【4-4】
連れてこられたのは、先程の牢とは違い煌びやかな木造の屋敷の広間だった。
中庭に植えられた真っ赤な紅葉を眺めながら、その部屋に入れば、年老いた半獣人の男が険しい表情を浮かべ座っている。
(ああ、もしかしてこの人が兵士の言っていた王様なのかな)
ここにくる道中で兵士から聞いた話を思い出しながら、燕寺は目を泳がせながらも、何度か目の前にいる西の国の王を見る。
兵士が両脇に付きその二人が膝をつくと、王は燕寺を見つめ、口を開いた。
「単刀直入に訊こう。
「それは」
「言えば解放してやる。言わなければ、引き続き捕虜として居てもらう。場合によっては斬首もあるがな」
「斬首」
場合によってはというが、おそらくは郷田の動き次第ではって事もあり得るだろう。しかし言ってしまえば解放するとも言っている。
別に忠誠心も何もないし、言ってそのままこの地から逃げようか。そう思い燕寺は素直に郷田の計画を話す。そして自分達の国がとうに負けていて、戦争が終わった事も伝えれば、彼らの顔は驚きに満ち、そして怒りを滲ませた。
「負けた……だと? どういう事だ!?」
「何か知らない内に負けていたんです」
「知らない内に負けていた!? 貴様達の報連相はどうなっている!?」
全くごもっともな意見だ。王の言葉に燕寺も頷きたくなった。
終戦してから聞かされる位だから、多分郷田は上層部からもあまり良くは思われていなかったのだろう。とはいえだからと言って伝えなかった上層部も上層部である。せめて大事な情報はきちんと伝えて欲しい所ではある。
(けどこれで僕はもう帰れるんだ)
解放された後、自らの足であの高い外輪山を越えるのは少々骨が折れるが、帰路だと思えば大した事ではない。
ウキウキした様子で解放という言葉を待っていると、王を始めとして、兵士達の表情がより険しくなっていく。そして、王の側にいた大臣達のひそひそ声が聞こえてきた。
(おや?)
雲行きが怪しくなっていく。大臣の口から聞こえたのは、燕寺の今後の処遇だとか、郷田に対する攻撃だとか、そんな物騒な内容であった。
燕寺の顔から笑みが消え、解放を祈りながら王を見つめる。王は周囲の大臣達と話し合った後、燕寺と向き合う。
「貴様の話はあまりにも信じ難く、話し合った結果実際に郷田を呼びつけて話を聞く事にした」
「え」
「よって、貴様は郷田が来るまで捕虜だ。……もし逃げ出そうとなど考えたら、その時は」
言葉にはしなかったが、王は自らの首に手を添えると「首を斬るぞ」と燕寺を脅す。
燕寺は愕然とし俯く。やっと帰れると思ったのに。がくりと肩を落とし、涙を浮かべた。
そんな燕寺を他所に、兵士達は燕寺を再び牢へと連れて行こうとする。疲れ切った様子で力の入らない足を引き摺るようにフラフラと部屋を出ると、燕寺は中庭から見える青空を見つめた。
(僕は何時になったら帰れるのかな)
もしかしたら一生帰れないのかもしれない。だったらせめて家族に遺書だけでも……。
そう諦めかけていた時、視界が真っ赤に染まる。
正確には、中庭に植えられた紅葉の葉が突然の強風によって舞い上がり、紅葉の吹雪が終わると、目の前には真っ白な龍がいた。
呆然として燕寺はその龍を見上げていると、傍にいた兵士達が慌てだし、腰に提げた刀を抜く。だが、その前に大きな尻尾が兵士達を払いのけると、燕寺を縛る縄を鋭い爪で引き裂いた。
解放された燕寺はポカンとしていたが、目の前の龍に唸られびくりと肩を震わせる。
『おい、早くしろ。逃げるぞ』
「えっ、あ、その声……!?」
『いいから早く乗れ』
龍から聞こえたその声は隣の牢の男のものだった。言われた通り、燕寺は白龍の背に飛び乗ると、それを確認した白龍は空に向かって大きく床を蹴る。
白龍の飛翔に耐えきれず、床には穴が開き、紅葉の木の枝は折れ、屋根瓦も剥がれていく。砂煙で屋敷の中の様子が見えず、それを良い事に白龍はどんどん上へと上がる。
すると、その砂煙からいくつかの矢が白龍目掛けて飛んでくる。
『ッ……! 邪魔、しやがって!』
「だ、大丈夫ですか!?」
『一応想像の範囲内だ』
そう白龍は言うが、身体のあちこちを負傷しており、剥がれた鱗が痛々しく見える。
落ちないように白龍の角をしっかりと握りしめながらも、燕寺は白龍に対して「どうして」と訊ねた。
「僕を、助けるためですか?」
『……』
「っ……龍化したら戻れないって……!」
『……そうだな』
白龍はただ真っ直ぐと前を見つめながら、燕寺に応える。
低い雲をいくつか超え、外輪山の中が小さくなっていくと、白龍は外輪山の外へと目指そうと向きを変えた。
『俺はどちらにせよ先は短くない。あのまま牢の中で一生を終えようとも思ったが、最後位は誰かの為になるのもいいかもしれないなと思ってな』
「っ……」
『泣くなよ。寧ろ感謝してる。あの牢から抜けるきっかけをお前に貰ったんだからな。……せいぜい長生きしろよ』
白龍に言われ燕寺は涙ながらに力強く何度も頷く。そして、白龍に聞こえる様に大きな声で言った。
「ありがとう」
そう伝えた時、白龍は目を見開くと満足げに目を細め、急速に高度を落としていく。
そのあまりの落ちの早さに、燕寺が白龍の異変に気付いたのは雲よりも下に来た時だった。
「えっ……ちょっと」
『……』
応答のない白龍。落ちないようにしつつも、白龍の顔を覗けば、その目は開いたまま光が消えていた。
「あ……」
燕寺は驚き慌てて白龍を呼び続ける。しかし、白龍からは二度と返事は来なかった。
代わりに、燕寺の頬にぴしゃりと血のようなものが付く。それを見た燕寺はきつく目を閉じ叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
落下による恐怖なのか、それとも白龍に対する悲しみなのか。自分でもよく分からずに絶叫し、白龍と共に落ちていく。
ぐるぐると回転する視界の中で、徐々に森林らしき緑の海が大きくなっていくと、あっという間にその木の海へと墜落していった。
木々の枝が燕寺や白龍の肌を傷付ける中、やがてそれが緩衝材となって包み込み、ゆっくりと地面へ落ちる。
木の葉や砂埃が舞いそれが静まった後、白龍の上で燕寺は右腕を押さえながらも何とか身体を起こし、白龍の顔のそばへと駆け寄った。
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