【5-9】

「ギャァァァァァァ!!!!!!」


 マンナカの咆哮に合わさるように、マンナカダケも炎を噴く。真っ赤な溶岩が山肌を伝い、火口からは止めどなく熱された噴石が飛び散った。

 その火口が徐々に広がり、火柱がより高く大きくなっていく中、ツバメ達はそんな山の事など目に入らず、三匹の龍の戦いを見つめていた。


「カラス……」


 シユウが顔を顰めながら呟く。

 マンナカの身体から発する高熱は、どんなに硬く耐熱性のある龍の鱗や肌ですらも熱傷を負わせた。そのせいでカラスとソメイは徐々に弱っていった。

 特に口内は肌よりも弱い為、重度の熱傷によってほとんど感覚が無かった。口は閉じず、歯もいくつか抜け爛れた様子にツバメは目を逸らす。龍化した以上一番の攻撃は噛みつく事なのだが、もうこれ以上は使えないだろう。

 痛みと火傷による脱水でフラフラとしながらも、カラスはマンナカを睨みながら考える。


(あの高熱をどうにかしないと……)


 そう思っていると、ソメイが離れていく。その先にはあの大きな川があった。

 ソメイの考えが分かったカラスは、ソメイの後を追った。


「逃げるのか。いいだろう」


 マンナカはそう言って、二匹を追尾する。弱った二匹はマンナカに追いつかれぬように川に向かうので必死だったが、川を目前に一転してマンナカに飛びかかる。

 三匹雁字搦めになりながら、川に飛び込むと、マンナカによって蒸気が上がる。これにより肌の温度が低くなり、二匹の反撃が始まった。

 ツバメは顔を上げ何とか立ち上がると、三匹のいる方へと走る。シユウやコムギも追いかけ、薄く灰の積もる草原をひたすらに駆ける。だが、川の方から岩がいくつか飛んできた。

 それがツバメの方へと飛んでくると、シユウが飛び出し二人共々地面を滑っていく。


「ツバメ! シユウ様!」


 コムギが声を上げる。二人の姿は砂や灰によってよく見えない。

 後からやってきた燕寺がコムギと共に向かうと、自分達の身長の二、三倍程あるであろう岩の近くで、二人が倒れていた。

 すぐにシユウは起き上がるが、ツバメは目を覚さない。シユウがツバメに呼びかけ揺らすが、身じろぎしない彼女に焦っていく。


「ツバメっ、ツバメ……!」

「ツバメさん!」


 コムギと燕寺も声を掛ける。そうしている内に、龍達の戦いは激しくなっていった。

 ソメイとカラスを再び振り解き、空へ飛び立とうとマンナカは水面を蹴る。しかしそうはさせないと言わんばかりに二匹の龍はマンナカの身体に食らいつき、引き止める。

 マンナカは吼えると、二匹に向かって炎を吐き、ようやっと二匹から解放される。が、その身体は傷だらけになっていた。

 息を切らしながら二匹の龍を見下ろし、周囲を見回せば、岩の所で固まっているツバメ達を見つける。そして狂ったようにそちらに向かって口を開けながらやってきた。


「っ!?」


 シユウはマンナカに気付き、意識のないツバメを抱きしめながらマンナカを睨む。燕寺は拳銃を手にすると、赤い龍に銃口を向けた。

 勝てないとは分かってはいても、それでも守りたい。そんな二人の気持ちに応じる様に、突如ツバメの身体が光を帯びる。

 抱いていたシユウは勿論、コムギや燕寺も驚くと、光が大きくなり三人を守る様に光が長く伸びて囲む。それを見たシユウは目を見開き、顔を歪めた。


「……」


 光が止み、そこにいたのは黒く美しい一匹の龍だった。透き通った蒼玉の目をマンナカに向け、そして口を開くと青い炎を噴く。

 思わぬ攻撃にマンナカは避けきれず、その身に青い炎を受けると、叫びながら地面に倒れ込む。

 火傷はなかったが、赤い鱗は真っ白に凍り付き、辺りには厚い氷が張っていた。

 極度に冷やされた事でマンナカの動きが鈍くなると、背後から二匹の龍が絡みつく。


「離せっ! 我をどうする気だ!」


 叫び暴れると、厚い氷にヒビが入る。そんなマンナカをツバメは静かに見つめていた。

 その視線にマンナカは気がつくと、徐々に勢いがなくなり落ち着いていく。目を細め開いていた口を閉じると、脱力してその場に倒れ込む。

 絡みついていた二匹も同じ様に倒れると、口から血を流しながらも、カラスは微かに頭を上げ、掠れた声で「ツバメ」と呟いた。


「ツバメ……、ツバメ……」


 うわ言のように何度もツバメの名前を呟く。その目はもう殆ど見えていないようで、時折痙攣しながらも、ツバメの姿を探していた。

 そんなカラスにツバメは震えた声で言葉を漏らした。


「おにい、ちゃん」

「っ」


 今まで聞いたことのない呼び方に、シユウはツバメを見上げる。すると大きな水滴が降り注いできた。


「お兄、ちゃん。……っ、お兄ちゃん」


 蒼い瞳からポロポロと涙が溢れる。それが黒い鱗の頬を伝い、シユウに掛かる。

 カラスはツバメの声に気が付き、地面を這いながらこちらへとやってくる。距離が近づくと、ツバメは前脚を踏み出し、カラスに顔をすり寄せた。


「ツバメ、ここにいたのか……」


 安堵するようにカラスは深く息を吐く。そしてそのまま地面に伏せると、ツバメはより多くの涙を流す。

 シユウ達はそんな二匹の元に歩いていくと、気配を察したカラスが口を動かして話しかけた。


「ツバメを、たのんだ」

「……ああ」


 息を深く吸った後、シユウは吐き出すように返す。それを聞いて、カラスは目を閉じると「無理するなよ」と言って、脱力する。


「俺達の思いも、この後の事も、全部任せるからな……」

「ああ、分かってる」


 カラスの言葉にシユウは己の手を握りしめ、乾いた唇から嗚咽を漏らした。

 カラスの大きな目がシユウを映すと、シユウは顔を上げ、カラスの顔の傍で立ち止まった。


「今まで、ありがとう。カラス」

「……最期にお前に、感謝されるとはな」

「うるせえよ」


 カラスの皮肉な言葉にシユウは小さく笑う。だがすぐにくしゃりと顔が歪むと、涙が流れ出す。

 コムギと燕寺もそれぞれ泣いていると、カラスは最後の力を振り絞るように身体を起こした。ツバメが支えようと身体を前に出すと、カラスはそれに甘えて寄りかかりながら目を閉じる。すると、シユウの目の前に一振りの剣が落ちてきた。

 降ってきた剣に、シユウはギョッとしながらも、それを手にすると、「あ」と言葉を漏らした。

 装飾があまりない、黒を基調とした見覚えのある拵えは、以前カラスが使っていた剣にそっくりであった。

 

「龍になると、天変地異が起こせるなんて言うが……それが出来るなら、物の復元も可能だろう……」

「カラス……お前……」

「持っていけ……。最期だから、お前にくれてやる……」

「っ……」


 ヒューガとの戦いで折れてしまった刃は、今は何もなかったかのように長く真っ直ぐと伸びている。それを眺めながら、シユウは目を瞑り強くその刀の柄を握りしめると「分かった」と力強く返事をした。


「この刀、大事にする。そして、お前の意思も受け継ぐ。……ツバメを、この大地を、皆を……守っていく」


 そう宣言するとカラスは笑みを浮かべる。そしてツバメに体重をかけると、ツバメにしか聞こえない声で言った。


「ゆっくり、こいよ。ツバメ」

「……っ」


 カラスの言葉に、ツバメは頷く。

 カラスはツバメの胸元を滑り落ちると、目を開けたまま二度と動く事はなかった。

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