六章 最後の龍

【6-1】

 カラスが息絶えた後、悲しむ暇も与えないと言わんばかりに、マンナカダケの噴火が酷くなっていった。

 外輪山内にある森や草原は溶岩に飲み込まれていき、風向きによっては火山灰が厚く積もっている場所もあった。ツバメ達を除いた人々は、こちらへと近づきつつある溶岩に恐れ、外輪山のある方へと向かい始める。


「っ、シユウ様達は!?」

「俺が呼んでくる!」


 心配するラクーンに、ヤシロが向かおうとすると、ヒューガが呼び止める。

 こんな時に一体何なんだと、ヤシロが苛立ち混じりに振り向けば、ヒューガから言われたのは意外な言葉であった。


「俺の弟達を頼む」

「え? ……あ、ああ! 言われなくてもそのつもりだよ!」


 ポカンとするも怒って返すと、ヤシロは急いでツバメ達の元へ向かう。と、それよりも先にツバメ達がやってくる。

 龍となったツバメの背の上からシユウが声を掛けると、人々は驚きの表情を浮かべ見上げた。


「なっ、お前達!」

「とにかく話は後だ!先ずは外輪山に向かうぞ!」


 ヒューガが何か言いたげではあったが、それを遮りシユウが指示をする。元からそのつもりで既に人々は避難を始めていたが、皆体力が限界に近く、思ったように進まなかった。

 このままでは逃げ切る前に溶岩が来てしまう。そう思ったツバメは、背に乗るシユウ達に声を掛けた。


「こちらにくる溶岩を私が止めるよ。それで少しは時間稼ぎ出来るかも」

「あ、ああ……。そうだな。頼む」

「うん!」


 頷くと、ツバメは飛び立ち溶岩のある方へと向かう。その途中、カラスの亡骸を見かけたが何も言わずにツバメは通り過ぎていく。

 それから少し離れた場所でソメイの姿を見つけた。ソメイはツバメ達に気が付き振り向くと、ふらつきながらもこちらに向かってくる。


「ツバメさん」


 ツバメは会釈するように小さく頭を下げると、シユウがマンナカの事を訊ねた。


「マンナカ様は噴火を止める為に山へと向かいました。私は少しでも草原を守る為に、雨で溶岩を止めようかと」

「雨……かぁ」

「ええ。……ツバメさんも力で?」

「はい。だから、お力になれればと」


 そうツバメが言うと、ソメイは笑みを浮かべ、「助かります」と返した。


「では、早速ですが行きましょうか」

「はい……!」


 ソメイに対し、力強くツバメは頷く。

 それからすぐに二匹の龍と三人は、溶岩を止めるべく山の方に向かった。視界に溶岩の海が入ってくると、ツバメは口を開き、青い炎を溶岩に向かって放った。

 瞬間的に冷やされた溶岩は厚い壁となり、新たな溶岩の流出を止める。しかし山から流れる溶岩の量が多く、端から流出したり溢れかえってしまったりもした。

 すると、その溶岩を冷そうとソメイは上空に雲を集め、雨を辺りに降らせる。

 溶岩の熱に当たり、蒸気が発生して辺りが霧のように真っ白となると、ツバメ達はソメイの姿を見失った。


「ソメイ様?」


 ツバメがキョロキョロとして見回すと、蒸気に隠れて冷えきった溶岩の上に倒れるソメイの姿があった。

 ツバメは驚き傍に降り立つと、ソメイは力なく笑い謝った。


「もう、ここまでのようですね……」

「っ、ソメイ……さん……」


 ツバメの目に水の膜が張る。

 シユウ達もツバメの背で悲しげな表情を浮かべソメイを見つめると、ソメイは目を細めて言った。


「まだ、色々と貴方と話したい事があったのに……時間が足りない……」

「ソメイさん……っ」

「ツバメさん……ありがとう。そして、最期にこれだけ……言わせてください」


 ソメイは身体を震わせながら何とか頭を上げ、そしてツバメの額に自分の額を合わせた。

 その状態で目を閉じると、とても小さな声で呟いた。


「貴方のお兄さんとの時間……沢山とってしまい……申し訳ございません……でした」

「っ……」


 それがソメイの最期の言葉だった。ツバメの額から離れると、そのまま仰向けになるように崩れ落ちる。

 開いたままの目に、ツバメは顔を近づけ鼻をつけると、涙を流しながらも、切なく笑って言った。


「お兄ちゃんは貴方に出会えて、きっと嬉しかったと思います。ありがとうソメイ様。お空の上で、お兄ちゃんと共に待っていてください」


 シユウはそのツバメの言葉に表情を暗くさせる。完全に龍となったツバメも時間はあまり残されていない。早くて半日。長く生きたとしても明日の朝日が拝めるかどうかだろう。

 シユウの後ろにいたコムギや燕寺も俯き、それぞれツバメの事で気落ちしているようだった。

 特にコムギは共に姉妹として暮らしていた仲だ。別れが近い事は察してはいたものの、いざこの時が来るとすぐには現実を受け入れられなかった。


(私……一人になっちゃうのか)


 コムギは悲しさを紛らわせようと、ギュッとして目を閉じる。しかし脳裏に浮かぶ思い出に耐えきれず涙が頬を伝った。

 背中から聞こえる微かな泣き声に、シユウは息を吐いた後、ツバメに話しかける。ツバメは間を置いて謝った。


「ごめんね。龍化しないつもりだったんだけど……」

「分かってる。仕方ないよな。お前は優しい奴だから」

「……うん」


 ツバメは小さく頷く。ソメイを気にしながらも、ツバメは空に飛び立つ。

 降り続く雨を浴びながらマンナカダケの反対側へと向かうと、雨により溶岩は殆ど止まっており、黒くなりはじめていた。

 誰も話さず風を切る音だけが聞こえる中、ツバメはシユウ達に話し始める。それは、完全に龍になる前に見た記憶の話だった。


「コムギの両親に拾ってもらう前に、私はお兄ちゃん……カラスさんと私達の両親の四人で暮らしていたんだ。そしたらある時どこかに攻められちゃって、両親は私達だけを逃して村の皆と一緒に炎に巻き込まれちゃった」

「……」


 シユウは何か言いたげな表情を浮かべるが、何も言わずにツバメの話の続きを待つ。

 記憶を取り戻したきっかけが、完全に龍化した事なのかはツバメ本人も分からなかったが、まるで以前からそこにあったかのように、ツバメは混乱もなく記憶を受け入れていた。

 とはいえそれら全てが、良い記憶ばかりではなかったものの、とても落ち着いた様子でツバメは話すと、シユウも静かに相槌を打つ。

 そしていつしか思い出話となると、コムギも笑みを浮かべて返したりした。

 そんな束の間の穏やかな時間を過ごすと、目的地である裏側が見えた事で、ツバメが三人に知らせる。


「そろそろ地上の近くまで降りるよ。しっかり掴まっていてね」

「ああ」


 シユウ達の返事を聞いて、ツバメはにこりとする。そして三人を気遣いながらも、赤みの残る溶岩の傍に近づいていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る