【4-6】
それから白龍を弔う為に、ここから少し離れた草原に移動するとヒューガや兵士達によって、周りに置かれた竹と共に白龍の身体は焼かれていった。
大きな火柱から立ち上る煙は橙と紫の空に消えていく。それを燕寺は静かに見つめていると、横から女性の声が聞こえ、振り向いた。
「はい。どうぞ」
「え、あ、ありがとう……ございます」
礼を言って、差し出された椀とおにぎりを受け取る。ふと顔を上げれば、そこにはツバメがいた。
(黒髪に、青い瞳……)
人間? と一瞬思ったが、すぐにカラスの事を思い出して、一人でに納得する。ツバメの後ろを見れば、様々な半獣人や獣人の女性達が炊き出しをしており、兵士達に振舞っているのが見えた。
思えば昨晩から何も口にしていない燕寺は、空腹も体力も限界に近かった。手に持ったおにぎりや、椀に入った味噌汁を一気に口へかき込みたかったが、何とかその気持ちを抑え、ゆっくりと食べ始める。
「美味しい……すごく、美味しい」
久々に感じた温かい食事。その味は何処か故郷を感じさせるもので、空腹を満たそうと食べ進める内に、ふと目の前が歪んでいく。
ツバメは燕寺の様子に気が付き、膝をつくと「大丈夫?」と心配そうに声を掛ける。それに対し燕寺は頷くも、涙は止まる事はなく、いつしかその顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていった。
そんな燕寺に寄り添うツバメに、シユウやカラスも気付き、歩み寄ってくる。
号泣する燕寺に若干引いていた男二人だったが、嗚咽混じりに聞こえた「ありがとう」という言葉に、二人の心の何処かで何かが動くのを感じた。
「ありがとう……優しく、してくれて。本当に、ありがとう……」
何故そんなに礼をと三人は思った。けれども、燕寺は礼を言い続けた。あまりにも何度も言う彼に、カラスが「どうして」と疑問を投げかけた。
「どうして、お前はそんなに泣くんだ。お前に何があったんだ」
「……え?」
「ってか、話をする前に顔拭けよ。酷い顔してるぞ」
ぽかんとする燕寺に、呆れ笑いをしながらシユウが懐紙を軍服のポケットから取り出し差し出す。
その懐紙を手にしまた礼を言った燕寺は、顔を拭いながらも今までの事を話した。
軍に召集された事や知らぬ間に国が敗戦し、終戦していた事。そして
抑揚もなく、ただひたすらあった事を話している燕寺だったが、気付けば三人の他にもヒューガや、おやつに焼き栗を持ってきたラクーンやコムギ達も聞いており、皆それぞれが真剣な表情を浮かべ、静かに耳を傾けていた。
カラスは弔った白龍の事が気になった様だが、その前にシユウが質問をする。
「敗戦したっていうのは正確な情報なのか?」
「多分……といっても、僕達も昨晩聞いたばかりだから絶対とは言い切れないかな」
燕寺の答えにシユウは頷くと、ヒューガもまたシユウと同じ様に納得した様子で頷き口を開いた。
「ふむ。ま、どちらにせよ。あの男はこの大地で何かしようとしているのは間違いない。幸いにもあちらの軍の士気が落ちているのが救いだな」
「ですね。でもどうにかして士気はあげるかも。或いは、脅しとか」
「脅し、か。有り得そうな話だ」
何度か会っているヒューガは郷田の事を思い出すと、眉間に皺を寄せて呟く。
白龍の皮や鱗を欲した時点で、ヒューガやシユウ達にとって良い印象ではなかったが、先程までの燕寺の話を聞いて、やはりというか、郷田の人間性が嫌なくらいにはっきりと分かった気がした。
カラスに至っては、家族同然でもある白龍族を狙われ、沢山の仲間達を失ったのもあり、微かに怒りを滲ませて話を聞いていた。
と、そこに北の国の王子であるカナヅキがやってくると、燕寺を見て「ほう」と声を漏らす。
「話には聞いていたが、本当に人間だったとは。して、先程の会話からして、この地を手に入れようと企む例の男の話の様だが……新しい情報は手に入ったのか?」
「ああ。窮地に立つ我らにとって、かなり頼もしい情報だ」
「そうか」
ヒューガの言葉に、カナヅキは感心するように頷く。
燕寺はいつの間にか周囲に人々がいた事で、ギョッとして身構えてしまうが、ツバメが「大丈夫だよ」と言った事で少し力を抜く。
そうではないと思ってはいても、やはり長い間彼らを敵だと言われ続けていたせいで、無意識に身体が反応してしまうらしい。
「ごめんね。疲れている所に長い話させちゃって。おかわりまだあるから持ってこようか?」
ツバメに言われ、最初は遠慮して断ろうとしたが、それに逆らう様に腹が鳴る。その音に、燕寺は顔を赤くすると、ツバメに笑まれて、そっと椀を渡す。
「お、お願いします」
「はい。分かりました」
ツバメは頷き、その椀を手に取る。
ツバメが離れた後、近くにいたシユウは燕寺の肩を掴んだ。突然強く掴まれた事で、みっともなく声を上げると、恐る恐るシユウの方を振り向いた。
「俺もツバメも、お前の事は敵対視する事はないが……気をつけろよ?」
「は、はい……?」
「気 を つ け ろ よ ?」
「……はい」
笑みは浮かべていたが、明らかに目が笑っていない。まるでツバメは自分のものだから絶対に手を出すなよと、そんな圧が燕寺にかかる。
燕寺はブンブンと激しく首を縦に振ると、シユウは笑んだまま肩から手を離した。
(日に日に執着心が強くなっているな……)
シユウの相変わらずな反応に、カラスはやれやれといった様子で見つめる。とはいえ、カラスもちょっぴり複雑な気持ちがあるのは確かだった。
(あまりの弱々しい様子に、毒気は抜かれてしまったが……)
郷田の元から抜けたとはいえ、抜けてまだあまり時間は経っていない。それに本人はその気でなくても、郷田が何か仕組んでいる可能性もある。
しばらく警戒するかと、カラスは一人考えながら真面目な表情で燕寺を見つめていると、ラクーンが焼き栗と焼き芋を持ってやってくる。
「皆、人間を嫌って恐れていた割には、なんかすごいフレンドリーっすね」
「ふれんどりー?」
「友好的って事です」
「ああ」
カラスは意味が分かり納得する。ラクーンから芋を渡されカラスがそれを受け取ると、ラクーンはいつもと違って厳しい表情で呟いた。
「殺伐とするよりはまだいいけど、あまり馴れ馴れしくなるのもどうかなって思うんすよ。万が一何かあったら……きついでしょ」
「……」
カラスは何も答えず芋を口にする。視線の先にはおかわりの分を持ってきたツバメが燕寺に渡し、親しげに話していた。
良くしているツバメ達の為にも、そうならない事を願うばかりだがラクーンの気掛かりもよく分かる。
咀嚼していた芋を飲み込み、「そうだな」とカラスは言うと、燕寺の様子をじっと眺め続けていた。
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