【5-5】

「ツバメっ……何で、何でお前まで……!」

「カラスさ……ん」

「っ、俺は……」


 青い瞳は動揺し、涙の膜を張る。

 妹が龍化した事でより怒りを感じているのだろう。カラスの頬にまで広がっていた鱗が、より広がっていくのを見て、ツバメはカラスの頬を両手で包むと、「ダメ」と声を上げた。

 だが、その頬を包む手も一気に龍化が進み、咄嗟にカラスから手を離す。


(止まらない……何で)


 私は何に怒っているの? 何故そんなに龍化が進むの?

 混乱し身体を震わせると、背後から強い力で引き寄せられ暖かいものに包まれる。

 呆然とするカラスを前に、ツバメはゆっくりと後ろを振り向けば白い髪が見えた。


「大丈夫。大丈夫だから……」

「シユウ……?」

「ごめんな騒いでしまって。……一番驚いてるの、お前だって分かってるのに」


 大丈夫。そう言い続けられ龍化が肘で止まる。カラスもまた顔の右側が鱗で覆われた所で止まった。

 そんなカラスに背後から手が伸び頭に置かれる。


「っ……!」

「……大丈夫だ」


 そう低くも優しい声でタワラが言う。大きくて毛むくじゃらの手がカラスの髪をかき乱すと、カラスは深く息を吐いて力を抜く。

 カラスの様子をツバメは眺めていると、コムギが前から抱きついてきた。顔を体に押さえつけられ、表情はよく見えなかったが鼻を啜る音と嗚咽混じりの声で、ツバメは切なく笑みを浮かべた。


「ごめん、ね。コムギ」


 そう優しく言って、頭を撫でる。

 その手はもう硬く冷たくなっていたが、コムギは撫でられながら、言葉に対して首を横に振った。

 妹分の頭を撫でながらツバメは顔を上げると、自分達を囲む集落や人々の顔を見つめ、笑みを浮かべて言った。


「ありがとう。皆。ごめんね」


 ツバメの言葉に、人々はそれぞれ笑みを浮かべたり頭を横に振ったりした。その中にいた燕寺を見つけると、「燕寺さん」と呼んで手招きした。

 呼ばれた燕寺は驚き、おどおどしながらも前に出る。


「な、何でしょう」

「お願いがあるんだ」

「お願い?」


 キョトンとするとツバメは口を開く。その言葉に、燕寺だけでなく、周囲にいたシユウ達も驚愕した。


――


 日が昇り始めた頃、ここから近くにある東の国へと行く事になったツバメ達は、焼けてしまったスギノオカを後にする。

 ツバメやコムギは勿論の事、生まれ長年暮らしていたマツやイネ、ヤシロ達、そして嫁いできたユカは遠ざかる度に、後ろを振り向いては立ち止まった。

 ユカの生まれ故郷の集落が近くにあったが、それらの情報もまた入ってこない。不安げな表情を浮かべるユカに、旦那であるスズシロが背中を摩り、「大丈夫だよ」と言って励ましていた。


(そうか、私達だけじゃないんだ……)


 スギノオカ以外にも、様々な集落や村の人々が被害にあっている。これから行く東の国でさえ、無事であるかは分からなかった。

 難しい表情を浮かべながらツバメは歩いていると、シユウが頭をトントンと撫でる。そして「考えすぎるなよ」と言って、ツバメの手を握った。

 繋がれた手に、ツバメは苦笑いして「大丈夫だよ」と言うと、シユウはボソリと呟く。


「俺が、繋ぎたかったんだよ」

「ん?」


 顔を赤らめるシユウに、ツバメは瞬きする。

 硬くて鋭い爪の生えた指を絡めるように握れば、シユウは真っ直ぐと前を向きながら言った。


「好きなんだ。お前の事が」

「好き? ……私も好きだよ」


 シユウの言葉に対しツバメもにこりとして返す。その返しに、シユウは顔を真っ赤にし慌てるが、前にいたヒューガの視線に気が付き、咳払いした。

 こんな状況で何をいちゃついているのだ。と、ヒューガの痛い視線を浴び続けながらも、シユウはツバメを見つめ言った。


「その好きって、どういう意味だよ」

「えっ? そりゃあ、愛してるって意味で」

「愛してっ!? ……じゃ、じゃあつまり」

「?」


 距離を詰めようとするシユウ。すると、背後から頭に強い衝撃を受け、頭を抱えてうずくまる。驚き、即座にツバメが後ろを見れば、不機嫌な表情で鞘に入った剣を持つカラスがいた。


「状況を考えろ状況を。あまり俺を怒らせると今ここで龍になるぞ」

「っ……そんなので、龍化進めるんじゃねえよ……!」


 涙目で睨むシユウと、冷たい視線を向けるカラス。久々に見た喧嘩にツバメは溜息をつく。

 そんな二人を他所に、ラクーンがツバメに声を掛けた。


「ツバメちゃんの愛してるって、家族や友人に向けるようなもの? それとも……恋人に向けてのもの?」

「恋人? ああ……」


 そういう好きもあるのかとツバメが返せば、ラクーンは笑みを浮かべたまま固まる。これは完全に前者の意味で言っている。そうラクーンは理解すると、シユウを可哀想なものを見る目で見つめた。

 ラクーンの表情と視線に気がついたシユウは、眉を顰めて返す。


「何だその顔は」

「いえ、何でもありません」


 シユウの心の為にも言わない事にした。そんなやりとりに隣にいたコムギが苦笑いする。

 と、前方を歩いていた兵士が、東の国が見えたと声を上げ全員前を向く。

 ここまで休みなし。最後に食べたのは、兵士の持つ非常食や各自持ち出した飴玉や餅くらいで、空腹を感じ始めていた頃であった。どうか東の国は無事であってほしい。そう願いながら、ツバメ達は東の国へと足を早める。

 しかし近づくにつれ、その期待は徐々に薄れていった。


「家は沢山あるのに、気配を感じない……」


 後方で歩いていた燕寺はそう呟き、人気のない家を見る。すると、きらりと何か光るものを見つけ単独で向かっていく。だが、家に入る直前になって燕寺は足を止めた。

 後から追いかけてきたカラスは、燕寺の背後から家の中を見ると、そこには事切れた兎の若い親子が倒れていた。状況を見る限り、最近やられたようだ。

 カラスは息を飲み、燕寺と共に中に入っていく。だが燕寺はその場にしゃがみ込むと、足元に落ちていた空の薬莢を拾う。


「それは、一体」

「僕達軍が使っていた銃弾の薬莢です。多分ここで銃を放たれて、やられたんだと」

「っ……」


 薬莢だけでは正確な銃の種類は分からないが、状況的にも、恐らく郷田達の仕業に違いないだろう。

 燕寺はこの悲惨な光景に吐き気がしたが、それ以上に郷田に対する怒りが強まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る