【5-2】

 爆風と共に折れた枝や石ころが岩陰に隠れたラクーンとヤシロに降りかかってくる。先程までの森とは一変し、あちこちで炎が上がっていた。

 風が落ち着き、二人は恐る恐る起き上がり岩陰から覗き込むと、ヤシロは変わり果てた森を見て声を震わせた。


「な、何てものを……!」

「とにかく逃げましょ! 火に包まれたら終わりですから!」

「そ、そうだな……!」


 火の粉は次々と周りの草木を燃やしていく。鳥や動物達が混乱し慌ててそばを通り過ぎる中、ラクーンとヤシロもまた逃げていく。

 すると再び空にバタバタと音が響き、爆発が複数起こる。郷田ごうだ達が完全にこちらを滅ぼしにきてる。そうだと分かるや否や、舌打ち混じりに「くそが」とラクーンは口を荒らげた。


「本当に……っ、身勝手な奴らだな!!」

「……っ」


 怒りを露わにするラクーンの一方で、ヤシロは恐怖と簡単に無くなっていく森の景色に涙を流す。

 悲しんだ所でどうしようも出来ないとは分かっていても、あまりにも残酷で簡単に追いやられる事態に、ラクーンは悔しげに唇を噛み締めると炎の森を後にした。


――


 あちこちから炎が上がり爆音が響く中。ラクーンとヤシロが寺に着いた頃には、スギノオカも壊滅的な被害が起きていた。

 集落の人々が住んでいた家はどこも火が上がり、拠点となっていた寺も傍で小さな爆弾が落ちた事で火事が起きている。

 ツバメとコムギはそんな寺から怖がり泣いている白龍はくりゅう族の子ども達を守りながらも避難していた。

 すると、逃げている最中に自分の家がある方向が燃えているのが見え、二人は思わず立ち尽くしてしまう。


「家が……」


 生まれ育った大事な家。それが一瞬にして燃やされてしまうのは二人にとってあまりにも辛い光景だった。

 コムギが飛び出してしまいそうになるのを、ツバメが腕を掴み止めると、コムギの悲痛な声が聞こえた。


「離してツバメッ! 私達の家が燃やされちゃう!」

「コムギ……っ! 行っちゃ、だめっ……!」


 必死に振り払おうとするコムギに、ツバメは強くコムギの名を呼ぶ。コムギにとって、あの家がどんなに大事なのかはツバメもよく知っている。けれどもこのまま行かせるわけには行かなかった。

 コムギの声に何とか帰ってきたラクーンとヤシロもやってくると、ラクーンがすぐに状況を判断しコムギの前に立ち塞がる。


「ラクさん行かせて!」

「だめっ。コムギちゃんが危ない!」

「けど……!」

「気持ちは分かるけど……っ、もう、出来る事はないよ」


 ラクーンの言葉に、コムギは目を見開き固まる。嗚咽混じりに涙を流していると、ラクーンはそっと抱き寄せ言った。


「逃げよう。コムギちゃん」

「っ、う」


 泣き崩れるコムギを支えながら、ラクーンはツバメを見る。ツバメは泣きそうになりながらも、微かに笑みを浮かべ「ありがとう」とラクーンに言った。

 ラクーンも眉を下げながら笑むと、今の状況を思い出して顔を引き締め、「逃げるぞ!」と周囲に声を掛ける。


「そういやシユウは?」

「ヒューガ様の所に報告しにいった筈だけど……」


 ツバメに言われラクーンはシユウの事を思い出す。報告に行っている最中に、爆発に巻き込まれていなければいいが。そう気にかけていると、前からシユウの声がした。


「大丈夫か!?」

「シユウ!」

「シユウ様!」


 赤い外套を身につけたシユウが、ツバメ達の前に飛び出す。その後ろからヒューガやカナヅキ、そしてそれぞれの兵士達がいた。

 本来ならばこれから東や南の国へと向かうつもりだったが、シユウの報告と共に爆撃の音を聞いて戻ってきていた。

 遅れて燕寺もカラスと共にやってくると、空を見上げて絶句し、数歩後退する。


「……こうなるって事は、知っていたのか?」


 カラスが訊ねれば燕寺は間を置いて首を横に振る。しかし、全く知らなかったという訳でもない。


(開拓するとは言ってたけど、まさかこんな形でやるだなんて……)


 最早開拓でなく戦争ではないか。こんなに大掛かりな軍事作戦を行えば、周囲国だけでなく上からも咎められるのではないか。

 そうなると復興どころではなくなり、益々こちらの生活が苦しくなるだけである。

 燕寺は手を握りしめて「分からない」と口にすると、顔を上げてツバメ達を見る。


「 先ずは集落の外に出ましょう! 」

「そ、そうだな。だが、四方を囲む森も、丘も燃えているからな……」


 ヤシロの言葉に、燕寺はハッとして周囲を見る。

 スギノオカは杉の山に囲まれた窪地であり、周囲にはススキの丘もある。冬が近く空気は乾燥し、枯れ草も多い事から通常よりも燃えやすく延焼の進みが早かった。

 すると丘の言葉で牛や羊の事に気がついたのか、ヤシロが声を上げると牧場のある方へと走っていく。


「ヤシロ!」


 ツバメが呼び止めようとするが、「すぐに帰る」と言ってヤシロは離れていってしまった。すると、タワラもヤシロを追いかけていく。


「おい! 勝手に動くな!」


 ヒューガが声を荒らげるが、二人はもう居なくなってしまった。

 皆は心配そうに二人の行き先を見つめるが、新たな爆発が背後で起こった事で、仕方なくその場から動き始める。

 後ろ髪を引かれる思いで、ツバメは何度も振り向いてはヤシロ達を心配していたが、シユウが背中を押した事で、前を向く。


「さっきヒューガが兵士達を数人向かわせたから大丈夫だ」

「ヒューガ様が?」

「ああ」


 それを聞いてツバメは少し力を抜く。周囲を兵士達が守りながらそれぞれ手を取り合い、気を遣いながら、集落の外へと目指す。

 前を見れば、カラスが白龍族の中に紛れて、黒い外套を被せたソメイを支えて進んでいた。

 この間の戦闘で重傷を負ったりして動けないものは、兵士達や寺の住職達によって戸板などに乗せられ運ばれていたが、徐々に群れから遅れ気味になっていた。


「っ……」


 燕寺はそんな様子が気になり後ろへと向かう。少しでも手助けをしたい。そんな思いで手を貸そうとした時、彼には聞き覚えのある、異様に近いプロペラ音が耳に入ってきた。

 その音を聞いた瞬間、燕寺は自分でも信じられないくらいに大きな声で前に叫ぶ。すぐに何かに隠れろ。と。だが、場所も何もかもが悪かった。

 燕寺が叫んだ次の瞬間、遠くから連続した銃撃音が響く。シユウはツバメと傍に居た白龍族の子ども数人を庇うように道の左側へと押し出し、覆い被さった。

 それぞれが何とかして攻撃を避けようとし、銃撃音が近づき爆発とともに離れていく。悲鳴と怒号が交わる中重傷の兵士を同じように庇っていた燕寺の目には、炎とはまた違う赤が視界を覆った。

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