【3-6】

 次の日の朝、部屋にいた誰よりも早く目を覚ましたツバメは、隣で眠るコムギを起こさないように布団から抜け出し部屋を出る。

 冬の足音が刻々と近づいているのもあり、肌寒さを感じながらも薄暗い廊下を歩いていると、前からやって来たヒューガと鉢合わせになる。

 ツバメは小さくお辞儀をして、すぐ側を通り抜けようとすると、不意に腕を掴まれ前のめりになる。


「っ、な、なんですか」

「……少し来い」

「来いって、どこに」

「いいから」


 否応なしに無理やり腕を引かれ、廊下から外れると人気のない建物の裏口に連れていかれる。

 その際に、偶然にも早起きしていたラクーンが目撃しており、シユウ達を呼びに行こうか迷っていたが、そのまま二人の後を追うことにした。

 ヒューガの手をそのままに、されるがままについていくと、門に近い所でヒューガは壁際に背を預けてその場に膝をつく。ツバメもヒューガにつられて膝をついた。


「一体、何なんですか」


 不安混じりの表情で訊ねると、ヒューガは「静かにしろ」と言って肩を抱き寄せる。それでより不安になるツバメだったが、ヒューガの表情や視線を見て、ふと何かに気付き、小声で話しかける。


「……誰か、いるんですか」

郷田ごうだの隊の偵察が来ている」

「えっ」

「狙いは恐らく龍族だろう。今頃、シユウあいつも気付いて白龍はくりゅう族の方を守りに行っている」


 そう言ってヒューガは肩に掛けていた羽織をツバメの肩にも掛け、ツバメを隠そうとする。

 ヒューガが自分を守ろうとしている事は理解したが、それにしてもどうして人間がここまで来ているのだろう。

 ちらりとヒューガを見れば、ヒューガは人間達を見ながら舌打ちをする。


「次から次へと勝手な事を……元から交渉する気など無かったって言う事か」

「……」


 少しでも信じていた自分達が愚かだった。やはり、自分達の居場所は自分の手で守らねばならなかったのだ。

 そうは思っても、外の世界を見てみればそれがあまりにも非力である事を嫌でも思い知らされてしまう。

 ヒューガは俯き、顔を手で覆いながらも悩んでいると、それを見たツバメがヒューガの羽織を握りながらも、彼に寄り添う。

 西の国がした事は許される事ではないが、それでも彼らは彼らなりにこの大地を守りたかった。その思いが少しずつ感じ取れた。

 頭の中がごちゃごちゃとして、何と声を掛ければ良いか分からなかったが、ツバメは膝を抱えながらも、大きなヒューガの背中に手をやるとそっと撫でる。

 触れられた事でヒューガは顔を上げツバメを見るも、遠くから声が聞こえ意識をそちらに向ける。耳を澄ませれば、遠くから話の内容が入ってきた。


「ったく、昨日三班が全滅したばっかって聞いたのにあの人も飽きないよな……。そもそも、龍の皮や鱗が使われていたのは過去の話だろう? 今は良質な人工素材があるから、そこまで命を掛けなくても良いだろうに」

「だよな……」

「俺、噂話で聞いたんだが、郷田元帥趣味で毛皮などを集めているんだとよ。だから、これも時間稼ぎに過ぎないって……」

「何だよそれ。じゃあ、三班は元帥の趣味に付き合わされて死んだってのか」


 枯れ草色の軍服に身を包んだ男達の会話に、ヒューガとツバメは愕然とする。

 

「時間稼ぎ……」

「らしいな。結局は、最初から支配する気でしかなかったという事だ」


 ただ最初からいきなり攻めると、色々とあちらにも都合が悪い。だから裏で準備をしている間に交渉と称して時間稼ぎをしたかったのだろうか。

 そうヒューガは考えるも、あくまでも男達の噂話なので断言はできなかったが、それにしたってあんまりではないか。

 無意識にヒューガは唸っていると、先程から言葉を発さないツバメが気になりそちらを向く。

 ツバメは人間達を見つめ、無表情で静かに怒りを燃やしていた。


「あまり怒ると龍化するぞ」


 ヒューガが言うと、ツバメはハッとして人間から目を逸らす。気持ちは分かるが、龍化されても困る。

 ツバメは自分の気持ちに危うさを感じ、溜息を漏らすも、先程の男達の言葉を思い出し、苦々しく呟いた。

 

「時間稼ぎ、だなんて。しかも、私達を物としてしか考えていない……」

「気持ちは分かるがあまり考え込むな。今すぐ頭を切り替えて朝食の事だけ考えろ」

「……朝食? この状況で?」


 それはそれで無理があるのではと、ツバメが困惑する。

 ちなみに今朝は集落の里芋が大量に収穫されたという事もあり、豚汁ならず猪汁を作る予定だ。


(ああ、ご飯炊かないとな……)


 握る予定の白米を思い出し、別の意味でそわそわし始めた時、林に笛の音が響く。


「やばい、北から援軍来てる!」

「戦闘か!?」

「いや退避! 早く!」


 大きな銃器を構えるも、隊長らしき男によって男達は逃げていく。ヒューガはそっと身を乗り出し、より確認しようとすると、林に青の外套が見え隠れする。北の国の兵士だった。

 思った以上に早い到着に、ヒューガは驚いていると、別の方向からシユウの声が聞こえ振り向く。


「ツバメ大丈夫か! ってめぇ……! 無理やり連れて行きやがって!」

「郷田の偵察が来ていたんだ。仕方ないだろう。それよりも、北の国の援軍が来た。俺は先に挨拶に行ってくる」


 ヒューガはツバメをシユウに押して引き渡すと、そのまま表へと出て行く。

 残されたツバメとシユウは呆然としてヒューガの背中を見つめていたが、ヒューガが去った後、シユウは何かが気になるのかツバメの全身をくまなく調べる。

 怪我も何もない為、ツバメは若干引き気味に「大丈夫だから」と伝えれば、シユウは不安な顔のままツバメを強く抱きしめる。


「良かった……本当に良かった」

「もう、心配症だな……」


 日に日にシユウからの距離が縮まっているように感じるが、ツバメからしてみればヤシロの飼っているコロとシユウを重ねて見てしまう。

 耳を倒し尻尾を大きく振るシユウに、ツバメがよしよしと頭を撫でると、シユウは顔を赤らめて「犬扱いするな」と小さな声で呟いた。

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