【3-3】

 後髪を引かれる思いのまま、ツバメはコムギ達の元へ向かう。夜という事もあり、最初に来た時よりも客殿は静かだった。

 シユウの寝ている場所へと歩いていくと、たまたま水の張った桶を持ったイネに話しかけられる。


「あらツバメちゃん、もうこっちに来たのかい?」

「はい。その……行けって言われちゃって」

「あらあらそうなの……」


 困った表情を浮かべると、「あの子ってば全く」とイネは呟く。イネもまた幼い頃からカラスの事を知っているらしい。

 ツバメは苦笑しつつも、先程のカラスの龍化の事を思い出して顔を曇らせる。その様子にイネは気遣う様に話しかけた。


「とりあえず、コムギちゃんの所へ一緒に行こうか。お腹も空いているでしょう? 」

「はい。あ、でも、その前にシユウ達にも会いたいなって」

「王子様達かい? 王子様は今別部屋で話し合いをしているけど……」

「話し合い?」


 キョトンとすると、イネはツバメがいない間に起きた騒ぎの事を話した。

 ヒューガが全ての事を打ち明けた後、今後についてシユウとそして何故か集落代表としてヤシロも混じって別の部屋で話し合いをする事になったらしい。

 日が昇っている内からやっているらしいが、かれこれ数時間経った今も誰もその部屋から出てきていない。

 怪我も怪我だけに、本当はシユウもヒューガも寝ていた方が良いに越した事はないが、やはり立場上大人しく休養という訳にはいかなかった。


「話し合いをするのは良いけど、無理して倒れられても困るのだけどねぇ……」

「ですよね……。じゃあ、後で様子を見にいってきます。白龍はくりゅう族の事も話したいし」


 ソメイ達の龍化の事もだが、残された子ども達や避難してきた白龍族の者達の処遇も考えなければならない。

 このまま集落に居させるのか、以前の様にまたあの山奥に集落を作って暮すのか。

 最終的には白龍族の者達が決める事の為、ツバメにはあれこれ言う権利はないが、せめて少なくなってしまった龍族を守っていけたらと思っていた。

 そう考えつつも、先ずはイネと共に、コムギのいる厨へと向かう。

 微かに空腹を感じながら向かっていれば、ぼんやり光の見える厨の窓から賑やかな声が聞こえた。イネと顔を見合わせた後、そっと厨を覗き込むと、白龍族の子ども達がコムギやキナコから焼き芋を貰っていた。

 焼き上がった甘芋を半分に分けて配っていたが、子ども達はそれを片手にそれぞれ傍の段差などに座って食べていた。

 その様子を見守っていたコムギは、ツバメとイネに気付き笑みを向けた。


「ああ、ツバメにイネさん。おかえりなさい」

「ただいまコムギちゃん。そのお芋は一体……」

「さっき和尚さんに貰ったんです。子ども達に食べさせてほしいって」


 夕飯は少し前に済ませてはいるものの、量が少なかったという事もあり、おやつがてら与えていたという。

 ここにいる大半の子ども達は、親と共に避難してきた子ども達らしいが、少し離れた暗い座敷の方には親を亡くしたのか、俯き座っている子ども達もいた。

 その近くにはラクーンが静かに寄り添っていたが、コムギがいくつかの甘芋を持ってやってくると、俯いていた子ども達の顔が上がる。

 甘芋を受け取り、少しばかり笑みを浮かべる子もいれば、親を思い出したのか泣き出す子もいた。そんな子ども達に、コムギは頭を撫で、優しく話しかけていた。

 いつも以上に頼もしく大人びたコムギの姿に、ツバメは昔の自分と小さなコムギの姿を重ねて見てしまう。


「あ、ツバメちゃん夕飯はまだだったよね。今用意するね」


 コムギを眺めていた所でキナコに言われ、ツバメはハッとなって頷き、お礼を言う。

 すると焼き芋を口にしていた一人の少年がツバメを見て呟いた。


「あれ、お姉ちゃんカラス様と一緒だ」

「えっ、あ、本当だ」

「カラス様と同じ、綺麗な黒色の髪をしてる!」


 少年の言葉をきっかけに、周りの子ども達もわいわいと声を上げる。

 ツバメは若干照れながらも、「そうだね」と返すと、傍にいた少女が心配そうに訊ねてきた。


「カラス様は大丈夫かな……母さんがカラス様怪我して休んでるって」

「うん……でも、大丈夫だよ。すぐに元気になったから」

「本当?」

「うん、本当」

「そっか……良かった」


 そう安堵する少女の姿に、ツバメは笑みながらも内心は複雑な気持ちになった。

 怪我については心配ないが、龍化してしまった事でこの先どうなるかは分からない。だが、この大地の決まりである以上、待っているのは死である。

 本当の事を言うべきかどうか迷ったが、子ども達の顔を見て、心配かけさせぬように頑張って笑って誤魔化すと、キナコがおにぎりと汁物の椀の乗った丸盆を持ってやってくる。


「上に上がった所に机が置いてあるから、そこでお食べ」

「ありがとうございますキナコさん。いただきます」


 それを受け取り、コムギ達のいる座敷の方へと上がる。

 握られたばかりのおにぎりや、湯気立つ味噌味の汁物。季節が季節なだけに、夜は肌寒く感じる中のそれは、空腹も合わさって美味しそうに感じられたが、何故かあまり食が進まなかった。


(何をしても、カラスさんの事を思い出しちゃうな……)


 箸を手に取るもすぐに置いてしまう。深く息を吐き、気を紛らわせようと別の事を考えようとしたが、やっぱり考えてしまうと、コムギがやってくる。


「ツバメ、大丈夫?」

「うん……ごめん。色々とね」

「そう、だよね」


 子ども達がいる為カラスの事は口にはしなかったものの、コムギはすぐに察し、ツバメを気遣う為に正面に座る。

 ラクーンも子ども達に寄り添いながらも、遠くから二人の様子を眺め気にかけていると、イネが二人の元に向かい腰を下ろした。


「不安、よね。分かるわ」

「イネさん……」

「無理しなくても良いのよ。これは貴方とカラスあのこの問題だからあまり口を出せないけど、話だけは聞いてあげれるから」

「そうそう。決めるのはツバメ達だけど、一緒に考えることはできるから」


 ね? と、コムギが笑いかける。ツバメは頷き、微かに笑んで礼を返すと、置いていた箸を再び握った。

 一口、二口と、おにぎりをかじり、汁物を口に含むと、強張っていた身体が少しだけ解けていく気がした。いつもよりもあまり入りはしなかったが、何とか完食すると、「ごちそうさまでした」と呟き、顔を上げる。


「じゃあ、今からシユウの所に行ってくるね」

「うん分かった。いってらっしゃい。一人で大丈夫?」

「大丈夫」


 もう一度頷き、空になった食器を持っていこうとすると、遠くで見守っていたラクーンがやってくる。どうやらラクーンも付いて来るらしい。

 

「話し合いを始めてから長い間出て来てないからね。ちょっと見てこようと思って」

「ユウの身体の事を考えると心配だよね。分かった。一緒にいこう」


 ツバメが言えば、ラクーンはにこりとする。そして近くにいたコムギを見てすまなそうに手を合わせていった。


「ごめん、子ども達の方任せるね」

「ふふ、分かりました。シユウ様の方よろしくお願いします」


 そう言ってコムギは子ども達の元に向かう。

 食器の片付けを終えた後、ツバメはラクーンとともにシユウ達のいる部屋に歩いていった。

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