【5-8】
マンナカが離れた直後、マンナカダケは激しい音を立てて噴火した。
黒い灰が熱風と共に山を駆け、周囲の木々や草原を撫でていき、空は一気に夜のように暗くなっていく中、火口から溢れ出す溶岩が明るく見える。
突然始まった噴火に戦っていたシユウ達は手を止め、兵士達も茫然とする。
噴火した事で灰によって黒く染まった空から、こちらに向けて赤い流星が飛んでくるのが見えた。
「な、なんだあれは……!」
「逃げろーっ!」
兵士達は東の国へと退がっていく。シユウ達も洞窟の方へ逃げていく。
誰もいなくなった東の国にマンナカは降り立ち、大きく吼え、尻尾で建物を壊していった。
先程の大きな振動で洞窟から人々が出てきていたが、一変したマンナカダケと大暴れする赤い龍に人々は恐れ慄いていた。
「ああ、マンナカ様が怒っている……」
「恐ろしや……」
ある者は腰を抜かし、またある者は必死に手を擦り合わせ祈っていた。しかしその言葉はマンナカには届くはずもなく、東の国を人間諸共消し去ろうと炎を吹く。
どこからか赤子の泣き声が聞こえる中、ツバメはコムギを抱きしめたまま、ただ静かに赤い龍を見つめていた。
遠くからでもその熱気は伝わり、カタカタと震えていると、マンナカがこちらを向いた気がした。
(あ……)
背筋が凍る。まるで蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かなかった。
マンナカは炎の海と化した東の国を飛び立つと、こちらに向かって飛んでくる。人々は悲鳴をあげマンナカから離れようと逃げる。
混乱した状況をヒューガやカナヅキ達守護国の者達が何とか落ち着かせようと声を上げるが、最早焼石に水であった。
「っ……」
「ツバメ、コムギ!」
動けない二人にシユウは二人の元に向かう。庇うように前に立つと、空から降りてきたマンナカの熱気が三人に襲い掛かる。
チリチリとした焼ける様な痛みを感じながらも、シユウはマンナカを睨むと鋭い目がツバメや後ろにいたカラスを見る。
「ああ、ここまで進んでしまったか……可哀想に……」
「っ……」
そう切なげにマンナカが言う。地面についた龍の前脚は高熱を発しているのか、煙を上げススキを燃やしていた。
ツバメは何も言えず震えていると、カラスが前にやって来て膝をつく。そして若干怯えた表情を浮かべながら顔を上げると、マンナカに話しかけた。
「マンナカ様、白龍族を守れず申し訳ございません。我ら兄妹もこの通り龍化が進んでしまいました。貴方様だけを残し、去ってしまう無礼をどうかお許しください」
早口で、だがはっきりとそう伝えるとマンナカはじっとこちらを見下ろしていた。
するとラクーンを支えていた燕寺の姿を見つけ、鋭い目で睨み始める。その殺気にカラスやシユウは気付き、視線の先を見た。
「……! え、燕寺!」
「何故ここに人間がいる」
「マンナカ様、燕寺は悪い人間ではありません! 彼は俺達を助けてくれました。だから――」
「悪い人間ではない? ハハッ、甘いな
そうマンナカは言うが、シユウがカラスの横に立つと「それは以前の話です」と庇うように言った。だが、ヒューガはそこで眉間に皺を寄せる。
マンナカはシユウを見つめると、深く息を吐いて言った。
「此度の一件。始まりは確か西の国であったな 」
「っ……!」
「西の国の者よ。其方達にも罰を与えなければならぬな。人間の悪事に加担し、この地を危機に陥れた。生半可な死だけでは済まさぬぞ……!」
マンナカの口が赤く光る。シユウがやられる。そう思った瞬間ツバメは龍化が進む。しかしそれよりも先に、カラスが龍化を進めた。
コムギがツバメにしがみつき、「ダメ」と叫んで止めると、そのツバメの目の前でカラスは姿を変える。
漆黒の鱗に覆われ、マンナカと同じ位に大きくなると、唸りながらマンナカの前に立つ。
現れた黒い龍に、マンナカは炎を吐くのを止めたが、こちらに向けて唸るカラスに、マンナカは苦言する。
「そこまでして我に逆らうか。黒龍の兄」
「落ち着いてください。マンナカ様。西の国や人間達がやった事は、決して許されるものではありません。ですが……」
「……」
言葉を詰まらせるカラス。だが、赤い龍から目を離さずに立ち塞がると、マンナカは口を開く。
「カラスッ!!」
シユウの言葉が響く。マンナカがカラスを押し倒し、首に噛み付いていた。
噛みつかれた痛みと、マンナカから発する高熱によって、カラスは声にならない叫びを上げると、ツバメは泣き叫び地面にへたり込む。
錯乱するツバメを、コムギとシユウが支える。
「いやぁ……っ!! カラスさん……っ!!」
完全に龍と化してしまった。それ以上に、マンナカによって目の前で命を奪われそうになっている様子に、ツバメは大きなショックを受けていた。
腕だけでなく顔にまで鱗が生え始め、コムギとシユウはツバメに呼びかけるも、もうどうにもできない状況だった。
燕寺はそんな状況に顔を青ざめ俯く。自分のせいでカラスとツバメが苦しんでいる。だがそう自分を責めているのは燕寺だけではない。ツバメの傍にいるシユウも同じだった。
(クソッ、どうすればいいんだ……!)
罪悪感とどうしようも出来ないもどかしさ。悔しげに目を閉じて唇を噛んでいたその時、真っ暗な空から一筋の光が差し込む。
その光は意識が朦朧としていたカラスの目にも入り、青い目が大きく見開かれると、掠れた声を上げる。
「ソメイ……様……?」
マンナカも気付き、カラスの首に突き立てた牙を抜く。力なくカラスが地面に倒れ、僅かに身体を起こそうとした時、マンナカは上空からやって来る白龍を睨んだ。
ソメイは鳴きながら口を大きく広げ、マンナカ目掛けて降りてくる。マンナカも負けじと鳴きながらソメイを迎え撃とうと口を開く。
ソメイが貫いた火山灰の雲は、貫いた穴から広がるように紫の稲妻が走っていった。
熱したマンナカの身体にソメイが食らいつき、カラスから引き離すと、一旦マンナカから口を離す。その口は酷い火傷を負い、開いたまま苦しげに息をしていた。
ようやっと起きたカラスも、首の傷や押し倒され触れた部分の火傷によってかなり弱っていたが、力を振り絞るように声を上げると、マンナカに向かっていく。
「カラスさんっ、だめっ!!」
ツバメが叫ぶ。カラスは一瞬ツバメを見るが、すぐに正面を向くと、マンナカの首へと噛みついた。
口内が焼ける音と激しい痛みに、顔を顰めながらも、より顎に力を入れる。
マンナカはうねる様に身体を大きく揺らし、二匹を突き放そうと暴れた。
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