【3-8】

 その後昨晩シユウ達が話し合ったあの部屋で、今度はヒューガとカナヅキの会談が行われると、やはりというか此度の件について西の国が責任を負うこととなり、重い面持ちでヒューガが部屋から出てきた。

 待っていたシユウは、出てきたヒューガの元へ向かうと、長いため息の後にシユウに伝えられる。


「どうだった」

「西の国の今後については、後程南や東の国も交えて話し合うようだ。……だが恐らくは」

「……守護国の位は剥奪か」

「かもしれんな」


 思った以上に重い処罰になるかもしれない。シユウはそう思いつつも、特に驚く事もなく、静かに受け入れていた。

 ヒューガはというと幼い頃から次期当主として育てられた身でもある。今回やらかした事の重さは十分分かっているつもりだが、それでも気落ちしてしまう。


「親父が聞けば怒り狂って、今すぐにでも攻めに行きそうだな」

「かもしれないな。だが、そうはさせん」

「お?」


 ヒューガの言葉に、シユウは目を丸くする。以前までは父である王の命令に逆らえず、まさに腰巾着のような者だったというのに。と、珍しそうにヒューガを見つめれば、「何だ」と怪訝そうに返される。


「いや何でも? それよりも、白龍はくりゅう族やスギノオカに関する事は?」

「それに関しては予定通りだ。守護国総動員で白龍族及びこの大陸を守る。早速北の国も手を貸してくれるそうだ」

「そうか」


 まだ最終的にどうするかは決めていないものの、まずは一歩前進した気がした。

 シユウはホッとして息を吐き、右手を腰に当てる。と、廊下にゆっくりとした足音が響き、ヒューガと共にそちらを向く。

 そこにいたのは、カラスに連れられてやって来たソメイだった。着物の袖で隠れて見えないが、その隙間からは頑丈に包帯が巻かれ、素手がどうなっているかは分からなくなっている。

 ソメイはヒューガを見ると、会釈だけしてカナヅキの残る部屋の中に入っていく。

 カラスは部屋に入らずにシユウを見ると、「どうだった」と静かに訊ねた。


「一応予定通りって感じだ」

「そうか。で、あれから考えたのか。最終的にどうするのかって」

「まだ考え中だ。こいつも含めてな」


「こいつ」とシユウに言われたヒューガはムッとしながらも、「そう簡単に決まる話じゃない」と答え、背を向ける。


「守護国の力を全部合わせても勝率は低い。昨晩、商人達にどうにかして兵器を手に入れられないかと頼んだが、すぐには難しい話だそうだ」

「やっぱり文明や技術の差も痛い所だよな」


 自分達の力でどうにかしたいという気持ちは、この場にいる三人とも思っている。だが現実を知れば知るほど、それが夢物語ではないかと思わせるくらいに厳しかった。

 ヒューガとシユウの話を聞いたカラスは息を漏らし、頭を掻く。


「あれから俺も考えたが、やはり難しいな。俺達だけじゃ」

「そうだな……。認めたくはなかったんだが」

「……」


 カラスは二人から外へと視線をずらす。外輪山はいつもと変わらず朝日に照らされていたが、早朝から発生していた霧は今も濃く残っている。


「そういやこの地は、霧の壺なんて呼ばれる事もあるんだが知っているか?」

「霧の壺?」

「大地の中でも、特にこの地では入り込んだような山の構造をしていて、尚且つ大きな川による水蒸気で霧が発生しやすいからだろう?」

「そうだ。流石次期当主だな。よく知っている」

「フン、当たり前の事だ」


 初耳だったシユウとは別に、ヒューガは当然といった様子で鼻で笑う。その態度に今度はシユウが不機嫌になるが、二人はそれを無視して話を続けた。


「で、それがどうした」

「戦場となるとしたら多分この大地だろう? となれば、大地の構造をよく知っている俺達が有利になる可能性だってある」

「地の利か。もしや、朝霧を利用するのか?」

「してもいい。だが絶対使えるという保証はないがな」


 天候に関しては完全に運である為そこまで期待は出来ないが、発生したら幸運ではある。

 カラスの提案に二人は納得する。他にもと、カラスは狩猟に使う罠の事を出してくる。


「本来は狩猟用ではあるんだが、足止めも兼ねて罠を仕掛けるとか」

「くくり罠とかか」

「そう」

「これも?」


 そう言って、シユウは手の平同士を閉じたり開いたりする。トラバサミのことを言っているのだろうとカラスは理解すると「あったらな」と答える。

 探せばあるかもしれないが、誤って狙った獲物以外だったり、森に遊びにきた子どもが引っ掛る事も多かった為、最近では殆ど使われていなかった。

 すると、隣にいたヒューガの顔が何故か真っ青になり、二人から目を逸らす。尻尾も内側に巻いていた。


「あんな恐ろしいもの、使わない方がいい」


 そう弱々しく呟くヒューガにシユウは「あ」と声を漏らす。


(そういや、昔トラバサミで大怪我したって聞いた様な)


 ヒューガがまだやんちゃな頃、一人でこっそりと西の国の近くの山に遊びに行った時に、山に仕掛けられたトラバサミに右足を挟まれてしまった事がある。

 今となっては強く踏み込んでも大丈夫な位に何ともないが、傷痕は濃く残っており、トラバサミという言葉も見るのも怖かった。

 今にも倒れそうなヒューガに、流石のシユウも気を遣い「やめとくか」と言うと、カラスも頷いた。


「まあ足元ならば、落とし穴という方法もあるからな」

「落とし穴か。竹槍でも埋めるか」

「お、良いな。それ」


 罠作りでシユウはカラスと意気投合する。ヒューガはその会話内容に、顔を顰めながら「恐ろしい奴らだな」と呟き、腕を組んで柱に寄りかかる。

 その後も続く二人の罠の作戦会議を聞きながら、ヒューガは大きな尻尾を柱に何となく上下に擦っていると、ふと柱とは違う小さな違和感に気づき、ヒューガは尻尾を止めた。


(なんだ?)


 何が当たった? と、柱の側面を見る。すると、見た事のない小さくて黒い箱のようなものが付いている。しかも蛍の様に、赤い光が点滅していた。


「……これは」

「ん?」

「どうした」


 しゃがみ込み取り外そうとするヒューガに、シユウとカラスも反応する。

 ヒューガはその謎の物体を鋭い爪で引っ掻き、何とか取り外すと剥がれたそれを指で摘み、眺める。


「何だこれは」


 三人でそれを見つめる。

 そんな三人を、小さなその黒い箱もまた見つめ返していた。

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