【3-5】
近づいてきたカラスに、ヒューガは椅子から立ち上がり見下ろす。
シユウとはまた違った緊張が走り、今にも武器を手にしそうなカラスにヤシロやシユウが呼びかけるが、カラスはそれを無視し剣を抜いた。
「か、カラスさんっ!」
「何してんだお前!」
剣は折れて短くなっていたが、カラスが振るった事でツバメは悲鳴を上げ、シユウが飛び出すと、ヒューガは何も動じず首元に刃を受け止める。
首に触れた所で剣が止まり、微かに切れた首から血が流れていたが、その状態のままヒューガはカラスを見つめれば、カラスは低い声で言った。
「貴様達にも事情があったとはいえ、人間と手を組み、我らが犠牲になった事が許されるとは思わない事だ。俺達……いや、俺は、次また貴様達が選択を誤れば、その時は容赦なく貴様を引き裂いてやる……!」
「……」
ヒューガは黙ったまま、眉を顰める。
ツバメは居ても立っても居られなくなり、駆け寄りカラスの袖を掴むと、カラスは剣を下ろし鞘に戻す。そして、包帯の巻かれた手の甲を摩りながらも、ヒューガを睨んだ。
「カラス……」
ヒューガの首を切り落とさなかった事に安堵しつつも、シユウは複雑な表情を浮かべ、カラスに話しかける。カラスは息を吐くとこちらを向く。
そして不安げなツバメの肩を引き寄せれば、肩を優しく叩きながらも、シユウに厳しい口調で言った。
「お前も気をつけろ。くれぐれもツバメを困らせるな」
「っ」
それはお前もだろ。と、そう言いたい気持ちを抑え、開いた口を閉じると拳を握る。
その拳の隙間からは、血の滲んだ包帯が見えた。
――
それからまもなくして話し合いは終わった。
今後の事に関しては白龍族の件に限らず、上手くは纏まらなかったが、西の国だけの問題に収まらない事から、他の守護国にも声を掛けて考える事になった。
終わった頃には、時間も深夜近くになっており、寺の境内は寝静まっていた。
ツバメ達も今夜は家に帰らず、ここで泊まる事になっていた。ヒューガやシユウとは反対に、ヤシロと寝泊まりする予定の部屋に行こうとすると、カラスに呼び止められる。
「ツバメ、少し話がある」
「えっ、あ、はい」
真面目な顔で言われ、眠たげなツバメの顔がすぐに引き締まる。見かけたシユウとラクーンは二人が気になるのか、何も言わずにカラスに視線を向けると、カラスは元からそのつもりだったと言わんばかりに「お前達も来い」という。
ヤシロからは「早く寝ろよ」と言われつつも、ヒューガと共に二人と別れた後、ツバメ達四人は境内の中の林へと向かう。
一体何だろうと思っていると、カラスはシユウとラクーンを見て淡々と話した。
「ツバメには先に話したが、不甲斐ない事にこの通り龍化した」
突然の告白に、シユウとラクーンは固まると、間を置いてそれぞれ大きな反応を見せた。
「なっ……!?」
「ちょっ、嘘でしょ!?」
「本当だ。何なら触ってみるか」
深刻な状況の割に平然と話すと、手に巻いていた包帯を外し手の甲を見せる。そこから生えていた数枚の黒い鱗に、よりシユウとラクーンは困惑した。
ツバメは眉を下げたまま三人の会話を見ていると、そんなツバメを見かねてか、シユウは深くため息を吐いて頭を抱えながら言う。
「何で、お前まで龍化するんだよ……」
「……」
「お前、これからどうするんだ」
「どうするも何も、龍化して暴走したら仕留められて終わりだろうな」
躊躇する事なくカラスが返せば、シユウの顔が歪む。そしてツバメの様子を気にしながらも、シユウは苦々しく言葉を漏らした。
「……介錯は」
「ああ。頼む。暴走した時はな」
その言葉を聞いて、ツバメは顔を上げる。
先程聞いた時はまだ曖昧ではあったものの、どうやら自害する気は今の所ない様だと分かり、とりあえずホッとした。
しかし、暴走した時はという事は、いつ別れが来てもおかしくはない。胸の苦しみはそのままで、再び俯いてしまうと、穏やかな声で「ツバメ」とカラスが呼ぶ。
「安心しろ。暴走はしないから」
「は、はい……だけど」
「しない。だからそんなに落ち込むな」
にこにことしてカラスは話すが、ツバメは暗い顔のままだった。
シユウとラクーンも不安げではあったが、ここでシユウはある事を思いつき、カラスの手を掴む。
改めてまじまじと鱗を見つめるシユウに、カラスが不審げに「何だ」と呟くと、シユウはぼそりと呟いた。
「剥がせば龍化した事にはならないよな」
「その手があったか」
ポンと手のひらに拳を叩きながらカラスが返し、珍しく二人は意気投合する。
だが、それとは逆にツバメとラクーンは困惑する。
「いやいや、それはダメでしょ!」
「い、痛い思いするだけなんじゃ」
そう二人は言うがシユウとカラスは不思議そうな表情を浮かべる。それを見てラクーンはますます呆れてしまう。
「いや、何でって顔しないでください」
「何故だ。どうせ手の甲だし、この位なら……」
「やーめーてー! 」
カラスが折れた剣を手にした事で、ラクーンが止めに入る。それとは別にこれから始まるであろう痛い場面に、ツバメは両手で目を覆うと三人から背中を向けた。
「やめなさいって! 危ないから! って、あ、あ、あーっ!!」
「ラクーン少し黙れ」
「包帯くれ」
当人よりも痛そうな声を上げるラクーンに、シユウが冷静に言うと、その隣でシユウに包帯をねだるカラスの声が聞こえる。
恐る恐るツバメが振り向くと、きつく包帯を締め止血するカラスが目に入る。やはり痛かったのか若干顔を歪め、汗が滲んでいた。
手当ても終わり一息ついた後、シユウは取れた黒い鱗を手にして眺める。その横では青ざめたラクーンがしゃがみ込み、二人を見つめながら震えた声で呟く。
「アンタらよく冷静でいられるな……」
「こういうのは慣れてるからな」
「西の国の王子ほどではないが、まあそれなりに」
「おかしい! 色々と!」
常に返り血を浴び続け、幾多の傷を受けてきたからなのか、まるでそれが普通だと言わんばかり答える二人にラクーンは声を上げた。
ツバメは深い溜息を漏らしながらも、カラスの手を取る。傷は軽いようだが、新たに滲む血に持っていた手拭いで押さえながら手を包む様に握った。
カラスはキョトンとしつつも、握られた手を見つめ、されるがままに押さえられていると、シユウからの視線を感じ「何だ」と声を掛ける。
「いや……別に」
一瞬羨ましそうな表情していたのが、すぐに顔を逸らして隠されると、カラスはやれやれといった感じに視線をツバメに向ける。
ツバメは首を傾げると、カラスが親指でシユウを差しながら「構ってやってくれ」と言えば、顔を逸らしていたシユウが素っ頓狂な声を上げた。
「い、いや、羨ましくなんか……」
「めっちゃバレバレですよシユウ様。本当
「あ、あいつと一緒にするな!」
尻尾を逆立てラクーンに吠えると、カラスに頼まれたツバメがシユウの名前を呼ぶ。シユウはその声に過剰なくらいに反応して身体を跳ねると、顔を赤らめながらもツバメを見た。
ツバメは苦笑しながらも、シユウの頭に手をやるとゆっくりと撫でていく。
「全く、寂しがり屋だなぁ」
「……何か、違う。けど」
これはこれで……。と、満更でもない様子で、尻尾を振って受け入れる。
そんなシユウにカラスはぽつりと「分かりやすい奴」と呟きながらも、微かに笑みを浮かべた。
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