【3-7】

 この一件の後、ツバメとシユウはヒューガのいる北の国の兵士達の元へと向かう。北の国の兵士達は先程までいた林から場所を変え、境内の中心に移っていた。


「いつ見てもでかいな……」

「角が生えてるから尚更ね」


 シユウの驚きの声にツバメも頷く。というのも、北の国は主に鹿の半獣人が大半を占めており、成人男性の大半は額から枝分かれした大きな角が生えている。

 それに合わせて身体も長身でがっちりしている者も大きく、彼らの視線が集まり見下ろされたシユウは圧されてしまう。

 シユウよりも背の高いヒューガでさえも、僅かにだが見上げて話していると、いつの間にかやってきたラクーンがニコニコしながら言う。


「いやー俺たちの所にもいたなぁ、あんなに角ががでかいやつ。というかシユウ様、タワラさんだって身体とか充分デカいでしょ」

「そりゃタワラさんは熊の獣人だからな。頭の中で理解は出来てるんだが……北の国の奴らは別だ」


 舐めたらやられる。そんな獣の勘がシユウを怖けさせていた。

 一方でツバメ達は元々ここスギノオカが北の国管轄であるという事もあり、特に驚く事はなかった。


(北の国の役人と言えば……)


 あの青い集団に顔馴染みの者はいないかと、ツバメは目を凝らして探していると、少し離れた所でヤシロやタワラ達と話している人物がいた。

 二本に枝分かれした角を持つ、まだ若さの残るその男は、親子代々スギノオカを任されおり、名前をクヌギと言った。

 ツバメ達三人も、クヌギやヤシロ、タワラ達の元に向かうと、クヌギはツバメやシユウ達を見てお辞儀をする。


「お久しぶりですツバメさん」

「こちらこそ数ヶ月ぶりですね」

「はい。……その、白龍はくりゅう族とかと色々あったと聞いたんですが、大丈夫ですか?」


 心配そうに訊ねられ、ツバメは苦笑い交じりに「はい、大丈夫です」と答える。だがクヌギはより眉を下げると、間を置いて頭を下げて謝ってくる。

 突然の謝罪にツバメは驚き、ヤシロやタワラも「大丈夫だから!」とクヌギを励まそうとするが、クヌギは納得出来ないようで頭を横に振って言った。


「スギノオカの担当として、僕は白龍族の事も知っていた。だというのに警戒を怠り、騒ぎに気づいたのは西の国の使者が来てからです……! 本当に、申し訳ございません!」

「だから言ったろ! 報告を怠った俺達も悪かったって!」

「そうだ。だからそんなに気に病むなって。な?」


 声を震わせるクヌギに、ヤシロとタワラがそれぞれ声を掛ける。やりとりや本人の話からして、どうやら今回の件でかなり責任を感じ、気落ちしているようだった。

 話を聞いていたシユウも、元はと言えば自分達西の国がやらかした問題という事もあり、申し訳なく思ってしまう。

 一向に顔を上げないクヌギにツバメも励まし、顔を上げるようにいうと、シユウが前に出てクヌギ同様頭を下げる。

 シユウが頭を下げた事で、ツバメは声を上げて驚き、クヌギも思わず顔を上げると素っ頓狂な声を漏らす。


「し、シユウ……?」

「シユウ……? えっ、あ、西の国の王子様!? いけません! こんな身分の低い者に頭を下げるなんて……!」

「いい。気にしないでくれ。というか、頭を下げなきゃいけない事をしたんだ。謝らせてくれ」

「け、けど……」


 クヌギは戸惑い、シユウを見つめる。

 シユウとしては身内である西の国がどうなろうが勝手だと思いつつも、それに巻き込まれた民や他国の事を思えば謝りたくもなる。それが例え自分の意思でやった事ではないにしてもだ。

 嫌がりつつも身に染みついた、王子としての品位がより深くシユウの頭を下げさせると、背後から呆れたようなヒューガの声が聞こえてくる。


「何もそんなに謝らなくていいだろう」

「……お前なぁ」


 顔を上げ、振り向き様にシユウは不満気に返す。だがヒューガはそれを無視して隣にいる男を見る。

 その男にクヌギを始め、ツバメ達スギノオカの人々は目を丸くする。

 大きな角を持ち、柔らかな小麦色の髪を背後に纏めたその男は、北の国の王子であるカナヅキであった。

 カナヅキを前に、クヌギは跪き頭を下げる。ツバメ達も頭を下げれば、上げろと言われそれに従った。

 カナヅキはクヌギを見つめると、はっきりとした声で伝えた。


「此度の件、お前に責任を押し付ける気はない」

「え、ですが……」

「此度はお前の責任以上に、西の国の暴挙が大き過ぎる。つまり、お前一人でどうこうできる問題ではないという事だ。……それとスギノオカの者達よ。後ほど、詳しく話を聞かせてもらおうか」

「わ、分かりました」


 ヤシロが頷くと、カナヅキはシユウを見る。シユウはハッとすると、緩んだ羽織を直し見つめ返す。


「あの時の少年か。大きくなったものだ」

「え……?」

「覚えていないのも仕方がない。お前はまだ乳飲み子だった頃だからな」

「……」


 シユウは瞬きして「どういう事ですか」と訊ねる。しかしカナヅキは答える事なく、ヒューガと共に去っていく。

 ツバメは二人を目で追った後、改めてシユウを見ると、シユウは茫然として二人を見つめていた。


「俺、北の国に行った事も、あの人に会った覚えはないんだが……」


 と呟くものの、当時がまだ乳飲み子ともなれば、覚えていなくても無理はないかもしれない。そう考えながら、シユウはツバメを見る。

 とはいえ、自分の姿を見て大きくなったと言われたのは今回が初めてかもしれない。

 無意識に嬉しくなって、胸が熱くなるのを感じると、ツバメが柔らかく笑いながら「良かったね」と言ってくる。


「え?」

「尻尾、揺れてるよ」

「あ、な、これは……その」

「相変わらず分かりやすいですねシユウ様は。でも、いいですね。幼い頃の自分を覚えていてくれるなんて」


 羨ましいなと、ラクーンも笑みを浮かべながら話せば、シユウは尻尾を押さえ照れながらも、小さくなるカナヅキの背を見つめる。

 クヌギは立ち上がり息を深く吐くと、少しだけ表情が和らぎ安堵する。

 その顔を見てヤシロが「良かったな」と言った。


「良かったのかは分かりませんが……、カナヅキ様にもそう言われてしまうと何とも」

「だろうな。ま、俺たちもお前に責任を負わせようなんて思ってないしさ。そこの王子も言っただろう? 西の国の暴挙だって」


 クヌギの肩に手を置きながら、ヤシロはシユウを指差す。聞こえていたシユウは複雑そうに「そうだな」と返した。

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