ずっと一緒だからね、お兄さん♡

アレセイア

ヤンデレ義妹の監禁

 私はあの日のことをよく覚えている。

 大好きなお父さんとお母さんが死んでしまった日のことを。

 そして、泣きじゃくる私に手を差し伸べてくれた、お兄さんのことを。

 私はあの日、家族を失って、大切な人を手に入れた。


 お兄さんは隣の家に住んでいる男の人だった。

 まだ中学生だったお兄さん。だけど、その頃の私にはとても格好いい大人のお兄さんに見えていた。お父さんとお母さんが出かけている日、お兄さんが代わりに遊んでくれていた。

 両親を亡くしたその日も、お兄さんは私の傍にいてくれた。

 泣きじゃくる私を慰めてくれた。泣きつかれて眠るまで、ずっと、ずっと。

 一人にしないで欲しい、そう願った私に彼は優しく頭を撫でて応えてくれた。

 その日の手の温かさと彼の優しさを、私は今でも覚えている。


 その後、私はすぐに彼の家の養女になった。

 彼が一生懸命説得して、私を引き取るように母親に訴えたらしい。気が付けば、隣の家のお兄さんではなく、本当のお兄さんになっていた。

 彼のお母さんはシングルマザー。常に忙しくてずっと働いている。だから、家にいるのはいつもお兄さんと私の二人きり。

 だけど、寂しくはなかった。お兄さんがずっと傍にいてくれたから。


 宿題や勉強も一から彼が教えてくれた。わからないところは何度も辛抱強く教えてくれた。宿題が上手にできたら頭を撫でてくれて嬉しかった。

 寂しいときは、いつも傍にいてくれた。一人が怖くて寝られないときは添い寝して頭を撫でてくれた。優しい彼の声が心地よくて眠るのが勿体ないくらいだった。

 休日は一緒に出掛けてくれた。いろんなところに彼は連れていってくれたけど、お兄さんが傍にいてくれればどこでも楽しかった。彼の笑顔が一番格好良かった。

 家事もお兄さんがやってくれていた。だけど忙しそうだから、彼のために私も手伝うようになった。そうすると一緒にいる時間が増えて楽しくなった。その代わり、彼が留守で一人の家事はとてもつまらなくて、寂しかった。


 どんなに寂しいときも、辛いときも、苦しいときもお兄さんが傍にいた。

 嬉しくて、楽しくて、幸せなときもお兄さんが一緒にいてくれた。

 辛いことでも、お兄さんが一緒にいれば幸せだ。

 逆に楽しいことでも、お兄さんがいないと寂しくてつまらない。

 私にとって、お兄さんの存在はどんどん大きくなっていった。

 私の人生を語る上で、お兄さんの存在はもう欠かせない。

 お兄さんがいたから、今の私がいる。

 そして、きっとこれからの人生もきっと――。


 だから。


「お兄さんは、ずっと私と一緒だよ」


 そう告げてお兄さんを傍から離れられないようにした。

 私たちが過ごしてきた部屋に鍵をかけ、お兄さんを一本の布で繋ぎ止める。彼が傷つかないように選んだ、柔らかい素材。だけど、絶対にそれが千切れることはない。

 まるで、それは私とお兄さんの絆のよう。

 それが二人の手首を繋いで離さない。私は手首を持ち上げ、その布を揺らして見せながら目を細める。


「ダメだよ、お兄さん。私から離れちゃダメ。だって一生面倒を見てくれるのでしょ?」


 そのために私は一生懸命勉強したのだから。

 お兄さんのやっていることも勉強したくて、こっそり兄さんの部屋の本を読んでみた。お兄さんは優秀な人だったから、いろんな勉強をしていた。

 だからお兄さんの勉強――経済学を学んだ。株の仕組みも知った。


「ほら見て、お兄さん。この通帳。お兄さんからもらったお小遣いで、これだけ稼げたのよ。それに毎月、配当金がたくさん入ってくるの。もうお兄さんが働く必要はないの」


 だから、お兄さんが着ていたスーツもいらない。

 ネクタイも、ハンカチも、財布も、名刺入れも。

 あの女から与えられたものなんか、この家にはもう必要ない。

 斬り刻んで燃やしてしまおう。


 あ、そういえば、謝らないといけないことがあったっけ。


「そういえば、お兄さん、えっちな本を持っていたよね? ごめんね、あれを勝手に捨てたのは実は私なの」


 部屋を探したときに、お兄さんの本棚の奥から見つけてしまった。

 女の人の裸が載っていた、えっちな本。綺麗な女の人が載っていて、お兄さんが好きそうな人は誰かすぐにわかった。私にはない魅力があって、悔しかった。

 だから、破いた。絶対に復元できないように、鋏で何度も念入りに。


「ごめんね。だから、そのかわり、私の身体だったらいくらでも見ていいからね? 私、成長したよね? お兄さん好みになれたかな?」


 お兄さんは整形とか嫌いみたいで、ありのままの人が好き、って言っていた。

 だからお兄さん好みに成長できるように、いろいろ食生活を頑張ってみた。

 胸が大きくなるようにしっかり栄養を取って。

 でも、お尻や足を引き締めるために運動して。

 女性ホルモンがよく出るように自分でマッサージをしてみた。

 辛抱強い努力が功を奏して、お兄さんが好みの人に近づけている気がする。


「お兄さんは、私だけを見ていればいいの」


 適度に大きくなった胸、小ぶりなお尻、引き締まった太もも。

 これは全部、お兄さんのものだ。お兄さんにだったら、どこを触られてもいいし、どこを叩かれてもいい。何をされても構わない。

 その代わり、お兄さんは私のもの。

 この引き締まった胸板も、逞しい足腰も、指先の一本まで。

 私を映しているこの真っ直ぐな瞳も、全部私のもの。


 ああ、必死に見つめてくるお兄さんの瞳は優しげだ。

 だが、その瞳の奥には強い眼光が宿っている。

 お兄さんは私の拘束を受け入れながら、まだあきらめていない。

 私に向き合いながら、別の道を模索しているのだ。


「お兄さんは素敵な人だよね……本当にいろいろ考えていて、だから、いろんな人にも好かれている。無理もないよね、それは私が一番知っているもの」


 お兄さんにはたくさんのお友達がいる。

 お仕事の仲間もいる。先輩や後輩、上司もいる。

 みんな、みんな、お兄さんの魅力を知っている――。

 だから、お兄さんが行方不明になれば、何かあったと思って探すはず。


 そのことを、私は一番知っている。


「ねぇ、知っている? お兄さんの会社、倒産しちゃったよ」


 その言葉に、お兄さんの目が大きく見開かれる。

 そこに宿った驚きと、信じられないという想い。

 私はそれを見つめながら、微笑みと共にゆっくり言葉を続ける。


「取引先が全部、撤退しちゃったの。去年、大きな事業に乗り出すために借金をしていたから、それが返せなくなって倒産したんだよ。知らなかった?」


 まぁ、取引先を全部潰したのは、私なのだけど。

 だって、私はその企業の株をほとんど買収しているのだから。


「お兄さんの友だちも、みんなお仕事で忙しいみたいだし」


 ある人はアメリカに赴任が決まった――その人に私が仕事を依頼した。

 ある人は離婚に追い詰められている――その人の浮気を突き止め、リークした。

 ある人は入院していて動けない――これは偶然、怪我をしてくれた。

 他にもいろいろな都合で、お兄さんの友だちは忙しい。


 だけど、本当に良かった。自分のことに専念して、お兄さんのことを忘れてくれて。もし、それでもお兄さんのことを気にしていたら。

 今度は事故では済まなかったかもしれない。


「お仕事でお兄さんのことを忘れるなんて、その程度の人たちなんだよ」


 だから、忘れちゃおう? お兄さん。

 その言葉にお兄さんの目は揺れていた。

 じわじわと彼の心が蝕まれている――私の手で、お兄さんの心が移り変わっているのが愛おしい。お兄さんが、私によって染められている。

 だけど、お兄さんの心は完全には折れない。

 まだ、その瞳の奥には光がある。

 それが愛おしくて、美しくて――そして、おかしくて仕方がない。


 私はその瞳の色を堪能すると、しなだれかかるようにお兄さんの身体に寄りかかる。そして、お兄さんの頬に手を添え、熱く吐息をこぼしてそっと頭を抱きしめる。

 そして、そっと耳元に唇を寄せ――小さく告げた。


「お兄さんのメッセージは届かないよ」


 その言葉の効果はてきめんだった。

 びくり、と彼の身体は大きく揺れる。その反応がおかしくて私は思わず笑みをこぼしながら、身体を離してお兄さんの目を見る。

 その顔は、私が初めてお兄さんに悪戯したときにそっくりだった。

 可愛らしい彼の表情を指でなぞりながら、小さく囁いた。


「甘かったね。お兄さん」


 お兄さんがあきらめていないことは、目を見ればわかる。

 ならば、どうにかして脱出を試みようとするだろう。

 だから、私は敢えて隙を作り、お兄さんの動向を窺っていたのだ。


「お兄さんもよく考えたね。パンを使って小鳥をおびき寄せ、その足に手紙をくくりつける。まるでスパイ映画のようなメッセージの出し方。お兄さんじゃないと思いつかなかったと思うけど……ふふ」


 鳥とたわむれるお兄さんは可愛らしかった。

 それと必死にしているところもまた。

 だから、それを微笑ましく見守ってきたけれど――。


「でも、希望を持たせすぎるのも不憫かと思って。これ返すね?」


 そういいながら、お兄さんにビニール袋を手渡す。

 その中に入っているのは、小さな紙切れだ。

 お兄さんが必死に書いていたSOSのメッセージ。

 小鳥は返さない――ううん、返せない。

 だって、お兄さんが撫でていいのは、私だけ。


 絶対に、他の女を撫でることは許さないから。


 私は微笑みながら手を伸ばし、お兄さんの頭を撫でる。


「お兄さんは私の面倒を辛抱強く見てくれたもの。間違っても丁寧に直してくれた。お兄さんは絶対に私に乱暴しなかったから……だから、私もお兄さんのことを見捨てたりしないよ? だから好きなだけ足掻いてみてね? お兄さん」


 ここはお兄さんのために作った場所だ。

 敷地を買い取り、塀で囲んだ場所。周りはセンサーで囲まれていて、侵入者は入って来られない。建物は頑丈に作り、不審者は入れないし、ミサイルにも耐えられる。

 ロックは厳重にかけられていて、人工知能と私が雇った警備員の二重ロックだ。

 食料は定期的に買っているが、何かあっても一年分、保存食がある。

 他にもいろいろな工夫を積み重ねた、お兄さんのための屋敷。

 ここから逃げ出す方が間違っているのだ。


「どんなことがあっても、大丈夫だからね。お兄さん」


 私は心からの愛情を込めて、お兄さんに笑いかける。

 私が映る彼の瞳は、いつまでも微かに揺れ続けていた。

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