【6-3】
ツバメの目に飛び込んだのは外輪山の外の世界だった。夜だというのに、明かりがいくつも見え見慣れない建物が広がっている。
きっとそれが人間達の住む街なのだろうと理解すると、その先にある大きな水溜りを見て言葉を漏らした。
「あれが……海なんだ」
空高く昇る月や、海岸沿いの光に照らされた水面が揺れその上を大きな船が通っていく。
背から降りたコムギとシユウも、その世界を見て立ち尽くす。外からの干渉を殆ど受け入れず、昔の姿を殆ど残したままの中の世界とは違い、外の世界はとても輝いて見えた。
「燕寺」
「は、はい」
「これが、お前達の住む世界なのか」
シユウに訊ねられ燕寺は頷く。そして明かりの多い方を指差して説明した。
「多分あっちが王都だったはず。でも、この山の中の世界みたいに自然が残っている所もありますよ」
「そうか」
話を聞いてシユウは笑むと「良かった」と呟く。動物の住処は外の世界にもある様だと安心し、シユウはその場に座り込む。
座り込んだシユウに、ツバメ達は驚くが、少ししてシユウが笑いだすと、一匹と二人はキョトンとする。
「し、シユウ……?」
ツバメが恐る恐る声を掛ければ、シユウの目から涙が流れていることに気付く。ひとしきり笑った後、シユウは息を吐いて「あーあ」と言った。
「ダメだな俺……。今、外の世界が羨ましいって思ってしまった……。あいつら、俺達がこんなに苦しんでるってのに、温かいもの食べて、眠れてるんだろ。……いいな。敵がいなくて」
俺達も天敵のいない世界に生きたかった。そうシユウが溢した言葉に、燕寺はハッとなり俯く。
ツバメとコムギも表情を曇らせ下を向く。そんなツバメ達にシユウは気付くと、自分が言った言葉を思い出し、頭を抱える。
「すまん。そう言っている場合じゃないってのに」
シユウは謝る。しかし、燕寺はそれを否定した。
「悪くないです。悪くないですよシユウさん。腹立ちますよね。あいつら」
「燕寺?」
わなわなと震える燕寺に、シユウは瞬きする。手を強く握りしめ、息を吐くと早口で言った。
「こっちがどんだけ命懸けで戦ってても、上の奴らは数字ばかりを気にする。ようやく戦争が終わったと思ったら、次は復興だ開拓だ何て言いながら、結局新たな戦争を引き起こしている……」
前々から抱えていた不満が次々と溢れ出す燕寺に、シユウ達は呆然と見つめ聞いていた。
「遊園地や住宅地を作る? 何を馬鹿な事をって思いますよね。僕だって反対です。こんなの……間違っている!」
「あ、ああ……そうだな」
あまりの迫力に、シユウは若干引きつつも頷く。と、どこからか手を叩く音が聞こえた。
ツバメ達は周囲を見回すと、燕寺の後ろからこちらへとやって来る郷田の姿を見つけ、ツバメ達は警戒した。
「郷田、閣下……」
「久々だな。燕寺
「っ……」
睨まれた燕寺は負けじと睨み返し、そっと拳銃に手を伸ばす。郷田はその様子を見て早速脅しをかけた。
「おっと、動くな。今そこにいるお前達の仲間を捕虜にした」
「!」
「あまり騒ぐと仲間の命がなくなるぞ」
郷田はニヤリと笑みを浮かべ、無線機をちらつかせる。その無線機からは悲鳴や怒号が聞こえた。
シユウは舌打ちし、抜こうとしていた刀を鞘に収める。燕寺も拳銃から手を離すと、厳しい表情を浮かべ訊ねた。
「何が望みですか」
「望み? 望みは勿論この大地だ。だが先程お前は我々の計画を反対だと言ったな。となるとお前は我々の望みに応えないという事で理解するが」
「はい。その通りです」
「ふむ。ならば、仕方ない」
郷田はやれやれといった様子で、無線機を口に近づける。まさかと思った燕寺はすぐに拳銃を手にすると発砲した。
放った銃弾は郷田にかすりもしなかったが、それを見た郷田は口角を上げると、空いていた左手で小型の拳銃を手にすると、撃ち返す。
「っ!?」
右脇腹を撃たれ燕寺はうずくまる。手で押さえるも、出血が多く中々動けない。
そんな状態の燕寺の前にシユウが立つと、刀を抜いた。
「お前っ……!」
「動くなと言った筈だ! だが今、お前達は動いたな!! 残念だが、お前達を含めて死んでもらおう……!!」
「っ!」
そう豪快に高笑いしながら、銃口がシユウに向けられると間を空けず銃弾が放たれる。シユウの目が大きく開くと、胸元に穴が空く。ぐらりと揺れ崩れていくシユウに、ツバメとコムギは絶句した。
「シユウさんっ!!」
燕寺が叫びシユウに手を伸ばす。自分が下手に動いてしまったからと後悔しながらも、何とかシユウの腕を掴み受け止めようとする。
と、その手が振り払われ、燕寺は声を漏らした。
「えっ」
「ん?」
郷田もシユウの異変に気づき笑みを薄くする。シユウは刀を地面に刺し一旦膝をつくも、すぐに顔を上げると、郷田目掛けて突進する。
思わぬ反撃に、郷田は一変して険しい表情になると、シユウはカラスから渡された剣を抜き、銃を持つ手を切り裂いた。
「うあぁぁぁぁぁ!!!!」
あまりの痛みに郷田は絶叫する。そして無線機も手から滑り落とすと、シユウはそれを後方にいる燕寺に向けて蹴り飛ばし、郷田を地面に押し倒す。
飛んできた無線機を燕寺は何とか手にすると、耳に当てる。緊張した空気が流れる中、ツバメとコムギはじっと燕寺を見つめる。
「っ、皆……!」
無線機からは何も聞こえない。故障している訳でもなさそうだが、無音が続く無線機に燕寺は焦ってしまう。
シユウも郷田の上で燕寺を見つめながら仲間の身を案じていると、郷田が押し返した事で、シユウは横に転がる。
「な、何故動ける! 胸を撃たれたはずなのに!」
顔を青褪め、ふらつきながら立ち上がると郷田は叫ぶ。そんな郷田に、シユウは着ていた軍服の胸ポケットから黒い龍の鱗を取り出し見せびらかす。その鱗は以前カラスの手の甲に生えていたものだった。
黒曜石みたいに輝く鱗には、銃弾が貫いた状態で止まっていた。
「もし違う銃だったならば、俺は死んでいたかもしれないな」
「っ、調子に乗るなよ……! 犬ぅ!!」
悔し紛れに叫び、血濡れた手で落ちた銃に手を伸ばす。
だがその前に銃声が響き、郷田もシユウも驚きの表情を浮かべた。
「な……な、何故」
振り向いた郷田は、その人物を凝視するとそのまま倒れていく。そこに立っていたのは捕虜になっていた筈のラクーンだった。
煙の上がるピストルを下ろし、息を吐くと「シユウ様」と笑いかける。
「間に合って良かった」
「あ、ああ……ありがとう」
助かった。そうシユウも言って笑うと、ラクーンから伸ばされた手を握った。
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