【3-4】

 カラス達のいる建物とは別のら客殿近くの庭の見える個室。そこから話し声が絶え間なく聞こえ、ツバメとラクーンは顔を見合わせるとそっと障子を開き、中の様子を窺う。


「やはり守護の国全ての力を合わせても難しいか……」

「言っただろう。人間との力の差が大きいと」


 いわんこっちゃないとヒューガが呆れるが、話を聞いていたヤシロが「でも」と声を上げる。


「人間達はこちら側の約束を破ったんだろ? 大地の者を傷付たんだし」

「それはそうだが」

「じゃあ、郷田ごうだ以外の人間と組むとかは」

「違う人間でも怪しいんじゃないか?」


 シユウの提案にヤシロは難色を示す。二人の話を聞きながらヒューガは難しい表情のまま腕を組んで考えていると、ふと部屋を覗き込むツバメとラクーンと目が合い、溜息をつく。


「おい……覗き込むくらいなら、普通に入ってこい」

「っ!? あ、す、すみません……!」


 ヒューガに注意され、ツバメはびっくりして謝りながら部屋に入ってくる。後からラクーンも追って入ってくると、シユウの驚きの顔が目に入った。

「どうしたんだ?」と言われ、ツバメは苦笑い混じりに「ちょっとね」と返すと、改めてヒューガを見つめる。


「……」


 強面でじっとヒューガに見つめ返され、若干圧されつつも、ツバメは勇気を振り絞って口を開く。


「今後の事を話しにきました」

「今後の事……?」


 ヒューガは怪訝そうに呟く。ラクーンもポカンとしていると、ツバメはヒューガの元へ歩き出す。シユウとヤシロが思わずツバメの名を呼んだが、ツバメはヒューガを見下ろすと静かに言った。


「貴方達と人間の間でどんなやり取りがあったかは知りませんが、白龍はくりゅう族のように、今後誰かを犠牲にする様なやり取りはしないでください」

「……」


 自分でも驚くくらいに、怒りの含んだ言葉だった。

 ツバメが言った後、部屋は静けさに包まれると、ヒューガは瞼を閉じ、こくりと頷く。

 

「ああ。二度とその様な過ちは起こさない。……起こさせない」

「ヒューガ?」


 意外にも素直に謝るヒューガにシユウは驚く。ツバメも予想外だったのか唖然とすると、ふと重大な事に気付き顔が青ざめる。

 言いたい事があったとはいえ、相手は王族である。シユウはともかく、第一王子である以上見下ろし、言うのは流石に無礼だっただろうか。

 ツバメは慌てて膝をつき謝ると、ヒューガは目を丸くした後、「気にするな」と返す。


「それに、今まであそこにいる第二王子を散々お前達はこき使っただろ。今更そんな事で打首にはしない」

「こ、こき……使ったか……?」

「いや俺に聞くなよ」


 ヒューガに言われた事でヤシロも身分を思い出したのか、同じく顔色を悪くして隣にいたシユウ本人に聞けば、シユウは呆れながら返す。


「そもそも、王子らしい扱いを今までにされた事ないんだが」

「それはそうだな。問題にもならんな」

「なるわボケ」


 半分シユウがキレて暴言を吐くと、ヒューガも眉を顰め低い声で言い返す。


「言葉を慎め、狂犬」


 先程までの話し合いが出来たような良い雰囲気はどこへやら、火花を散らしながら睨み合う二人に、傍にいたツバメが震えると、ラクーンが腕を引きヤシロと三人で見守る。

 ヤシロがガタガタと震えながら、「俺火種作ったかも」と後悔していると、ラクーンがやれやれと言いたげに手を大きく鳴らして二人の間に入った。


「はいはいそこまで。ほら話し合いの続きやるよ」

「う……そうだった」

「……後で覚えていろよ」


 ラクーンに止められた事で渋々二人は言い争いを止めるが、機嫌は互いに悪いままだった。

 そんな事を気にする事もなく、ラクーンはあのさとツバメ達に話しかける。


「俺も一ついいかな。ちょっと話したい事があるんだ」

「ラクーンさん?」

「話したい事?」

「何だ一体」


 瞬きするツバメに続いて、シユウとヒューガが呟く。ラクーンはヒューガを見ると、今回西の国を訪れた理由について訊ねた。


「その郷田ってやつの言う通りに素材を集めに来たのか、それとも……シユウ様を連れ帰る為?」

「そうだな……正確には、シユウの生存確認も来た理由の一つだが、郷田の件もある。だがそれとは別にもう一つ」

「というと、あれ? 華蓮水かれんすいと西の国の二重スパイ?」


 ニヤリとしてラクーンが呟く。ヒューガは苦い表情で「それもある」と返した。

 ヤシロはともかく、シユウも知らなかった様で「何だそれ」と呟くと、ラクーンが説明した。


「華蓮水が降りて来た理由だよ。当の本人はどうなったか知らないけど」

「そいつは既に華蓮水の手によって殺められたと聞いたが」

「なるほどな。だからこっちに来たのか……」


 ヒューガと対峙したあの時、突如沢山の白龍がこちらに来たのはそのせいだったのだろう。

 ツバメも日中の祭りの最中の襲撃を思い出すが、あの後集落の者達が危害を加えられたという話は聞いていなかった。


「これはあくまでも俺の推測だけど、あのバザーの時に西の国の兵士が聞き回っていたし、それでどこからか情報を聞きつけたんだろうね」

「それはあり得るな」

「ま、これで華蓮水の奴らが降りてきた理由が分かったけど……問題は他にある」


 シユウも納得し頷くも、ラクーンはまだ気になる事があると言って、今度はツバメを見る。

 視線を向けられたツバメは首を傾げると、ラクーンは眉を下げて言った。


「この話は、触れるべきか迷ったんだけど……清竹の方でも騒ぎがあった事は、シユウ様達も知っているよね」

「! 」

「……最後、様子のおかしい白龍の子がいたが、確か人間が襲って来たとか」

「そう」


 ラクーンが返すと、ツバメは俯きヤシロも表情を曇らせる。王子二人は人間が攻めてきた事は知っていたが、その詳細までは知らなかった。

 再度部屋が静まる中、障子越しに外から足音が聞こえる。ツバメは顔を上げ外を向けば、左右に障子が開かれ外からカラスが入ってきた。

 

「カ、カラスさん!?」


 驚愕するツバメ。ヤシロも現れたカラスに口をあんぐりと開け放心していると、戸惑いながらも呼びかける。


「カ、カラス……? お前、だ、大丈夫なのか?」

「……怪我の方は心配ない。それよりも、だ」


 カラスは怒気を含んだ目でヒューガを見つめると、鞘に収まった剣を包帯の巻かれた右手で握りしめながら、ヒューガの元に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る