【5-4】
龍族は強い怒りを感じてしまえば一瞬で龍化してしまい暴走する。しかし龍化には他の方法もある。
ツバメ達の目の前で次々と
先頭の白龍は微かに桜色を帯び、それを見たシユウが「ソメイ様だ」と漏らした。
「……っ」
一人残されたカラスは、泣くのを堪える様に手を握りしめる。じわじわと龍化が進んでいくのを感じながらも、仲間だった白龍族の最期をただ静かに見守った。
周りの木々が白龍が飛ぶ度に揺れ、葉を散らし、やってくる戦闘機を見つけては噛みつきに向かう。
ある場所では戦闘機から炎が上がり、またある場所では撃ち抜かれた白龍が力無く落ちていく。炎と血の雨を潜り抜け、先頭にいたソメイらしき白龍は、空高くまで上がると、外輪山内を響かせる様な大きな咆哮をあげた。
「えっ……雲が」
ツバメが声を漏らす。低い雲のない空が、咆哮に合わせて雲が集まっていく。
知らないソメイの力にツバメ達は驚いていると、背後からカナヅキが現れる。
頭には包帯が巻かれ、兵士に支えられながらも、眩しそうに空を見上げて言った。
「龍の本気というものを見た事はなかったが……本当に、天変地異をも起こすような力を持っていたとは」
「天変地異……か」
シユウが呟けば、分厚い雲の隙間から稲光が見えた。稲妻が走る度に雲を紫色に輝かせながら、ソメイは外輪山の遥か遠くを見つめる。
白龍族も戦闘機も皆落ちてしまい、ソメイだけが残った後、雷を纏ったソメイはそのまま外輪山を貫いて遠くまで突進していく。それはまるで白い槍のようにも見えた。
ソメイから放たれた暴風は、外輪山内の国々に吹き荒れ、進んだその真下には大きな亀裂と共に水が吹き出す。
雲は風で四方へと薄く広がっていき、ソメイが進んだその奥で爆発が何度か起こった後、やがて一筋の白い光が空へと昇っていくのが見えた。
風で地面に伏せていたツバメ達は、風が止んだのを確認すると、よろよろと立ち上がる。
気付けば炎がなくなり、辺りはシンとしていた。
「終わった、のか」
シユウが言えば、カラスは息を吐いて涙を拭う。そして微かに笑みを浮かべ「お見事でした」と呟いた。
コムギを庇っていたラクーンは、近くにあった背の高い杉の木を見つけると上へと登っていく。折れた木の枝を払いながら辺りを見渡せば、焼けてしまって煙を上げる家屋や、草原だけが見えた。
「あいつらの攻撃も止んだ……。もしかして、全部倒したのか」
茫然として、太い枝に座り込む。
白龍族の命や血筋を犠牲に、何とか大地は守れたようだ。だが、それは誰もが望んでいない終わり方であった。
シユウに名前を呼ばれラクーンは下を見る。シユウが報告を聞きたがっている事に気付き、木を降りようとした。すると視界に今までなかった大きな川が入ってくる。
「!」
傾いた日によって輝き、橙色の水面がキラキラと輝いている。その川はソメイの向かった方向へと伸びており、外輪山の外まで続いていた。
「どうした!?」
「あ……いや、何でもないです」
そうラクーンは言ったが、寂しさの混じった笑みを浮かべるとシユウのいる木の下へと降りていった。
――
夜の帳が下り、生き残った人々は林から少し離れた草原に固まっていた。だんだんと冷えてくる中、身を寄せて互いに寒さを凌いでいると、遠くから声が聞こえてきた。
「おーい!」
「ヤシロ!?」
「ヤシロさんっ!?」
ツバメとコムギが声に反応し呼び返す。すると、タワラや兵士達と共にヤシロが姿を表す。
ヤシロ達の登場に、人々は安堵し歓喜の声を上げる。そんな声に、ヤシロは頭を掻きながらも、照れた様子で頭を下げる。
「その、心配かけました!」
「本当だよ全く!」
「生きていて本当に良かった……」
イネとキナコが笑ったり涙を浮かべて言うと、ヤシロは申し訳なさそうに笑う。だが、別れた時と比べてかなり減った人々に、表情を曇らせる。
「あれ、皆は? 白龍族の人達は?」
「……」
ヤシロの言葉に人々は口を閉ざす。さっきまでの良い雰囲気から一転し、重い表情になると、ヤシロは目を見開き声を震わせた。
「まさか、やられた……のか?」
そんなヤシロの言葉に、カラスが「やられていない!」と反射的に声を荒らげる。その声に皆が驚き、カラスを注目した。
「白龍族はやられてなんかいない。皆、空に先に行ってしまった。ただそれだけだ」
「カラス……お前……」
徐々に声の大きさが小さくなるも、カラスの声ははっきりとヤシロに届く。
周囲からも隠し切れない程に、黒い鱗が身体中に現れたカラスの姿にツバメは目を逸らす。もう別れの時が近いのだろう。そう思うと辛くて仕方なかった。
すると、隣にいたシユウはツバメを見て目を見開く。そして、急にツバメの手首を掴んだ。
突然の事にツバメも振り向けば、シユウはツバメにしか聞こえない声で訊ねる。
「お前、この手……」
「えっ――」
握られた左手を裏返し甲をみれば、そこには黒い鱗が生えていた。
それを見た途端、全ての音がツバメから聞こえなくなり、時が止まった気がした。
怒りを感じた事は今までにもたくさんあったが、何故今になって現れるのか。そして同時にどこか安心感もあった。
(やっぱり私はちゃんとした龍族だったんだ)
何故
これでもう、兄から離れられないでいられる。だが、その気持ちの一方で、目の前にいるシユウや近くにいるコムギを見て、その気持ちに疑念を抱く自分もいた。
「ツバメっ!」
シユウに肩を掴まれ揺さぶられると、顔を上げる。二人の様子に気が付いたのか、カラスが「どうした」と声を掛けてくる。
ラクーンやコムギもやってくると、ツバメは眉を下げながらも小さく笑った。
「うん……何でもない」
そう言って、左手を隠す。大事にしたくないと思っての咄嗟の嘘だった。けれども、それは簡単に暴かれてしまう。
「ツバメ、それ……っ!」
「えっ、あ、嘘……」
コムギが悲痛な声で言えば、ツバメは再び自分の手を見る。先程は無かったはずの黒い鱗が右手にも現れ始めていた。
その様子にカラスは愕然とし、その場に膝をつくと、すぐにツバメの腕を引いて抱き寄せた。
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