【5-3】
「あ――」
燕寺が口を開いた途端、一瞬無となっていた音が一気に耳の穴に入ってくる。子どもの泣き声と、呻き声。そして、混乱した者による叫び声が頭に流れ込み、燕寺は腰を抜かす。
ツバメや子ども達を庇ったシユウも、すぐそばで横たわる兵士や白龍族の者達を見た後、周囲を確認しては顔色を悪くさせていった。
「何、何が起きて……」
「見るなツバメ。……見ない方がいい」
「見ない方がって……――っ!?」
見ずとも、周囲から聞こえる声で悲惨な事になっているのは想像出来ただろう。
だが、シユウの背後で虚な目を浮かべたまま頭から血を流す兵士の姿が目に入った時、ツバメは酷く動揺し口を押さえた。
シユウは子ども達にも見せぬようにと、強く抱きしめながら身体を震わせる。こうしている暇はないと分かってはいても、身体はまるで鉛の様に動かなかった。
(何だよ、これ……一瞬で……)
同じく殺生を繰り返してきたシユウでさえも、この状況はただただ恐怖でしかなかった。自分があまりにも無力で、何も出来ず、すぐに反撃する事も出来ない。
ぐっと胃の底から迫り上がってくるのを堪え、飲み込んだ後、振り向くと声を震わせながらも叫んだ。
「立てっ! 立って進まねえと、また来るぞ!」
シユウの言葉に、人々は顔を上げ、恐る恐る立ち上がる。
「っ、そうだ、早く立たないと……」
「立たないと……」
そう自分や周囲に言い聞かせるように呟く。シユウも、ツバメ達を起こすが、ツバメは何も話せなくなっていた。
「ツバメ……」
「……っ」
口を押さえたまま俯くツバメに、シユウはちらりと背後に倒れる遺体を見る。見てしまったのかと察すると、それらから視界を遮る為に、ツバメ達を端に寄せる。
子どもも一人見てしまったようで、道端でうずくまっていた。
ツバメ達が心配ではあるものの、シユウは煙で見えないヒューガやカラス達の姿を探す。するとヒューガらしき誰かが、横たわっているのが見えた。
「ヒューガ!」
名前を呼ぶも、身じろぎ一つしない。近くにはカナヅキの姿もある。どちらも動いていなかった。
シユウは駆け寄ろうと踏み出したが、再びどこからあの音が聞こえ、踏みとどまってしまう。
「っ、また来やがった!」
集落の男が叫んだ事で、辺りは再び騒々しくなる。動けるものは咄嗟に逃げ、動けない者達だけが残る。
「し、死にたくない!」
「いやだぁぁぁっ! 連れて行けー!」
そんな泣き叫ぶ声も虚しく、機銃掃射により命を奪われていく。シユウもツバメや子ども達に被さりながら、低空飛行をする戦闘機を睨みつければ、戦闘機の窓越しに操縦者が見えた。
(笑って、る……だと)
ほんの一瞬。操縦桿を握るその人物は、まるでこの殺戮を楽しんでいるかのように笑みを浮かべていた。
シユウは目を見開いた後、わなわなと震え、その戦闘機に向かって声を荒らげた。
「ふざけんな……何、笑ってんだテメぇぇぇぇ!!」
「シユウ……!?」
叫んだ事でツバメは肩が跳ね上がると、今にも飛び出そうとするシユウの身体を咄嗟に抱き止める。
行くな。行ってはいけないと、ツバメはシユウに言うが、無理にでも行こうとする。そんなシユウに、ツバメは声を張って名前を呼ぶ。
「お願いっ……シユウがいないと、私、怖いから……」
「っ……!」
悲痛な声と共に、強く腰に回された腕が震えている事に気がついたシユウは、ツバメの回した腕を掴み、悔しげに声を漏らす。
「っ、くそ……っ、何だよ、これ……何にも出来ないのか、俺は……!」
集落の人々も、白龍族も、そして兵士達も。次々と命を落とし地面を血に染めていく。
二度の攻撃を何とか避け、生き残った者達は死に絶えた人々の姿を見ては絶望し、泣き崩れていた。
その中で兵士達がヒューガやカナヅキに向けて声を掛けていると、シユウはハッとしてツバメの腕から離れていく。
「っ、シユウ……!」
シユウの後を追おうとしたが、子ども達にしがみつかれ、ツバメはシユウの背中を見つめる事しかできなかった。
――
その後戦闘機による攻撃は続き、その度に誰かが倒れていった。
子を失った白龍族の親は子どもの亡骸を抱き抱え、その腕から徐々に鱗を現していく。
それはカラスやソメイも同じで、ようやっと追いついたシユウ達が見かけた時には カラスの両腕は龍化によって真っ黒な鱗に覆われていた。
燕寺も龍化がどういうものなのかはあの白龍を通して知っていた為、カラスの姿に何も言えず凝視する事しかできなかった。
「カラス、さん……っ」
「……すまん。堪えていたつもりだったんだが」
悲しむツバメに、カラスは謝りながらも、自らの手を握りしめる。鋭く伸びた爪が硬い手のひらに食い込み、血を流す中、カラスは戦闘機が飛び立った方向を睨む。
と、傍で静かに立っていたソメイが、カラスの手を掴む。その事にカラスは驚くと「ソメイ様?」と声を掛けた。
「カラス……すみません。ここまで連れてきてもらったというのに。私はもう……行かなきゃいけないようです」
「っ――!」
青い瞳が揺れ、ソメイの手首を掴む。
行くなと言わんばかりに、無意識に白い龍の腕に爪を立てると、ソメイは微かに顔を顰めながらも笑みを浮かべる。
その顔の頬には鱗が生えており、体格も以前は届かなかったカラスの背を抜いて大きくなっていた。
「
「ソメイ様、いけません……! 貴方はまだ!」
「ありがとう。カラス」
今まで楽しかった。ソメイはそう泣き笑いの顔で言うと、カラスは俯く。
もう止められないとは分かってはいても、カラスは首を横に振り、ソメイの腕を握りしめる。
ツバメ達もまた見守る事が出来ず、辺りが静まると白龍族の一人の男がソメイとカラスの前にやってきて膝をつく。
「ソメイ様。御付きとして私もご一緒に」
「ナズナ……」
ナズナと呼ばれたこの男も、よく見ると腕を中心に龍化が進みきっていた。
ナズナにつられるように、他の白龍族達もソメイ達の前に来るとそれぞれ膝をつく。ツバメの傍に居た子ども達も飛び出し大人達に混じってソメイに跪いた。
派閥も年齢も関係なく、ソメイに付き添うと膝をついた 人々に、ソメイは目を見開くときつく目を閉じる。そしてゆっくりと開けば、困ったように笑って言った。
「皆さんよろしく、お願いします」
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