五章 開戦

【5-1】

 燕寺えんじが抜けてから数日。郷田ごうだの軍では燕寺がいなくなったのを境に、兵士が次々と行方不明になる事態になっていた。

 行方不明……といっても、そう呼んでいるのは郷田達軍の上層部であり、正確には兵士達は無断で軍を抜けて生まれ故郷に帰っていた。

 終戦したのもあるが、郷田が今掲げている目標は国の為というよりは私欲が強いので、それでより軍から離れていく者が増加しているようだ。


「本日もまた消えたか……」

「もう軍の半数以上がいませんね」


 一人二人ではなく、数十人単位でいなくなっていく。そんな状況に軍の上層部も諦めの空気となっていた。

 このまま自然消滅してしまうのではないか。そう誰もが思った時、郷田はいつもと変わらぬ様子で兵士達のいる小屋に入って来た。


「おや諸君。朝だというのに優れない顔ををしているな」

「郷田閣下……」

「どうした。何か悪い物でも食べたかね」


 そうけらけらと郷田は笑う。その様子に上層部の兵士達は顔を見合わせた。


「あの様子だともしや気づいていらっしゃるのか?」

「いや、気付いていないかも」


 郷田に聞こえない声量で兵士達がコソコソと話す。と、郷田が咳払いをした事で、彼らは話を止め姿勢を正した。

 重い空気が流れる中、郷田は笑みを絶やす事はなく「良い話がある」と言って、手にしていた扇子を開いた。


「先程花宮はなみや会長から提案があってな。もし、この作戦に協力すれば、お前達にも報酬が出るとの事だ」


(……報酬?)


 というか、最初は出さない予定だったんかい。そう兵士は脱力しつつツッコみたくなった。

 兵士達の呆れは流石の郷田も分かったようで、「元から出す予定だったぞ?」と、さも当たり前のように言った後、話を続ける。


「今回は報酬が高くなるだけではない。もしこの地を開拓し住宅街ができた暁には、そこに建てられた家にタダで住んでも良いとの話だ。良かったな」

「……」


 兵士達は黙り込む。ここで、ふと数名がその話を良いと思っていた。しかし、それはあまりにも現実的ではなかった。兵士の数が足りないのである。

 今や全盛期の半分以下の人数になり、さらにそこからまだ数多くの兵士達が抜ける予定だ。いくら技術や文明がこちらの方が勝っているとしても、人数によっては叶いっこない話だった。


(援軍でも呼ぶのだろうか)


 兵士達はそんな事を考えていると、小屋に電話のベルがなる。そばに居た郷田が取ると、にやりとして頷いた。


「では、予定通りに」


(予定通りに?)


 兵士達がきょとんとしていると突然地鳴りにも似た爆撃音が辺りに響く。郷田以外は騒めき、兵士達が慌てて外に出れば外輪山の一部から煙が上がっている。山頂は少し欠けており、鳥の大群がバタバタと飛び出していた。


「砲撃? 一体何処から」

「海軍だよ。……と言っても、今は奪還軍という名に変わっているがね」

「奪還軍?」


 郷田曰く、敗戦し勝戦国となった我が国の誇りを取り戻すために、かつての海軍や空軍、陸軍に所属していた者達が集まり作られた軍らしい。とはいえ以前のように戦艦や戦車などを生産出来ず、これまでの大戦で唯一残っていた物をかき集め、修理した物しかないようだが。

 上からの監視もある為、あまり激しい行動は出来ないようだが、郷田の計画としては一日でこの大地の大半の人々を消して、捕虜にするつもりだった。


(命が惜しければ、我が復興の礎として働いてもらうってのもありだが……。そもそも、使えるかどうかだな)


 使えさえすれば、獣人達や半獣人達に報酬を出す事も考えていた。しかしあちらは昔から人間側を敵対視していた者達である。人間に従う者は果たしているだろうか。

 郷田は考えるも、すぐに「いやそれはない」と切り捨て、腰のベルトに掛けていた軍帽を手にしながら呟く。


「邪魔者はさっさと消すに限る。獣の声など一々聞いていたら、人間は前に進めないからな」


 軍帽を深く被り、騒つく兵士達の元へ歩いていく。そして、活を入れるかのように、郷田は声を荒らげた。


「さっさと戦闘準備をしろ! 作戦はもう始まっているぞ!!」

「えっ、あ……はい!」

「はい閣下!」


 兵士達は状況がよく分からずも、郷田に言われた事で、急いで装備を整えに、各隊のテントへと戻っていく。

 急遽始まったこの作戦は、後に本国の歴史で【獣大地開発作戦】と呼ばれる事になるが、その作戦の批評で世間が盛り上がるのは大分先の話であった。


――


「何だ今の音」


 巡回をしていたヤシロが足を止め空を見上げる。一緒にいたシユウとラクーンも空を見るが、森の木々が邪魔をしてあまり空が見えなかった。


「ちょっと木に登って確認してきます」

「ああ、任せた」


 シユウが頷けば、ラクーンは大木を軽々と登り枝を渡っていく。色付いた葉に隠れ姿が見えなくなった頃、ラクーンの声が上から響き渡る。


「外輪山から煙が上がってる!」

「煙!? 」

「方向は!?」

「西の方!」


 方向を聞いたシユウは焦りの表情を浮かべる。前々から想定はしていたが、遂にその時がきたようである。

 ヤシロはシユウを見ると、シユウはラクーンに向かって声を上げる。


ヒューガあいつに報告してくる! お前は引き続き、状況を見といてくれ!」

「了解!!」


 ラクーンは元気よく返事をすると、じっと煙の上がる外輪山を見つめる。残されたヤシロはとりあえず盗聴機を外しながらも、そわそわしながらラクーンを見上げていた。

 シユウが離れてあまり経たない内に、二度目の大きな音が聞こえる。今度ははっきりとラクーンの目に、砲撃らしき光が見えた。


「外からか? まさか援軍でも呼んだんじゃ……」


 そう思っていると、外輪山の外から鳥とは違う、大きな何かが隊列を組むように並んで姿を現す。バタバタと音も響き徐々にこちらへと近づいてくると、その下から何かが光るのが見えた。

 あ。とラクーンが声を発した瞬間、空飛ぶそれを追いかけるように、爆発と黒煙が次々と起きる。


「や、やばい」

「えっ、何が起きてるんだ!?」

「いいから早く逃げろ! 爆発が近づいてきてる!!」

「えっ!?」


 状況が飲み込めないヤシロ。その間にもそれらは驚異の速さでやってくる。

 ラクーンは素早く木から降りると、ヤシロの腕を引いて傍の岩陰へと滑り込む。そして間もなく、この森の何処かに爆弾が落ちると、鼓膜を震わせるような爆音と共に巨大な火柱が上がった。

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