第25話 またいつか そして



 戦いは終わった。


 黒い獣は討たれ、残った魔獣達もガーディアン達によって掃討された。


 森の被害は甚大だが、それは主にガーディアン達の電磁投射砲によるもの。森を維持する設備、設備を維持する設備といった、重要なインフラにはほとんど被害は存在しなかった。失われれば取り戻せぬものは、ほとんど失われずに済んだ。森は長い時間がかかるだろうが再生できるし、修復も再生産もできない施設は守り抜いた。


 それでも、やはり被害は深刻だ。


 アルテミスの子機は8割が損壊。損失を補うための培地は、今回の件を受けて解体が決定した。少なくとも原因が特定できるまでは、培地の再建造はあり得ない。となると、旧来のインフラを用いて損失を補う他ないのだが、もともと朽ちつかせない程度にしか動かしていなかった代物だ。本格的に立ち上げるには、それなりの時間と資源が必要である。


 その間、いかにして森を運用するのかが悩みものである。アルテミスは最悪、人間の手を借りる事も考えているようだ。


 そうやって悩めるのも、勝ったからこそだ。最後の一線は守り切った。ほかには目をくれずアルテミスのコアをまっすぐ狙ってきた強襲は防がれた。恐るべき敵の計略は、単なる偶然によって阻止されたという結果で終わった。


 その立役者たちであるアドラーとフォーレックス、カイト達はどうしたかというと……。


「本当にいいのか?」


「はい! 勿論です!」


 アルテミスの森の境界。すっかり荒れ果てた森が一望できる丘の上で、ホーンズやエクター、無数のドローン達に囲まれたアドラー達の姿があった。傍らには乗ってきたトレーラーがあり、その荷台には大きな箱状の金属部品が複数乗せられている。


 人機の中枢だ。カイトの機体のためのものが一つ。そして、ギルドに提出するための状態の違うものがいくつかある。


「いやしかし、アルテミスの森も復興で大変だろう? なのに私達だけもらうものをもらって撤退というのは……」


「あくまでそういう約束でしたから! ここで手伝ってもらう訳にはいきませんよ。ね」


『了承。契約ハ契約』


 傍らの子機も、こくこくとエクターに相槌をうつ。しかし、アドラーはバツが悪そうに食い下がった。


「けどさあ。森もあんな無茶苦茶になっちまったし、人手は少しでも欲しいんじゃないか? うちのフォーレックスなら何十人分って人力になるだろうし……」


『その程度と見積もられるのは甚だ不本意ですが』


「ものの例えだよ例え! 大体、スーツも貰っちまったし……」


 言いながら、アドラーは自分の背中に張り付いたメカを振り返る。昆虫の甲殻を思わせる多段状の板、これがパイロットスーツの待機状態だ。有事になるとこれが展開されてアドラーの全身を包み込む、らしい。ハイテクすぎてほとんどアドラーには魔法にしか思えない。


「はあ。しかしそれだと困る事になるのはアドラーさんですよ? ねえ、カイトさん」


「ん、うん?」


 エクターが振った話に、びくっと肩を震わせるカイト。なんだか先ほどから変である。心ここにあらずといった様子で、気もそぞろ。


 流石に露骨すぎて、アドラーも苦笑する。


「おいおい。ちょっと落ち着けよ」


「ああいや、すまん。アルテミスの森も大変なのに……」


「ふふ。カイトさんみたいな武家にとって人機がどんなものかは知っていますから、まあ気持ちはわかりますよ。まあ本当に気になさらず。むしろ復興に人の手を借りるわけにはいかないですから。人里と距離をおいてこそのエルフの森、っていう訳でしてね」


「そういうもんか……」


「はい、ですのでお気になさらずにね」


 森の後継者たるエクターにそこまで言われては、アドラーも引き下がる他はない。


「わかった。だけど、アルテミスの森じゃなくて、エクター個人の頼みだったら、何の問題もないだろ? 貸しを一つ、だ。何かあったら呼んでくれ、可能な限りかけつけるから」


「はい、わかりました。そういう時は遠慮なく」


 互いに握手を交わす。エクターの手は小さく柔らかく、土仕事を知らない手ではあったが、握り返す力は強かった。


 そしてそのまま、後ろ髪をひかれながらも、未練が増える前にアドラーとカイトはアルテミスの森を後にする。エクターは彼らが丘の向こうに消えていくまで手を振っていたが、彼らが見えなくなると踵を返し、森の中へと消えていった。彼の戦いは、むしろこれからが本番なのだから。




 帰り道。まっすぐ街を目指すトラックの荷台で揺れながら、アドラーはぼんやりとアルテミスの森での戦いの事を思い返していた。


 黒い獣。銃を使う魔獣の群れ。


 いずれも、噂ですら聞いたことのない話だ。当事者でなければ信じられないだろう。


「なあ、フォーレックス」


『森で戦った魔獣の件ですか?』


「ああ。あれって、ようは新型……って事なんだよな? 前に魔獣の発生経緯は少し聞いたけど、そんな事ありうるのか?」


『在り得ない、というのが模範的回答です。マザーは既に滅びました。滅びて居なければ、人類がこの地上に残っている事は在り得ません。そしてマザーがいなければ、人類に敵対的なドローンの新規設計などはありえません。さらにいえば、あの銃を使う魔獣は新規設計とも言い難いですね。本当に当時の水準で再設計をしたのなら、もっと遥かに、効率的な殺傷力をもった機体を設計していたでしょう。今の魔獣が劣化に劣化を重ねたものなら、銃を使う魔獣は一段階、劣化が低い、といった程度のものです。それだけならば、在り得ない事もない』


 ですが、とフォーレックスは続けた。


『あの黒い獣は……在り得ない存在です。状況的にマザーは恐らく、私の同類によって飽和攻撃をしかけられ、破壊されたはずです。戦闘経験を反映したドローンを新規設計する余裕など、あるはずがない。ですがあの獣は確かに存在した』


 フォーレックスはその場に立ち会わず、アルテミスも伝聞でしか知らないというが、マザーは人類の勢力によって、おそらくはフォーレックスと同じ特機に破壊された。


 簡単な理屈だ。殺人の被害者が、殺された後で加害者の似顔絵を呑気に描いたり、できるはずがない。


 さらにいえば、あの黒い獣はひどく劣化したモンキーモデルだった。それは魔獣のように、長い時間の間に設計設備が劣化し半端な物を作るようになったからではなく、設計レベルで半端なのであって、構造そのものはアルテミスの森の培地を使っただけあって精度の高いものだった。


 つまり、マザーの設計でもなく、マザーが破壊された後に、何者かが新規設計した可能性がある。


『あくまで、可能性の話です。もしかすると、マザーが残した反撃の牙が、時間差で機能しただけなのかもしれない。魔獣の設計プログラムを含んだウィルスが、何らかの変異を起こしたのかもしれない。可能性では、無限のイフがありえます。断定はできません』


「そうか……」


 フォーレックスが言うなら、本当にそうなのだろう。

 正直、いまいち緊張感の無い話だ。人類を滅ぼそうとしたマザーが生きているかもしれない、ならわからなくもない。


 だが、マザーが何かを残したかもしれない、ウィルスが何か悪さをしたかもしれない。


 かもしれない、もしかすると、イフ、多分。明確な根拠などどこにもない。


 獣の脅威は確かにあったのに、なんともあやふやな話だ。さらにいえば肝心の獣も、フォーレックス渾身の一撃で粉微塵に粉砕されて原型もとどめていない。


「昨晩確かに命がけで戦ったってのに、それを証明できるのは当事者の語りだけってか。出自の怪しい怪談みたいな話だな。つかみどころのない」


『そうですね。ギルドに掛け合ってみても、調査はしてくれないでしょう。獣そのものは撃破されたのですから』


「俺も、そんな曖昧な話、ぴんと来ないなあ……。なあ、フォーレックスはどうしたい?」


『私ですか?』


「お前、暴走AIと戦う決戦兵器として作られたんだろう? その相手が生きていた、生きているかもしれないっていうなら、それを追うべきなんじゃないか? 俺の旅につきあってなんかいないで……もっと相応しい主人を探すべき、というか」


 そうだ。フォーレックスがアドラーと一緒にいるのは、ただの偶然だ。そこに、何らかの意味がある訳ではない。


 もし運命的な宿命というものがあるのなら、それを優先すべきだろう。勿論、アドラーとてフォーレックスと別れたい訳ではない。それでも、宿命があるなら、それを果たすべきだと、それを持たぬ身ではそう思うのだ。


 しかしフォーレックスの答えはあっけらかんとしたものだ。


『いえ、別にそうは思いませんけど』


 何の気負いもない返答に、がくり、とアドラーが肩を落とす。内心、『じゃあここでお別れですね』となる事を考えていたから、なおさらだ。


「え? いやでもお前の製造意義なんじゃ……」


『私はあくまでマザーとの戦争における決戦兵器であって、その戦争は終わりました。何より私は意志持つとはいえ兵器、道具です。自らのライダーの都合が最優先であるに決まってるじゃないですか。アドラーがぴんと来ないというなら、特に私にする事はありません。何よりそんな雲をつかむような話、私だってどうしたらいいかわかりませんよ』


「そ、そっか……。お前がそういうなら……そっか。そうだな! 今はカイトの依頼を果たす事だけ考えよう! 次の事は、それからだ!」


『はい、私のライダー』


 不安はある。だがそれは漠然としたつかみどころのない話にすぎない。


 もちろん、放置しておく事への不安はある。だが、今は明日のご飯、明日の露頭が最優先だ。その上で余裕があれば、謎を追い求めるのもいいだろう。その先に、夢をかなえる事ができる何かがあるかもしれない。


 不安はあるが、恐れはない。今のアドラーには何よりも心強いパートナーがいるのだから。


 彼は希望を見出だして、旅路の先に想いを馳せた。


「街に戻ったら、またあれ食べにいこうぜ、カイト」


「ははは、そうだな。一杯やるとするか!」



 


「……なんだこれ」


 呆然とアドラーは呟いた。


 違和感に気が付いたのは、砂丘を越えて街まであと少しというところだった。


 あの、遠くからでも見えた卵のような建造物が見えない。出発の時は、遠ざかるそれをトレーラーの荷台から見つめていたのだからおかしな話だ。


 違和感が異変に変わったのは、残骸の防壁を越えた時だ。


 見えない壁に阻まれたかのように積み上げられた残骸達。それが、まるで崩した瓦礫の山のように乱雑に散らかっている。そしてところどころに残る、弾痕と思しきクレーター。気のせいか、残骸の量も増えているような気がする。特に、壁の内側に残骸が多い。


 そしてたどり着いた街は、暗澹たる有様だった。


 建物は崩れ、街路樹は燃え。かつては様々な装いの人々が集っていた通りには、無数の負傷者が道の横に寝かされている。街の象徴であったろう球体は、全て完全に破壊され積み上げられた残骸がその末路を無言のうちに語るのみだ。中に納まっていた建物がどうなったか、考えるまでもない。


「一体、何があったってんだよ……」


 アドラーの嘆きが、聞く者のいない荒野に静かに溶けていった。

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飛ばず鷲竜見聞録 SIS @masumoto0721

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