四章 燕寺

【4-1】

 場所は変わって、円を描く外輪山の西。その麓にある森の中で、簡単に作られた簡易的な木造の小屋があった。

 その小屋には、これまた沢山のコードが所狭しと床や壁に張り巡らせており、集合地点にある沢山の画面には大きく映されたヒューガ達の顔があった。


「馬鹿な奴らだ。我々に聴かれているとも知らずにペラペラと喋りおって」


 そう言って黒い笑みを浮かべながら、郷田ごうだは扇子を扇ぐ。

 元帥という事もあり、本来ならばそれなりに周囲に兵士がいてもおかしくないのだが、今この小屋にいるのは機甲科の数名の兵士のみであった。

 偵察に行かせた際に、兵士達が寺の柱にいくつかカメラや盗聴器を設置した様だが、そんな物など知らないヒューガ達は不思議そうにそれを見つめている。

 するとヒューガが眉間に皺を寄せながら、まさかと声を漏らす。


『郷田達の……』


 その言葉に耐えきれず大きな声で笑った後、郷田は兵士達の間に入り込み、画面に向かって前のめりになって叫んだ。


「その通り! その通りだよ愚か者達め! だが、今更気付いた所で遅い!!」


 勿論ヒューガ達には聞こえていない。だからこそ郷田はヒューガ達を嘲笑い馬鹿にする。傍にいた兵士達はうんざりとした様子で、郷田を見つめた。

 西の国の同盟に関しては、元々は国からの命令で任されてた。

 国の立場としては他国同様落とすよりも、同盟という形で大地の中の人々とやり取りした方が有益だと思っていたのだが、郷田はそんな国の思惑とは別に、自分の私利私欲に走っていた。

 兵士達はその事に気付いてはいたものの、立場的に指摘する事もできず、上層部に告発しないよう『自警班』と称した見張りが常に目を光らせていたが為にどうする事もできなかった。

 そんな兵士達の不満などさぞ知らず、郷田は不敵な笑みを浮かべながら次の策を考え始める。

 その時、郷田の持つ小型の電話機から音が鳴った。郷田は相手を確認せずに電話に出ると、これまた上機嫌で弾んだ声を上げる。


「おお花宮はなみや会長! いかがなされましたか!」

『久々だねぇ郷田くん。いや何、知り合いの議員から獣大地にいると聞いてね。それで連絡をかけたんだよ』


 受話器の向こうの人物も声が大きい様で、傍にいた兵士達もはっきりと聞き取る事が出来た。

 一体任務中に何の連絡かと思いきや、郷田と花宮会長が交わす会話で、緊急性も何もないただの儲け話だと分かると、兵士達の表情から益々生気が失われていく。


「ほうほう、つまりは大きな商業施設を作りたいと。なるほどー、確かに良い景色に源泉もそれなりにありますからなぁ」

『だろう? 我が国最大のリゾートエリアとして作れば、敗戦した我が国も再び立ち直るではないかと、そう思っているのだよ』

「はっはっはっ、誠に……」


 高笑いしていた郷田だが、花宮の発した【敗戦】という言葉にぴたりと固まる。

 兵士達も振り向き、「敗戦?」「どういう事だ?」と信じられないといった様子で言葉を漏らす。郷田は一変して引き攣った表情で、花宮会長に訊ねた。


「あ、あの花宮会長? 敗戦って……どういう?」

『? 先日発表されただろう? クロナミの方で大敗を喫したから降伏すると皇帝が』

「皇帝が、ですか!?」


 知らなかった。とは口が裂けても言えなかったが、郷田は敢えて驚きの様子を大きく露わにすると、郷田達の背後にいた兵士達も流石に状況を理解したのか、騒めきが大きくなる。

 郷田達の国では、ここ最近は海上戦が主な戦いだった。戦況は決して良くはなかったが、それでもここに任された際、少なくとも海軍が圧していたのだろうと思っていた。

 それがまさか知らぬ間に敗戦して、降伏していたとは。郷田も兵士達もまさかの情報に信じられなかった。

 だがこれはこれで、郷田にはチャンスだった。

 黙り込む郷田に、てっきりショックの余り言葉を失ったのだろうと気にかけていた花宮だったが、郷田は口角を上げると悲劇ぶるように途切れ途切れに話し始める。


『大丈夫かね』

「ええ……ご心配なく。そうでしたね。確かにクロナミの戦いは酷いものでしたな?」

『あ、ああ。そうだな。あの戦艦雷桜陣らいおうじんも沈んでしまったようだしな。殆ど負け戦だったようだ』

「本当に。散り際は美しくも儚い物でございました」


 まるでその名の通り、雷雨と暴風の中散っていった。

 それを耳にした兵士達はあんぐりとして郷田を見つめる一方の花宮会長はそれを聞いて、感慨深くそうだなと返す。

 郷田の見事な芝居に騙され、明るくなった花宮会長は改めて儲け話を持ち出した。彼曰く、今計画しているリゾートエリアに関しては、大きなホテルや入浴施設だけでなく、ニュータウンとして沢山の住宅地を作る予定らしい。それが出来た暁には、郷田達を讃え報酬を渡すつもりのようだ。

 当初の目的とはだいぶ変わったとはいえ、元帥として、そして新たな地の開拓者として、あまりにも郷田にとっては美味しい話ではあった。

 相槌を何度か打ち、笑みを浮かべながら受話器を切ると、兵士達の注目を受け咳払いをする。そして堂々と兵士達に宣言した。


「此度の大戦には負けてしまったが、皇帝の、いや、我が国のこれからの繁栄の為に、新たな任務を遂行する! 」

「……はっ!」


 嘘だろうと嫌そうな表情を一瞬見せるも、染みついた上下関係の為に逆らえず、兵士達は遅れて返事する。その返事に郷田は満足げに笑むが、兵士達の内心は荒んでいた。

 

(こんな事で命掛けたくねえ……)

(俺達は兵士であって開拓者じゃないんだぞ)

(帰りたい……)


 不満は更に膨らみ、兵士達の士気は下がっていく。しかし郷田はそれに気付かず、遥か遠くで輝く名誉や報酬に目が眩み始めていた。

 そんな郷田に向けて聞こえない大きさで兵士はそれぞれぼやき、ため息を吐く。

 

「ああ……誰かこの人を止めてくれ」

「もう抜けたいけど、抜けたら抜けたで何されるか分かんねーしなぁ」


 その兵士達に混じって、一人の若い兵士・燕寺えんじ翔一しょういちも呆れながら顔を上げれば、小さな声で「帰りたい」と呟いた。


(帰って、田舎でひっそり暮らしたい)


 数が足りず、徴兵された身としてはこれ以上の戦いは望んでいない。終戦したのならば、一刻でも早く帰りたい。そう思いながら彼は目の前のモニターから目を逸らし、遠くの窓を見つめる。

 沢山の木々と生い茂った草しか見えない長閑な景色だが、その中にふと白い何かが見えた。


(あ、何かいる)


 もしかしたら獣達が偵察に来ているのかもしれない。そう燕寺は思ったが、報告する気にはなれずじっと見つめていた。

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