第3話 王妃候補、失格①
「これより、【加護の天球】での属性判定の後、各クラスに移動するように!」
「!」
アルバートが学院へ入ることを願った理由。それに考えを巡らせているうちに、アルバートの挨拶どころか、学院長の挨拶まで終わってしまっていた。
(いけない、私としたことが……)
この短時間で感情を揺さぶられる出来事が続いたせいだろうか、つい、ぼうっとしてしまっていたようだ。
ハッとなって顔を上げたシャーロットの視線の先。壇上には、大型の置き時計のようなものが運び込まれていた。
時計と違うのは、文字盤の代わりに、子供が入れそうなくらいに大きなガラスの球のようなものが嵌めこまれていることだろうか。
それを見つめるシャーロットの表情は硬い。少し冷たくなった指先を落ち着けるように、胸元に下げたペンダントを握った。
その時、
「アルバート・エニュア・ソルヴェーヌ殿下!」
教授に呼ばれたアルバートが、舞台袖から【加護の天球】の前へと歩み出ていく。
「どうぞ、お手を」
そう促されるままに、アルバートが【加護の天球】に手を触れた。
――瞬間、ガラス球の部分が青く輝きを放った。
透き通った海の、青。波に揺れ動く水面のように、ガラス球の中で美しく輝く海色。それが会場内の天井に反射して、幻想的な光景を生み出していた。
「おお、なんと美しい……」
「水の妖精の加護をここまで受けているとは……」
来賓席からは、そんな声が漏れ聞こえてくる。会場にいた誰しもが、それに心を奪われてしまっていた。
誰しもが心を奪われる美しい光景の中で、シャーロットだけが、苦い表情をしていた。
【加護の天球】。触れた者は、己に加護を与える妖精を知ることができるという代物だ。
女王により国を統一された後、妖精たちは人間と交わっていった。それ以来、ソルヴェーヌ王国の人間は誰であろうと、妖精の加護を受けて生まれてくるのである。
そして、加護を受けている人物は、その妖精の属性によって、様々な恩恵を得られる。
……アルバートを例にとれば、天球が青く輝いたので、彼は水の妖精の加護を受けていることになる。
つまり、アルバートは水のない場所であっても、妖精の力で水を生み出すことができるのである。
それに加えて、光の強さで加護を授けた妖精の力を知ることができるという。あれほどに美しい輝きを放つとなると、アルバートに与えられた加護は凄まじいものであることがうかがい知れる。
「……」
新入生の名前が次々と呼ばれていくのを見送りながら、シャーロットは会場を出ようとした。
その時、オルレティア辺境伯の令嬢であるアンネローゼが呼ばれたので、つい、シャーロットは足を止めてしまった。
彼女が天球に触れた瞬間、燃えるような炎を取り巻くように、軽やかな緑の光がガラス球の中で輝きだした。
「まさか……!」
そう口にしたのは、シャーロットだけではなかった。会場の中にいる誰しもが、同じことを思ったことだろう。
アンネローゼは、火と風の妖精から加護を受けている。それを知ったシャーロットは、何故か胸がぎゅっと締め付けられたような気がした。
……基本的に、一人の人間に加護を施す妖精は、一つの属性のみであるとされている。
だが、妖精に気に入られて、複数の属性の加護を得るものが極稀に表れるのだという。
(二つの属性を扱える人はそういないと聞いていましたけれど、まさかアンネローゼ様がそうだとは……)
二つ以上の属性の加護を使いこなすには、相当の訓練と努力が必要になってくるはずだ。
それを考えると、王妃に相応しいのは彼女の方ではないのだろうか――。
立ち止まっていたシャーロットに、壇上から
「シャーロット・フェルーエン侯爵令嬢、どちらへ行かれるのですか。前へどうぞ」
という声がかかった。
「!」
想定外のことに、シャーロットは一瞬だけ硬直してしまった。
(事前に聞いていた話と違いますわね……)
困惑を表情にはおくびにも出さずに、彼女は思考する。
事前に聞いていた話では、シャーロットは、【加護の天球】の儀式には参加せず、そのまま教授の研究室へと向かう手筈となっていた。
元から、シャーロットがこの場で名前を呼ばれることはない……はずだった。しかし、この瞬間、その前提は覆ってしまったことになる。
「どうしたのですか。さあ、前にどうぞ」
壇上に上がろうとしないシャーロットに、教授は急かすように声をかけた。そんなシャーロットの姿に、周囲の生徒たちもざわつき始めた。
「そういえば、シャーロット様がどの妖精から加護を受けているのか、聞いたことがありまして?」
「どうして儀式に参加しないで出ていこうとしたんだ?」
そんな疑念が、一気に溢れ出してくる。そして、それに乗じるようにして、ある男子生徒が声を上げた。
「シャーロット・フェルーエン嬢。早く天球に触れたまえよ!」
アーネスト・オリエンドが、にやりと笑みを浮かべながら、シャーロットを糾弾する。
「最も王妃に相応しいとされているあなたのことだ、さぞ素晴らしい妖精の加護を受けているのだろう!」
そんな言葉で煽るアーネストの姿に、シャーロットは確信する。アーネストは、シャーロットの秘密を知っている、と。
(誰かが彼に情報を与えたのね。……なるほど、この状況は仕組まれたものということ……)
オリエンド家は保守的な派閥にありながら、オルレティア辺境伯に取り入ろうとしているという話を聞いたことがある。
シャーロットの秘密を知り得たならば、これ幸いにと動き出すのも理解できる。
そこまで瞬時に理解して、シャーロットはため息を漏らした。
「さあ、後もつかえているのだから、早くしたまえ! ……それとも何か、儀式に出られない理由でもあるのか?」
尚も言い連ねるアーネストの言葉に、流石に堪えきれなくなったのか、
「アーネスト卿、それ以上、シャーロットを侮辱するような言葉を――」
とアルバートが苦言を呈そうとした。それを、
「殿下、おやめください」
シャーロットの言葉が遮った。
シャーロットが声を発したことで、会場内は水を打ったように静まり返った。
「し、シャーロット……」
「良いのです、殿下。いずれ来る日が、今日に早まっただけのこと」
「だが……、」
「この際です、はっきりさせてしまいましょう」
躊躇うようなアルバートに対して、シャーロットは落ち着き払っていた。そして、アルバートの制止を振り切って、彼女は壇上へと歩んでいく。
「……」
壇上に鎮座している【加護の天球】。その前に立って、シャーロットは一度深呼吸をした。そして、迷いを振り払うようにそれに手を伸ばした。
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