防衛といった感じと言えば分かるだろう。


 そんな天音と何で未だに一緒にいる事があるのか、という事になるが、それは天音という人間が優しい所にある。

 実際僕は何度も天音の災いを受けている、それにより家族とも離れ離れになる始末だ。

 だが、そういった不幸に見舞われた時に、天音はいつも僕の傍にいてくれたからだ。


 いやいや、不幸にしておいて何をと思うだろうけども、それは仕方のない事だったりする。

 実は彼女が自分を黒闇天の転生体と理解し前世の記憶を知ったのは、十三歳の時で、それ以前は力の存在を当然知らなかったからだ。

 その力の存在を知らない天音を責めれるだろうか? 実際僕は既に何度も不幸な目にあっていたわけだけど、知ってからもこれについては仕方ないと思っていた。

 それに知らなくても、不幸があった時に僕にいつも優しく寄り添っていてくれたのも、他の誰でもない天音だ。

 天音の無意識によるものをどうして恨めようか、ましてや天音自身は優しく寄り添ってくれていたのなら尚の事だ。


 そもそもの話になるのだが、天音は事実を知った時に真っ先に僕に知らせてくれた。

 黙っていれば済む事を正直に話してくれた天音をどうして恨めるだろうか?

 関係を崩す事もあると分かっているのに、正直に話してくれた天音をどうして憎めよう。


 これが意図的に苦しめるのが目的であるなら、僕はとっくに天音から離れていただろう。

 だが、そうではないのだ。

 それを理由に天音を責めるのはお門違いというものである。


 とまあ、このような感じの経緯いきさつが僕と天音にはあったのだ。


 話を元に戻そう。

 僕が天音と付き合えない理由は、彼女が好きな事に起因する。

 一見矛盾してそうだが、そうでもなかったりする。

 彼女と一緒に付き合うとなれば、今以上の不幸に見舞われる事になるのは火を見るより明らかだ。

 そうなってしまえば、恋人といった関係を維持など出来ない。

 天音が望む恋人という関係を保てず。それどころかお互いが離れ離れになる方が怖いし耐えられないのだ。

 故に僕は天音の告白を断ったのだ。


 因みに言っておくと僕の今の生活状態は、既に最低限のラインギリギリといった感じだ。

 僕の持っている物なんて殆どなかったりする、テレビやパソコンやスマホ今の時代であれば大抵の人が持ってる物すら持っていない状態だ。

 僕の所持している物は生活に最低限必要な物と使い古したガラケーと手垢塗れのラノベ一冊だけである。

 ではなぜそんな事になっているのか、それは実に単純な理由で、彼女に好意を持っているが故にこの状態に陥ってるのである。

 それでも天音と離れたくないからと、気持ちを抑えているから、本当に最低限の生活が出来ているのだ。

 でもこのまま好意を今以上に抱き続けてしまえば、今の生活もままならなくなる、それが分かるから天音も告白を断った後に何も言わなかったのだ。


 

 天音の告白の後に僕と天音は寝転がってボーっといている。

 それから更に幾許かの時間が過ぎ、日が傾き始めた頃に天音がポツリと呟いた。「私も幸せになりたい」……と

 そんな天音を見ると天音は涙を流していた。


 天音の呟いた言葉と天音の涙に胸がズキッと痛んだ。

 そして不意にある考えが浮かぶ、天音はいつ『』になれるんだろうか?

 好意を持っている僕ですら、躊躇ためらって天音を受け入れていないのだ。

 じゃあそんな天音が『幸せ』になるにはどうしたらいいのか? それは天音が望むように僕と恋仲になる事だろう。

 でも、僕が天音を受け入れないという事は、天音には恋人を作るという、ささやかな願いさえも叶えられないという事になる。

 それで本当に良いんだろうか? 僕はいつも不幸があった時に天音に寄り添ってもらっていた。

 そんな優しい天音が報われないのは嫌だった。

 自分の『不幸』ばかり気にしていて僕は、僕の好きな天音の『幸せ』の事など考えていなかった。


 そんな考えに至り自覚したら、天音のもたらす力の事など、どうでも良くなっていた。

 そして次の瞬間には、天音を抱きしめて僕から告白をしていた。


「天音僕の本心です。付き合ってください」

「え……う、そ」


 突然の出来事に天音は動揺している。


「本当だ」

「で、でも私と付き合うと……んむ――くちゅ」


 動揺している天音に口づけをした。


「天音……返事を聞かせてくれる?」

「……はい」


 そしてお互い抱きしめあった時である。

 突如天音の全身が光り出した。


「天音……今のは?」

「声が、声が聞こえた。わ、私ね黒闇天の呪縛から解放されたの!」

「良かったな、天音!」

「私もこれで『幸せ』になれるんだ……」


 それ以降は天音に災いを呼ぶ力は無くなった。

 逆に「幸せを呼ぶ力が宿った」と天音は言っていた。

 そんな僕と天音は付き合ってから、ずっと幸せが続いている、それは幸せを呼ぶ力とは別に彼女あまねと一緒に過ごすといった他愛もない事でだ。

 でも僕と天音はそれで充分なのだ。

 今までと違いお互い遠慮する事もなく一緒の時間を共有する事こそがお互いにとっての『幸せ』なのだから……


 

 そうそう、これは後日談になるのだけれど、あの後パソコンで黒闇天の事をネットで調べてみたら、興味深い事が分かった。

 今までは貧乏神の力の所為か貧乏神の事を調べようとすると、何らかの力が働いて調べれなかったからね、だから調べれなかったんだけど……って、まあそれは置いておくとして。


 俗にいう貧乏神というのは、それを迎え入れた場合に福の神になるケースもあるという事だ。

 今回の天音は、貧乏神から福の神に転じたのでこのケースだった。

 天音に前世でこういう事は無かったかと尋ねると、幸せになった事が一度もなかったので伝承の中の貧乏神とは違うんじゃないかと言われた。

 

 まあ、そんなのは今となってはどうでもいい些細な事だ。

 今はただ天音との日常を満喫したい、それだけだ。

 そう日常を……


「ぼんやりしてどうしたの?」

「なんでもないよ」

「ねえ今日は何しようか?」

「そうだな……今日は」


 こうして僕と天音の一緒の時間は続いていく……



 ――終わり

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