【5-6】

「弔ってあげたいが……そうも言ってられないようだ」


 カラスは苦々しく呟きながら外を見る。燕寺えんじも外を見れば、国の方から数人の軍服を着た男達がやってくる。

 それは燕寺と同じ紺の軍の戦闘服を着ており、それぞれ銃を構えていた。かつての仲間を見た事で、燕寺は先程までとはまた違った意味で緊張し迷いを見せる。

 するとカラスは、そんな燕寺に無表情で選択肢を与えた。


「戻れるなら今だぞ」

「えっ」


 戻る? 何を言っているんだ?

 カラスの言葉に燕寺は困惑する。あれだけ酷い事をされたのに、あの軍に戻ってもよいと?

 燕寺は険しい表情を浮かべ、「行かない」と言えば、カラスは目を丸くした後、「そうか」と言った。……同時に剣が鞘に収める音も聞こえる。その音に、燕寺は背筋が寒くなった。


(戻ると言っていたら、多分斬られていたな)


 機銃掃射やこの光景を見て、戻る気はさらさら無い。……ないのだが、その一方で郷田ごうだと再会した時が怖かった。嫌っているとはいえ、恐怖や立場、更には誰かを人質にされたりすれば、気持ちが揺らいでしまうかもしれない。

 俯き、表情を曇らせてしまうとカラスはじっと燕寺を見つめる。そして突然燕寺の背中を強く叩いた。

 叩かれた勢いと痛みに前のめりになり、咳き込みながらも、「一体何を」と燕寺が怒れば、次は頭を激しく撫でられる。


「な、何なんですか。一体」

「何って、励ましだ。励まし。……お前、郷田に出会うのが怖いんだろう。だったら、無理に正面に立たなくていい」

「……けど、あいつらは」

「そうだな。引き摺り出してくるだろうな。事情はともあれ、お前は裏切り者扱いだろう。裏切り者は、敵以上に嫌われるものだからな」

「……」


 裏切り者という言葉が、燕寺の心に鋭く突き刺さる。

 西の国の兵士によって連れ去られたとはいえ、自分の意思で逃げ出した事は確かだ。それに郷田達の情報を話した時点で、自分は立派な裏切り者だろう。帰った所で居場所はないかもしれない。

 再び俯く燕寺に、カラスは話を続ける。


「俺は人間は嫌いだ。俺達の故郷を燃やし、仲間を殺した人間を許す気は全くない。けど何でだろうな。お前を追い出す気はなかった。だから、お前がここに居たければ、いればいい」

「カラス、さん」


 守ってやるとカラスは言うと、燕寺は驚きの表情を浮かべた後、目を閉じて息を吐く。そして目を開くと、頷き礼を言う。

 不器用ながらもカラスに励まされ燕寺の背筋が伸びると、カラスは燕寺から窓へと視線を向ける。

 シユウやツバメ達も、東の国からの郷田達の兵士に気が付き警戒し始めていた。

 二人は戻る機会を見計らっていると、ふと背後から気配を感じ、振り向く。


「っ、お前!」

「わっ、あ」


 裏口から入ってきたらしいその兵士は、二人に銃口を向ける。だがその前にカラスが剣を抜き、胸元に深々と刺さった。

 唖然とする燕寺にカラスが声を掛ければ、燕寺はハッとしてその兵士が持っていた銃器を奪い取ると、安全装置を確認し、手慣れたように次々と倒れた兵士から武器を取っていった。

 後方だったとはいえ、訓練は受けていた為、それなりに戦える。だが、出来ればあまり使いたくはなかった。

 燕寺の準備が終わった所で、二人はもう一度外の様子を見る。前方だけでなく後方からも来ていることが分かると、燕寺は拳銃を後方の兵士に向けた。


「おい。大丈夫なのか」


 味方であった兵士に銃を構えた事で、流石のカラスも心配する。

 しかし燕寺はしっかりと照準を合わせると、兵士にギリギリ当たらない地面へと銃弾を放つ。

 当たりはしなかったものの、思わぬ方向から飛んできた弾と銃声に兵士達は一気にこちらを見る。

 それを機として、シユウやラクーン、そして西や北の兵士達は退路を作ろうとして、郷田達の兵士と戦い始める。

 銃声を聞いて燕寺とカラスの元にやってきた兵士は、燕寺を見て目を見開いた。

 

「お前どうして……っ!」

「退いてください。そうすれば僕は撃ちませんから」


 そう言って燕寺が兵士に銃口を向ければ、その兵士達は両手を挙げて「分かった、分かったから」と言ってその場に膝をつく。

 退きはしなかったが、膝をついた兵士にカラスは瞬きすると、兵士は気まずそうにしながら呟く。


「てっきりお前、もう故郷に帰ったのかと思っていたんだが……。まさか、そちら側にいるなんて思いもしなかった」

「……」


 燕寺は何も言わずに銃口を向け続ける。と、兵士は強張った表情を浮かべながらも、「何故だ」と燕寺に訊ねた。


「帰りたいならば、とっとと帰れば良かっただろうに。何故、そこにいるんだ。お前は、そんな奴じゃなかっただろう?」

「っ」


 兵士の言葉に拳銃を持つ手が震える。遠回しに裏切り者と言われているようで、目も合わせづらかった。

 引き金にかけた指に微かに力が入ると、兵士は「待て!」と声を上げる。と、燕寺は声を震わせながらも、静かに言った。


「帰れたらとっくに帰っていたさ。けれども、気は変わった。……僕達の背後に倒れている親子を見て、何か思いませんか?」

「背後の親子? ……ああ」


 兵士は倒れている親子を見ると、冷や汗を垂らしながらも、呟いた。


「気の毒にな。けどそれも俺達の復興の為なんだ。仕方ないよ」

「……!」

「きさ――」


 カラスが声を荒らげようとした時、銃声が家中に響く。

 兵士は驚愕した表情を浮かべると、呻きながら右太腿を押さえ、その場に蹲る。

 燕寺は兵士を見下ろしながら、銃口を頭に向ける。兵士は慌てて首を横に振ると「悪かった」と叫ぶ。


「さ、さっきのは取り消す! まさかお前がそんなに動物が好きだったなんて、お、思いもしなかった……! すまん! 許してくれ!」

「……そういう事じゃないんですけどね」

「え――」


 燕寺は溜息混じりに呟く。銃を持つ手がガタガタと震える中、ゆっくりと下されると、二人の中にカラスが入り込み、剣大きく振るわれる。

 兵士は声を上げるが、振り下ろされた刃によって命を落とす。それを確認したカラスは燕寺を見た。


「大丈夫か」

「大丈夫です」


 そう笑みを浮かべるが、手はずっと震えていた。カラスはその手を見つめていると、息を吐いて呟く。


「無理して強がるな。俺が守ると言っただろう」

「……」


 カラスに対し燕寺は小さく頷く。そして深く呼吸をして顔を上げると「行きましょう」と言って歩み出す。

 カラスは燕寺の様子を気にしつつも、剣を構えながら、燕寺と共に家を出た。

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