揺らぐビードロ

 記憶より小さくなった背を追いかけ、廊下を歩く。彼女に促されて敷居をまたいだ。

 裏山に面した彼女の部屋は、いつもひんやりと静かな空気で満たされていた。丸窓から木々が覗き、屋内にも沢山の植物が並んでいる。

 広い部屋だったが、彼女はいつも安楽椅子に座っていた。本棚やアクアリウムが並び、花瓶やビオトープが所狭しと飾られている。

 

「ここの植物たちはね。いくらか他所にあげてしまおうと思うの」


 彼女は植物を愛おしげに見回して、振り返る。手が入れられた植物たちは、つややかに生き生きとしていた。振り返った彼女は悲しげにはにかむ。俺は彼女から視線を外すように、アクアリウムを見た。


「あぁ、その子達?君は私の部屋に来たらずっとその水槽ばっかりを見てたよね。今もそうだけど」


「いや……」


 無意味な否定を呟く。何を否定したのかは判らなかった。


「そうだ、この子達を連れて行かない?私がいなくなっても、いつでも眺められるわよ」


 嬉しそうに手を合わせると、物置から丸型の水槽を取り出した。手際よく小岩や貝殻を置き、砂や水草を敷いていく。瞬く間に丸型の水槽の中に小さな夏が出来上がった。


「これ、覚えてる?」


 彼女はそう言って、小瓶に入った色とりどりのビー玉を取り出した。それらを大事そうに眺めて微笑むと、水槽の中に入れる。

 忘れようはずがなかった。駄菓子屋で貰えるおまけの玩具で、なんの変哲もないビー玉だった。子供心にとても綺麗で、きっと彼女に似合うだろうと思った。きっと喜んでくれるに違いないと勇んだ。彼女に渡すと思った通り彼女は喜んでくれた。特別な瓶に取っておいてくれる彼女のために、幼い自分が必死に集めたものだった。


「君がくれたんだよね。綺麗だってはしゃいで。昔から君は綺麗なものが好きだよね」


 また否定の言葉が喉をついた。しかし、今度は飲み込んだ。

 彼女のために集めたそれは、水槽に敷き詰められた。空になった瓶を閉じて、彼女は水槽を差し出す。「水は家に帰ってから入れてね」そう微笑む彼女の顔を、俺は見返す。


「ありがとう綺麗だ。大事にするよ。……結婚おめでとう」


 水槽を受け取って抱きかかえる。彼女は「ありがとう」と言って照れくさそうに笑った。

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廃墟に共食い 40_ @40_

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