【3-2】

 一方、ツバメはそんな客殿から離れたカラスの眠る部屋に来ていた。そこには以前、ツバメが傷を負った際に手当てをしてくれた診療所の者達もいた。どうやら、避難してきた白龍はくりゅう族の人々はこの部屋に集まっているらしい。

 部屋に入ってきたツバメに、診療所の者達は微かに笑みを浮かべると、その中にいる医者のゼンが手招きをする。


「カラス様はこっちだよ」

 

 言われツバメがそこに向かえば、布で仕切られたその中に布団の上で横になっているカラスの姿を見つける。

 意識はあるようだが無の表情のままで、ツバメが話しかけた事でふと顔をそちらに向け、ようやっと感情を露わにした。


「ツバメ……?」


 驚いた後掠れた声で名前を呼ぶ。返事するようにツバメが頷けば、布団から手が伸びて、ツバメの頬に触れた。


「良かった……お前は何も無くて……本当に、良かった」


 良かった良かったとカラスが何度も呟き、涙を流す。ツバメもつられて涙を浮かべると、頬を触れるカラスの手に触れた。

 布を挟みきつく包帯が巻かれた首や、同じくらいに厚く巻かれた手が痛々しく感じるも、ツバメはカラスが生きている事に安堵した。

 生きていてよかった。そう小さく呟くと、頬に触れているカラスの手がびくりと跳ねる。


「……ツバメ」


 僅かに声が震えながらカラスが呟くと、そこにゼンが申し訳なさそうにしながらも話に入ってくる。


「ツバメ、ちょっといいかな」

「え、あ、……はい」


 表情からして何となくいい話ではない事はツバメも分かった。憂わしげにゼンを見つめれば、ゼンはツバメの視線に合わせる様に座り直し、真剣な表情で話す。


「首の方は幸いにも何とかなった。あと少しずれていたら危なかったけどね。ただ、それとは別に君に話しておきたい事があるんだ。カラスの……その、龍化についてな」

「龍化……!?」


 顔を強ばらせ、カラスを凝視する。カラスは何も言わず目を逸らすが、ゼンがカラスの右腕を掴むと、手の甲に巻かれていた包帯を外していく。そこに現れたのは数十枚の三角の黒い鱗であった。

 頭の中が真っ黒になり何も言えず固まってしまったツバメを見つめながらも、ゼンは言葉を続ける。


「龍化してしまったら、元には戻れない。それは知っているかな」

「……はい。それで、その……この地にいてはいけないとも」

「そうだね」

「で、でも……まだ手の甲、ですよね。これ以上進まなきゃ大丈夫なんじゃ……!」


 そうツバメは言うが、ゼンは首を横に振った。

 

「残念ながら、一度始まってしまえば進行は止まらない。次また強い怒りを感じたら、その時は一瞬だろうね」


 暴走してしまえば押さえるのが大変な為、潔くここで死ぬ者もいるという。

 酷な話に、ツバメは頬を濡らしながら下を向く。


「折角……生きて、帰ってきたのに……どうして……っ!? じゃあ、ソメイさんは!」

「ソメイ様は今違う部屋で辞世の句を書いていらっしゃる。多分、近々に自害なされると」

「そんな……!」


 部屋にツバメの声が響く。どうにかして助けられないのかとそう思ったが、ふと脳裏に華蓮水かれんすいの男達やマンナカの話が浮かぶ。

 何が理由であっても龍化はしていけない事。そしてそれを見逃す事も、隠す事もあってはならない。

 だが……だとしても、だ。


「ただ静かに暮らしていただけなのに。それをいきなり攻められるなんて。それで怒りを感じない訳がない」

 

 ツバメは唇を噛み締め顔を上げると、手の甲で涙を拭う。ゼンは一言、ツバメに忠告した。


「考えるなってのは難しいと思うけど、くれぐれも考えすぎないようにね。感情が強まると君も龍化するから」

「……はい」


 ツバメは唇を噛んだ後、小さく頷く。だがカラスの顔を見れば、悔しさと悲しさで再び視界が歪み涙が溢れていく。それを見たカラスが慰めようと手を伸ばした。


「……ごめんな」


 カラスの謝る声もまた震えていた。けれども、どうしようもなかったのも事実だ。

 幸せだった家族を。集落の人々を。たかが人間の要求の為に攻められ、命を奪われていく光景を見て黙っていられるはずがない。彼らはカラスにとって大事な人々であり居場所であったからだ。

 口にはしなかったが、ツバメもその事は分かっていた。だからこそ、謝られた事でかえって胸が苦しくなった。

 俯いたまま、ツバメは何も言わずに頭を撫でられ続けると、そっとカラスの傷に障らぬ様に腕を伸ばして抱きしめた。


――


 日も暮れ寺の鐘が聞こえる中、いつの間にか眠っていたツバメは目を覚ました。

 どうやら泣き疲れて寝てしまった様で、慌てて起き上がれば、白衣らしきものが肩から滑り落ちた。

 隣にはツバメの背に腕を回した状態でカラスが眠っていたが、ツバメの起きた気配に目を覚ましたのか、呻いた後目を開く。


「どうした……どこか行くのか」

「え、えとその、本当はあの後手伝いに行く予定で……まさか寝ちゃうなんて」

「ああ……心配するな。あの後、コムギが来て寝かせてやってくれと言われたから」

「コムギが?」


 キョトンとしてツバメが訊ねれば、カラスは頷く。

 一向に戻ってこないツバメにコムギが様子を見にきたようで、その際に眠っていたツバメを見てそう言い残したらしい。

 話を聞いて、ツバメは頬を赤らめながらも「そっか」と呟くと、座り直してカラスを見つめる。その真面目な顔にカラスも真剣になると、ツバメは言った。


「その……こんな事言ったらあれなんですけど、まだ私、カラスさんも、ソメイさんも生きていて欲しいって思ってるから」

「……」

「だから、自害なんて……やめてください。お願いします」


 深々と頭を下げるツバメにカラスは身体を起こす。

 妹に頭を下げさせてしまったという罪悪感はあった。が、それは別としてツバメの願いはとてもじゃないが、難しい話でもあった。

 カラスは無表情のままツバメを見つめていたが、その答えが見つからず、とりあえずツバメの頭を撫でる。撫でられた事でツバメは困惑しながら顔を上げると、とんとんと軽く頭を叩かれて、手が離れた。


「え、えーと……」

「ま、とにかく。起きたなら手伝いに行ってこい」

「あ、は、はい……けど、その」

「まあ、また後でな」


 はぐらかされてしまい、ツバメは強く問えず、結局うやむやのまま立ち上がり部屋を後にした。

 尾を引かれる思いで、何度も振り向きカラスを見るが、最終的に息を吐いて渋々離れた。

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