第4話 王妃候補、失格②
シャーロットが手を伸ばした先。
妖精の加護を示すというその天球は、何色にも輝かなかった。
輝くのでもなく、色を示すのでもなく。何の変化も示さなかったのだ。
想定外の出来事に、その場にいる誰もが声を失ってしまった。静寂が空間を満たして、それから、困惑の声が広がる。
「え、こんなことって……?」
「どういうこと?!」
「何が起きてるんだ……?」
狼狽する人々の声を裂くように、
「シャーロット・フェルーエン!」
アーネスト・オリエンドが一際大きな声で叫んだ。何が起こるのか。それを見届けようと再び静まった会場の中で、アーネストは自信たっぷりにこう続ける。
「これで、あなたに妖精の加護がないことは明らかになった!」
そこで一度区切ると、勿体ぶったように溜めてから、彼は続きを口にした。
「あなたに王妃になる資格はないと、これで皆にも分かったことだろう!」
「……、……」
そう指摘するアーネストの言葉は、正しかった。
これこそが、シャーロットの秘密の正体であった。
――【加護の天球】が指し示す通り、シャーロットには、妖精の加護が与えられていなかったのだ。
この事実を、シャーロットは昔から知っていた。
十歳の誕生日を迎えた日、代々受け継がれてきたペンダントを貰った時から、それを目に見える形で示され続けてきたのだから。
シャーロットが首から下げている、透明なガラス球の嵌めこまれたペンダント。【加護の天球】と同じ工法で作られたそれが色を変えたことは、今まで一度もなかった。
……このことは、フェルーエン侯爵家の一部の人間と、アルバートとその両親、学院の上層部のみが知る事実であった。
それと同時に、この学院に来るからには、いずれ明るみにでる事実であった。
だから、
「ええ、そうでしょうね」
シャーロットは驚きも、狼狽もしなかった。
来るべき日が来た。先程口にした通りに、彼女はこの出来事を受け止めているだけだった。
むしろ、シャーロットの態度に狼狽したのは、アーネストの方だった。
シャーロットは一つ息を吸うと、アーネストとこの場にいる全ての人に向けて言葉を放った。
「妖精の加護を与えられなかった私は、王妃候補失格。――それを知っているから、ここへ来たのです」
「なっ……」
シャーロットの堂々たる言葉に、アーネストはたじろいだ。それをいいことに、シャーロットは言葉を続ける。
「王妃になれないとしても、私には侯爵家の令嬢としての責務があります。私はそれを、学問によって果たそうというだけのこと。その手段であれば、妖精の加護がなくとも叶いますので」
凛然と言ってのけた彼女の姿を前に、アーネストは言葉を詰まらせかけた。しかし、それでもどうにかシャーロットを追求してやろうと、彼は口を開いた。
「っ、……それを知っていながら、何故黙っていた? 王妃候補として振舞い続けていた? まさかとは思うが、殿下を騙して王妃の座に就こうと……」
「いいえ、殿下はこのことをご存知です」
「は、……?」
シャーロットが即座に否定したことで、アーネストは今度こそ言葉を失ってしまった。説明を求めるように、アーネストの視線がシャーロットとアルバートの間を彷徨う。
「……」
その視線に、シャーロットもどう答えるべきか迷った。何故なら、シャーロット自身もその点については説明ができなかったからだ。
シャーロットが王妃候補としての致命的な欠点を抱えていることを、彼は理解している。なのに、彼は今に至るまで、シャーロットを王妃候補として扱い続けていた。
知っていて何故、彼が自分を王妃候補として扱うのか。その理由を、アルバートは教えてくれたことはなかった。
その理由を彼から直接聞けるのではないか。そんな期待を込めて、アルバートに向けて視線を送った。
説明を求めるような視線。それが皆から一点に集う中で、アルバートは口を開いた。
「シャーロットの言う通りだ。私は、彼女に妖精の加護がないことを知っていた。……その上で、この事実を伏せるべきだと判断したからだよ」
アルバートのその発言に、周囲はどよめいた。
その発言の真意を問うように、皆の視線はアルバートに注がれた。彼はそれを理解した上で、口を開いた。
「この事実が世に出れば、彼女を危険に晒すことになるのは分かりきっていることだろう。……この世界において妖精の加護がないことが、何を意味するか。皆は知っているはずだ」
それを聞いた一同は、黙った。アルバートの言葉の意味を理解できないものは、この場には誰一人としていないからだ。
……妖精の加護がないということは、生命の危機に晒される確率が上がるということであった。
例えば、何者かに襲われた時、加護を与えられた者はそれに抗うことが出来る。窮地を脱することが叶う。
しかし、妖精の加護がないシャーロットでは、抗うための手段が格段に減る。
侯爵令嬢という立場故に、彼女を害そうとする者は少なからず存在するだろう。そういった事態を未然に防ぐために、この事実は伏せられてきたのであった。
アルバートはそこまで語ってから、再度口を開く。
「……それと、王妃候補の件だが。シャーロットとアンネローゼ嬢。どちらの令嬢も、才能に溢れた素晴らしい女性であることは、皆知っての通りだ」
そこで一旦言葉を切ると、アルバートは来賓席を一瞥した。そして、
「これから話すことは、あくまで私個人の意見だ。王室の意向がこうであると定まった訳はない」
そう前置きして、彼はこう言った。
「どちらの令嬢も、王妃となるに相応しい人物であると、断言できる。……だからこそ、彼女たちの王妃としての資質を見極めたいと考えているんだ。その上で、妖精の加護がないという一点だけで王妃候補から排斥してしまうのは、早計ではないかと思ってね」
伝統に重きを置く王室、あるいは、その関係者が聞いたら、卒倒しそうなことを彼は話し始めた。
「この国の未来に関わることだ。妖精の加護の有無だけで決められるほど、簡単な問題ではないはずだ」
その言葉を聞いて、真っ先に口を開いたのは当の本人であるシャーロットだった。
「身に余るお言葉、光栄に思います。…………ですが、殿下。妖精の加護のない私が王妃になることを、皆は認めないでしょう」
妖精の加護を受けた国、ソルヴェーヌ王国。その国において加護を受けないシャーロットは、はっきり言って異端でしかなかった。
そんな彼女が王妃になることを、民が認めるとは到底思えない。最悪、迫害される可能性だってある。今は王妃候補としてアルバートの庇護があるが故に、そういった憂き目には遭わなかった。けれど――
「これ以上、殿下にご迷惑をおかけする訳にはまいりません。私を王妃候補から外していただきたいのです」
これ以上、アルバートに迷惑をかける訳にはいかない。今、彼が追求を受けているのも、シャーロットのせいなのだ。それを思えば、これは当然の申し出であった。
「シャーロット、それは……」
先程まで王太子として堂々と言葉を発していた人物とは思えないほどに、アルバートの声は狼狽していた。揺れる瞳に悲しみが浮かんで見えて、シャーロットは胸がズキリと痛んだ。
けれど、これはずっと昔から決めていたこと。
王妃とならなくとも、彼女には薬草学があった。知識があった。それを活かして、彼の助力が出来る日も来ると、シャーロットは信じていた。
「……私はこの先、薬草学の研究の道に進もうと考えております。この学院に来たのも、当初よりそれを目的としてのこと。これに勝る喜びはありませんわ」
そう口にしたシャーロットは、彼に深々と礼をして
「それでは、失礼いたします。殿下のお力になれるように、精進してまいりますわ」
シャーロットがそう口にしたと同時に、時計台の鐘の音が響いた。彼女は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべると、そのまま式典会場を後にしたのであった。
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