【4-5】

「白龍……っ!」


 声を掛けるが、白龍は応じない。

 虚な目が燕寺以外をじっと見つめ、薄く開かれた口からは血が流れ出していた。燕寺は涙を流しながら白龍の顔を撫でると、白龍の喉元に深く矢が刺さっているのが見えた。逃げ出す際に放たれた矢が当たったのだろう。

 痛かっただろうし、苦しくもあっただろう。それでも燕寺を助ける為に、白龍は力を振り絞って外輪山の外へと飛ぼうとしたのである。

 自分の上半身以上にある白龍の顔を抱きしめ、「ありがとう」と燕寺はもう一度礼を言うと、白龍の顔をそっと地面に置いた。

 しばらくその場で悲しみに浸っていた燕寺だったが、周囲から人の気配を察すると、顔を上げて辺りを見回す。


「……っ、誰だ」


 西の国の半獣人達の兵か? それとも郷田の兵達だろうか?

 泣き腫らした目を袖で擦りながら、燕寺は警戒すると、茂みの中から見慣れた赤い外套を見て絶望する。ああ、西の国の兵士達だ。と。


(もう、ここまで来たのか)


 訓練通りにナイフを取り出そうとしたが、昨晩捕虜になる際に武器は預けてあった。丸腰で一人。それに対して相手は複数人……。


(白龍が命懸けで助けてくれたというのに、ここまでか……)


 歯を食いしばり心の中で白龍に謝りながら、燕寺は両手を挙げ降参する。でも降参した所で恐らくは……。


(斬首される位なら、何とかして逃げ出したい……)


 どうする? と頭の中で必死に考える。すると、兵士達の中から綺麗な長い銀髪を揺らす一人の半獣人の男が現れる。西の国の王子ヒューガである。その後からシユウとカラスも現れた。

 ヒューガはそばに倒れる白龍と人間の燕寺を見て、最初は眉間に皺を寄せ、問い詰めようとしたが、白龍の喉元に刺さる矢が目に入ると、兵士を置いて歩み寄る。

 燕寺は近づいてくるヒューガから目を離さず、じっと睨み続けると、ヒューガが白龍の側で跪くのを見て少しだけ警戒を解いた。


「これは、西の国の? ……おいお前」

「っ、な、なんですか」

「お前達は西の国から来たのか?」

「そ、そうです、けど……」

「……」


 ヒューガは白龍からゆっくりと矢を引き抜き、矢羽を確認するように眺める。

 その表情は複雑で溜息を吐いた後、背後のシユウ達を振り向く。ヒューガの様子を眺めていたシユウもやってくると、ヒューガの手にする矢を見て「西の国の矢か」と呟いた。

 そんな二人の会話に燕寺は瞬きする。西の国の関係者である事には間違いないようだが、どうやら自分達を追ってきた訳ではないらしい。

 燕寺は手を下ろし二人を見つめていると、前方から声を掛けられ飛び跳ねるように反応して前を見る。そこにいたのはいつでも抜剣出来るように、柄に手を添えたカラスだった。

 バチバチとした殺気を向けられ燕寺は怖けながらも、震えた声で「何でしょう」と訊ねる。


「貴様、人間で間違いないな?」

「は、はい……人間、です」

「郷田の仲間か?」

「い、一応。……けど、今はもう」

「抜けたと? 信じられる証拠は?」

「しょ、証拠は……」


 証拠と言われても。燕寺は困り、とりあえず着ていた軍服の上着を脱ぐ。

 それを渡し、「武器は持ってないです」と言って渡せば、カラスは怪訝そうにしつつも上着を手にする。

 拳銃も、ナイフも、手榴弾も何もない、ただ重いだけの軍服に、カラスは首を傾げながらも「無いな」と答えると、次は燕寺を立たせ、下半身にも何かないか服の上から叩いて調べる。しかし何も無かった。

 人間に対する不信感からか、中々信じられない部分もあるものの、その一方で武器も何もない丸腰の人間が何か出来るはずもなく、カラスは渋々燕寺の言葉を認めた。

 ヒューガやシユウも、白龍に刺さる矢が自分達の国の物だったという事もあり、燕寺の仕業ではないと理解すると、燕寺の元に来て話しかける。


「先程、西の国から来たといったな。恐らくだが、お前は捕虜でそこにいたのか?」

「は、はい。郷田の捕虜として捕まってました。情報が聞きたいからって言われて、最初は従ってたんですけど、信じられないって言われて……」

「信じられない? 嘘でも言ったのか?」

「いや、嘘じゃないです。嘘じゃないんですけど……その」


 果たしてこの人達に話しても大丈夫だろうかと、燕寺は不安になる。

 それに、話した所で信じてくれるだろうかなんて、疑心暗鬼になっていた燕寺は口籠っていると、ヒューガが再び息を吐いた事で、大袈裟な位に震え上がる。その様子にヒューガ達三人は顔を見合わせた。


「仮に郷田が何か仕掛けたとして、こんなに震えてる奴が何か出来ると思うか?」

「いや出来ないと思う」

「だな」


 ヒューガの問いに、シユウとカラスは即答する。まるで今から食べられそうな草食動物並みに怖がる燕寺に、シユウは頭を掻きながらも、なるべく優しい口調で燕寺に声を掛けた。


「安心しろ。その、お前を取って食おうとはしないから」

「……」


 怯えは無くなったが不信感たっぷりな目付きに、シユウは苦笑いを浮かべる。


「こういうのはツバメやコムギが得意だからな……」

「おい、俺の妹の名を簡単に出すな」

「大丈夫だろ。聞いた所で何も出来ないだろうし」


 ツバメの名前を出した事で、カラスがムッとなりシユウに注意する。それに対してシユウは軽い様子で返すと、それを聞いていた燕寺は、ふと牢の時の白龍の言葉を思い出していた。


『一見すると、お前達人間と変わらない姿の奴でな。敵対する派閥に所属していた奴だったんだが、そいつが話していた妹の名前がツバメだったんだよ』


(もしや、あの時言っていた?)


 自分達と同じ、人間のような姿をしていて。そんな人物が今目の前にいる。しかも妹がいて。それで名前が……。

 思わず凝視する燕寺にカラスが気が付き、「何だ」と怪しげに訊ねられると、燕寺は慌てて首を横に振る。ここは敢えて言わない方が良いかもしれない。そう思って、聞こうとしていた言葉を飲み込んだ。

 カラスは燕寺の様子を不審がりながらも、「まあいい」と言って、白龍の方に視線を移す。


「この白龍をまずは弔わなきゃな」

「弔う? 白龍を?」

「ああ。悪いか?」

「い、いえ。ただ……弔ってくれるんだって」


 そう驚きに満ちた表情で言えば、カラスは不思議そうに見つめると、「当たり前だろう」と答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る