【5-7】

 燕寺とカラスがツバメ達に合流し、東の国とは逆の方へと向かう。

 その後ろから銃声や悲鳴、呻き声が聞こえる度にツバメは足を止めそうになりながらも必死に前へと進んだ。空はやけに白く霞んでおり、いつもより硫黄の匂いが強く感じられる。

 その硫黄の匂いに、ラクーンは鼻を腕で押さえながら、隣にいたコムギに話しかける。


「これ、何の匂い。腐った卵のような」

「あ――」


 言われて初めて気付いたコムギはマンナカダケを見る。山はいつもと変わらない様に見えるが、強いて言えば煙が多い気がした。

 マンナカダケに気を取られていると、銃声と共に自分の髪が数本目の前に舞う。驚いて悲鳴を上げる前に、ラクーンに引き寄せられ、共に地面に倒れてしまった。


「コムギ! ラクさん!」


 ツバメが振り向き、足を止める。そんなツバメにシユウも立ち止まり、同じく後ろを振り向いた。

 ラクーンは起き上がるも、すぐに呻き右足を押さえる。被弾した様で、じわじわと血が滲み出ていた。

 コムギはラクーンの怪我を見ると、青ざめた表情で彼の名前を叫んだ。


「そんな、私のせいで」

「コムギちゃんのせいじゃない……大丈夫……。そんな事よりも、早く逃げて」

「っ……」


 背後からは依然郷田の兵達が銃を撃ってきている。すると、そんな二人の元にツバメとシユウが駆け寄ってきた。

 肩に腕を回そうとするシユウに、ラクーンが首を横に振って断ろうとするが、「いいから」と言われ立たされる。足元では背後からの銃撃で、次々と地面に穴が空いていた。


「っ、あんた、王子だろ! 撃たれたら……!」

「うるさい! 前見て歩け! もう、これ以上失いたくないんだよ……!」

「っ……」


 そう言っている間にも一人、また一人と仲間が倒れていく。

 そんな中でラクーンだけ助けるというのも贔屓しているような気はしたが、コムギの顔を見るとシユウはそんな気持ちはどこかへ飛んでいった気がした。

 隣ではコムギを守る様に、彼女の背中に腕を回しながらツバメが寄り添うのが見える中、前方から二人の影が通り過ぎる。それに四人は驚くと、すぐ真後ろで銃声が鳴った。


「カラスさんっ!!」

「ああ、感謝する」


 燕寺の言葉に応じ、カラスが剣を振るう。

 横に一線が引かれ、兵士数人が一度に倒れていくと、二人はシユウ達を見て言った。


「背中はこちらが守ります!」

「だから気にするな」

「お前ら……」


 シユウ達は目を丸くした後、それぞれ頷き礼を言って先を急ぐ。銃声などが遠のいていき、歩む速度が早まる中、ラクーンは俯きながらシユウにしか聞こえない声で呟いた。


「何で、俺の為に……ここまで」


 あの数と銃じゃ、カラスや銃をよく知る燕寺でも無事では済まないだろう。

 気にかけるように振り向けば、二人はこちらを振り向く事なく足止めに専念していた。それにより、追ってくる数も少なくなり、辺りが静かになっていく。

 と、前方からヤシロが大きく手を振っていた。先にツバメとコムギが辿り着くと、いつの間にか前方にいた人々の姿が無くなっている。


「こっち! 東の国の人達もいた!」


 そう言ってヤシロが指さしたのは、ススキの原に隠れた 洞窟だった。中は少し開けており、そこにヒューガやカナヅキ達も入っている。

 北の国の人々の奥に東の国の人々の姿はあった。兎や鼠といった半獣人や獣人が多く、国のあちこちには元々あった洞窟や新たに掘られた地下がある。

 この洞窟も自然に作られたものらしいが、たくさんの人々が入れるように、より広く掘削されていた。

 遅れてシユウとラクーンも入ってくると、ラクーンを兵士に任せシユウは外に飛び出す。ラクーンが引き止めようと手を伸ばすが、全く届かなかった。


「シユウ!」


 ツバメが呼ぶと、シユウは小さく笑みを浮かべる。そして優しい声で「ここにいろよ」と言ってカラスや燕寺の元へと向かった。

 これ以上は追わず、しかし心配そうに先を見つめる。すると、後ろからツバメの肩に手が伸びる。その手に気づき振り向けば、ヒューガがいた。


「心配か」

「……」


 言葉にはしなかったが強く頷く。それを見たヒューガはツバメから目を離し、息を吐いた。


「ならば、尚の事ここにいろ。心配しなくても、あいつは強いからそう簡単には死なん」

「……」


 トントンと軽くツバメの肩を叩いた後、ヒューガは前に出る。どこに行くのかとツバメが訊ねれば、ヒューガは腰に提げていた刀を抜き、何も言わずに進んでいく。

 昨晩の空襲で、ヒューガは決して軽くはない怪我を負っていた。以前の白龍との戦いの怪我も完全に治っていないというのに平然として彼は歩いていくと、ツバメは手を握りしめた後、ヒューガに言った。


「ヒューガ様、絶対に帰ってきてください!」

「!」


 その言葉にヒューガは目を大きく開き、足を止める。そして溜息混じりに「当たり前だ」と返して再び歩み出した。

 ツバメはヒューガの返しに笑みを浮かべると、その場で祈る様に手を合わせた。


 ―――


 日が暮れ始め、空が燃える様に赤くなる。

 燃やされ炭となった森が広がる中、僅かに残された森にて息を潜めていた鳥は何かを察し一斉に空へと飛び立った。

 それを遠くに見ながら、マンナカダケではある異変が起きていた。

 火口にあった湯溜まりは消え、辺りから有毒なガスが多く吹き上がる。その上空では赤い龍が浮かんでおり、ある方向を睨んでいた。


「少し眠っている間に、まさか同胞がいなくなっているとは思わなんだ……」


 低い声で呟きながら、ソメイが遺した川を見つめる。その先にあるであろう人間の国を見つめながら、赤い龍は顔を空へと見上げた。


「白龍族は消え、黒龍こくりゅうの兄妹も龍化している。何と嘆かわしい事だ」


 悲しむように静かに呟くと、大きく息を吸う。そして正面を向くと、怒気を含んだ声で言い放った。


「許さぬ。許さぬぞ、人間!! 龍を殺した大罪を、今ここで思い知らせてやる……!」


 その言葉と強い感情に応じる様に、大地は大きく振動する。

 蒸気を発し高熱を帯びてより真っ赤に輝くと、マンナカダケから飛び出し、空高くぐるぐると回りながら上昇する。

 やがて、高い雲の真下までやってきたマンナカは、そのまま東の国へと落ちる様に突き進んでいく。

 冷たい空気が熱され、蒸気が尾のように引いていきながら落ちていくその姿は、まるで火球の様であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る