【6-4】

 遅れてヒューガ達もやってくれば、ツバメ達はヒューガ達と共にいる郷田の兵士達を見て目を丸くした。


「な、何で一緒にいるの?」

「なー? 不思議に思っただろ?」


 ツバメの疑問に、ヤシロは苦笑しながらやってくる。

 燕寺もポカンとしていると、かつて仲間であった兵士達に話しかけられ、挨拶を返す。


「ひ、久々です」

「ああ、久々だな。……ったく、無茶しやがって」

「だな。ほら、傷の手当てするから」


 呆れられつつも笑みを浮かべる兵士達に、燕寺は素直に頷き傷を見せる。その一方で郷田も兵士達に手当を受けていたものの、ぎゃあぎゃあと何か喚いていた。

 その声を聞きながら、燕寺はガーゼを当てて包帯を巻いていた兵士に訊ねた。


「これは一体……」

「ん、ああ。郷田さんか。まー、ちょっと色々とな」

「色々?」


 首を傾げると、様子を見ていた兵士が無線機を手にしながら説明してくれた。

 噴火が始まった直後、郷田達の軍もマンナカによって大きな損害を受け、生き残った兵士達は撤退の準備を進めていた。

 そんな時、郷田達の武力行為を知った国の上層部達が動き始め、花宮はなみやが拘束されたという話が入ってきたらしい。

 八方塞がりとなった郷田は、せめて大地を手に入れようと足掻いたようだが、上層部に言われた以上兵士達も郷田には味方になれず、一部を除き郷田に従う振りをしていたようだ。


「とはいえ、俺達も責任は問われるだろうな。郷田さんに従って今まで攻撃していた訳だし……」

「……」


 立場が弱く仕方がなかったとはいえ、やった事は決して許されるものではない。それは燕寺も分かってはいたが、複雑な気持ちでもあった。

 と、大きな影が差し込み、燕寺は見上げる。そこには怪我を心配してやってきたツバメの姿があった。


「大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です」


 そう笑うも、ツバメは浮かない表情をしていた。シユウとコムギもやってくるが、兵士達との間に気まずい空気が流れた。

 先程まで殺し合いをしていた者達を、すぐに受け入れられないのはお互いに理解している。それくらい溝が深い事も分かっていた。

 鞘に納めたカラスの剣をシユウは撫でると、その剣に「ごめんな」と呟いた後、歩み寄り頭を下げる。

 シユウが頭を下げた事で、兵士達は騒めき「頭を上げて」と言うが、シユウはそれでも下げなかった。


「さっきは、俺達の仲間に手を出さないでくれてありがとう。助かった」

「……それは」

「いや、こちらこそ、申し訳ございませんでした」


 兵士達も頭を下げ始める。謝罪で済むような問題ではないのだがひたすらに謝る兵士達に、ヤシロとコムギは見つめていた。

 人々が兵士達の様子に少しずつ警戒を解く中、コムギは怒りを滲ませ涙を浮かべた後、首を横に振り顔を逸らす。そしてその場を後にしようとするコムギに、ツバメがコムギを呼び止めようとする。


(あ……)


 急に身体に力が入らなくなり地面に伏せる。その音にシユウは頭を上げ、コムギは立ち止まり振り向いた。

 地平線から空が白くなり、月も小さく白くなっていく。朝が来たのだとツバメは分かると、こちらに向かって走ってくるコムギを静かに見つめる。


「ツバメっ! 」

「……コムギ」


 顔に抱きつき涙を流す。シユウもツバメの名前を呼び、顔に手をやるとその紫色の瞳から涙を溢した。

 声が遠くなる。視界も暗くなる。こんなに呆気なく最期の時が来るのかとツバメは驚きながらも、最後の力を振り絞りコムギに擦り寄った。


「ありがとう……コムギ。シユウも、皆も、ありがとう……」

「っ、……ツバメっ」

「ツバメ……」


 栗色の髪が涙で張り付き、嗚咽を漏らしながらコムギはツバメを見つめる。その隣にシユウが来ると、ツバメはそっとそちらを向いた。

 シユウはツバメを見つめ、鼻を啜りながら口を開いた。


「カラスによろしくな。ツバメ。……ありがとう」

「……シユウ」


 シユウに言われツバメは顔を微かにあげる。そして、シユウの額にツンと口先を付けた。

 口が離れた後、シユウは自分の額を撫でながらツバメを驚きの表情で見れば、ツバメは優しい笑みを浮かべ言った。


「私の分まで、生きてね。シユウ。そしてお幸せに」

「……っ」


 地面に雫が落ちる。耳は折れ顔を歪めると、シユウはその場に座り込む。

 シユウからヤシロ達集落の人々に視線を動かし、そのまま自分を取り囲む人々の顔を眺める。


「皆、ありがとう……。今まで、お世話に、なりました」


 そう笑うとツバメは目を閉じる。ヤシロは声を上げて泣き、集落の女達も声を漏らす。人々の悲しむ声と、別れの言葉がずっと耳に入ってくる中、ツバメの意識はなくなっていく。

 だが、最後にシユウの声が聞こえると、僅かに目を開けシユウを見た。


(またな。か……)


 小さく笑うと、またねとツバメも呟く。

 声にはならなかったが、シユウは顔を上げると、笑って見送った。



―――


 ツバメが逝き、龍はマンナカだけが残った。

 煙を上げるマンナカダケの火口近くで、マンナカは空を見上げると、真っ直ぐと空高く飛んでいく。

 雲どころか、月のある所まで届きそうな位に高く登っていけば、赤い龍の身体はみるみる内に白くなっていく。白い鱗は輝き、龍の身体から離れていけば、龍の身体は尾の先から消え始めた。

 その光景に、何も知らぬ人間達は珍しそうに空を見上げる。

 火球か? 人工惑星か? そんな憶測が飛び交う中、光はやがて空の彼方へと消えていく。咲いた花火の最後のように、キラキラと空中に散って、青空が残ると人々は思わず感激の声を上げ拍手喝采となった。

 こうして、マンナカの最期は大地の人々のみならず、人間達の記憶に一時の天体ショーとして残されると、やがてそれは物語となり、長年語り続けられるようになった。

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