【6-5】

 それから五年後。龍のいなくなった大地には、人間達が住み、様々な家が並んだ。

 しかしそれは郷田達軍の望んだような景色ではなく、以前と同じような穏やかな空気が流れていた。

 そんな景色に、シユウは窓に寄りかかりながら見つめていると、シユウを呼ぶ声が聞こえて振り向いた。


「なんだ。翔一か」


 翔一と呼ばれた燕寺は、苦笑して返す。その胸元にはシユウと同じく【西区振興部】と書かれた身分証明書が提げられていた。


「慣れないなその呼び方。以前みたいに燕寺でいいのに」

「いいだろ別に。というか、いい加減慣れろよ。もう二年経つだろ」

「そうだっけ?」

「そうだよ」


 シユウが呆れながら言うと燕寺は笑う。

 あれから、燕寺は郷田の件で一度は上層部の軍に拘束されたものの、シユウによって解放してもらい、今は同僚として共に働く仲だった。

 他の兵士も同様にシユウに解放された後、国によって復興計画が立てられ、それぞれの役割を持って働いているらしい。

 ちなみにこの提案された復興計画は、最初はやはりと言うか半獣人達と人間との間で何度も揉めたものである。

 脳裏に浮かぶのは郷田達の悪行ばかりで、最初の一、二年は信頼を築くのに苦労したものである。

 しかしそれでも尚、人間側が根気強く寄り添い、話を聞いてくれたことで獣の大地は大きく変わり、今では親しい関係を築き、文明や技術も人間達によって一気に上がっていた。


「シユウはもう慣れたの? この生活に」

「ん? ああ。まあな」


 国から区になり、それによって身分も無くなったが、シユウにとってはどうという事はない。むしろ今の生活を自由気ままに楽しんでいた。

 シユウは優しく笑んで燕寺を見つめていると、外から鳴き声が聞こえ視線をそちらに向ける。燕寺もシユウの見る方を向けば、燕の巣があった。


「また大きくなったね。雛」

「ああ」


 口の中はまだ黄色いものの、それ以外は成鳥と殆ど変わらない。六羽の雛が親鳥に向かって口を開き、餌を催促する姿を見つめながら、シユウはふと言葉を漏らした。


「六人は多いよな……。王子の時だったとしても養えるかどうか」

(またその話か……)


 口にはしなかったが、よく聞かされる話に、燕寺は苦笑いを浮かべる。

 ここ数年のシユウは窓辺に巣を作る燕の様子を眺めては、こうして雛を自分の子どもに当てはめて話していた。

 知らない人からしてみればただの変わった人の様に見えるが、燕寺にとってはそんなシユウの表情はどこか寂しげに感じて、誰かを思い出している様に見えた。

 餌をやり終わった親鳥が、新たな餌を探しに飛び立つと、もう一羽の親鳥がこちらへと飛んでくる。


「!」


 窓のサッシにちょこんと止まると、シユウを見つめる。

 シユウが「どうした」と笑いかけるが、その燕は何かを言いたげにじっと見ていた。

 すると、風が吹き役場の前にある木々が揺れる。その隙間から日の光が差し込むと、燕の羽根の色が青く見えた気がした。


「……」


 シユウはそれを眩しそうに見つめながらも、そっと手を伸ばす。燕は驚き、窓から飛び立っていくと、燕寺はその燕を目で追った。


「何だったんだろう」

「さあな」


 遠くへ行ってしまった燕を二人は静かに眺める。

 初夏の暖かい空気が流れる中、燕寺はふとラクーンの事を思い出し、シユウに伝えた。

 ラクーンはあの後コムギと夫婦になり、スギノオカの復興に携わっている。

 従者なのにシユウの傍から離れる事を、ラクーンは申し訳なく言っていたが、残されたコムギの事もありシユウは気にしていなかった。

 そんなラクーンの話に耳がぴくりと動き、シユウは燕寺を見る。


「二人の子どもが生まれたって?」

「うん。無事に生まれましたよ〜。って」

「!」


 それを聞いたシユウは目を丸くすると、くしゃりと笑って「そうか」と言った。生まれた子どもはコムギによく似た女の子らしい。


「じゃあ今度の休みの時、生まれた子どもの顔を見に行くか」

「だね。お祝いもしなきゃ」

「ああ」


 頷き、嬉しげにシユウは尻尾を揺らす。だが少しして、シユウはまた燕に視線を向けると、燕寺も燕を見た。


「聞いていたとしたら、あいつも喜ぶだろうな」

「うん……きっと喜ぶと思う」


 二人は黒髪を揺らし、嬉々として駆けつけるであろうツバメの姿を思い浮かべる。

 数年経っても、やはりツバメの事は忘れられない。だが、その記憶は少しずつ薄れていっている気がした。

 特に最近では、ツバメがどんな声をしていたのか、それが思い出せなくなっていた。

 眉を下げ息を吐くと、シユウはようやっと窓から離れる。それを燕寺は目で追えば、六つ向き合うように並べられた机の端の席にシユウが座ったのが見えた。その席の机には、所々黒く変形し、千切れた蒼玉の首飾りが置かれている。


「それ、どうしたんですか」

「ん? ああ、これか。この間ラクーンから送られてきたんだよ。焼けた家から見つかったって」

「焼けた家……」


 その言葉を聞いて、燕寺は表情を曇らせる。

 戦いが終わった後、人間との交渉が落ち着きシユウは久々にスギノオカを訪れた。だが、その景色は変わり果て、建物は全て燃えていた。

 その中にはツバメやコムギの家も含まれていて、思い出のある家と共に、ツバメに贈るはずだった品物も殆ど燃えてしまったようだ。

 だがつい先日。その思い出の家を片付けていたラクーンが、瓦礫の中から首飾りを見つけたらしい。そんな唯一残された贈り物を、シユウは撫でながら、切なげに呟いた。


「もっと早く贈れたら良かったんだけどな」

「……」


 燕寺は何も言えず、シユウの背中を見つめる。記憶は薄れていっても、シユウの心の穴はぽっかりと空いたままだった。くすんだ蒼玉を指で撫でては、千切れて熱で溶けた金具を指で弾いたりしながら俯いていると、天井からチャイムが鳴る。

 休憩時間も終わり外から仕事仲間が帰ってくる中、シユウはその首飾りを机の引き出しに入れ、シャツの袖を捲った。


「さて、午後も頑張ろう」

「ああ」


 燕寺が正面の席に座ると、シユウは頷き隣から書類を受け取る。

 その書類には、近々行われる桜の木の植樹祭について書かれていた。


(植樹祭か)


 ソメイが残した外輪山の外につながる大きな川。そこで植樹祭が行われるらしい。

 川に沿って桜の木を植えるらしいが、春になると桜の花だけでなく菜の花も咲くようだ。

 薄紅色と黄色の美しい景色を想像しながら、いいなと思っていると、背後から何かが落ちて転がる音が聞こえた。


「何だ?」


 隣の職員も聞こえたようで二人して振り向く。すると、窓辺の床に何故か一粒の飴玉が転がっていた。

 シユウが椅子から立ち上がりそれを手にすれば、視界に羽ばたく燕の影が差し込む。顔を上げれば、一羽の燕が巣から飛び立っていた。

 職員や燕寺達もやってくると、巣立ちした燕を見て「おお」と驚きつつも、笑みを浮かべ声を漏らす。

 シユウは膝をついたままその様子を眺めていると、ふとツバメの名を口にして、その飴玉をポケットにいれた。

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