三章 死闘の後

【3-1】

 集落にある大きな寺の境内。そこに沢山の西の国の兵士達が運ばれ、手当を受けていた。だが怪我人の多さに医者も薬や包帯も数が足りず、集落の人総出で兵士を看る事になった。

 ツバメとコムギもヤシロに呼ばれて手伝いに来たが、その壮絶な光景に衝撃を受け、その場に立ち尽くしてしまう。


「何が、起きたの。シユウ達は」

「シユウ様達はあそこにいる。案内するよ」

 

 客殿を指差しながらヤシロに言われ、二人は表情を曇らせたまま着いていく。

 渡り廊下まで患者で埋まっていたが、客殿に入り沢山の患者の中を探していると、客殿の隅で柱に寄りかかっていたラクーンの姿を見つけた。

 ラクーンもツバメ達の姿を見つけると、苦笑混じりに手を振った。


「だ、大丈夫……ですか」


 包帯だらけのラクーンに顔を青褪めながらコムギが恐る恐る小声で訊ねる。ラクーンは「俺はね」と返した後、傍らに眠る人物を見つめる。


「っ、シユウ……」

 

 ツバメの声が震える。シユウは眠っていたが、掛けられた布団の隙間から見える血の滲んだ包帯が痛々しかった。


(折角前に受けた傷が治りきった所だったというのに……)


 前以上の大怪我にツバメは心を痛めると、シユウの傍に膝をつき彼の髪を撫でる。

 と、気配やその手に暖かさに気付いたのか、シユウの瞼が震えゆっくりと開いた。ぼんやりとした様子で瞬きをした後、傍のツバメを見る。


「ツバメ……か……」

「鮭の件でタワラおじさんの所に行っていた筈だと思っていたのに、全く……」

「鮭……な」


 そういやそうだったと今更ながら思い出し、ツバメから目を逸らす。嘘がばれただけでなく、また心配を掛けさせてしまったと気落ちすると、ツバメはやれやれと言いたげな表情を浮かべながら撫でる手を止める。


「でも生きていて良かった」

「?」


 そう言ってツバメは哀しげに笑みを浮かべた。自分達が怪我をしているからと言うのもあるが、それにしたっていつもよりも元気がない。

 ツバメと、シユウが名前を呼んだ時、ツバメはシユウから手を離し立ち上がる。

 

「ごめんね。私、少しカラスさんの方を見てくる」

「……」


 見つめた後、手を伸ばし再度ツバメの名前を言いかけるが、傷の痛みに顔を顰め手を下ろす。

 振り向く事なく足早に去っていったツバメに、シユウは無理やり身体を起こすと、コムギとヤシロが慌てて支えた。


「まだ寝てないと……!」


 コムギが言うがシユウは首を横に振ると、同じく心配そうにツバメを眺めていたラクーンに声を掛ける。

 

カラスあいつ、何かあったのか?」

「それが……その、首……切られちゃって」

「首……!?」


 ラクーンの言葉に訊ねたシユウは勿論、近くで聞いていたコムギも絶句し口を手で押さえる。

 シユウの記憶の中には、自分を支えるくらいには無事だったカラスの姿が残っていた。一体いつそんな大怪我をしたのだろう。

 熱が出ている中、意識が完全に失う直前の事を思い返そうとしていると、嫌でも聞き慣れた声が聞こえて顔を上げる。

 客殿の出入り口には手当を済ませ、包帯を巻いた上体の上からボロボロになった軍服を肩に掛けたヒューガの姿があった。

 ヒューガはシユウを見ると、眉を顰めながらも歩み寄ってくる。


「生きていたか」

「お前もな。てっきり白龍はくりゅうに食われただろうと思っていたが」

「フッ、そう簡単には死なんよ。それよりもあの黒龍こくりゅう族の男はどこに行った。一緒にいないのか?」


 ヒューガの質問に、シユウの眉間に皺が寄る。言葉にはしなかったが、首を横に振れば「そうか」と返され背を向けられる。


「では会った時に伝えろ。これ以上龍化しないようにと」

「……あいつが何だって?」

「龍化だ。首に傷を負った時、手の甲に鱗が見えた。今回は見逃すがこれ以上進むと狩るからな」


 そう、ヒューガは言ってその場を後にする。

 ラクーンは無言でヒューガを睨みつけていたが、シユウが立ち上がった事で驚き、声を上げる。


「っ、シユウ様!」


 ラクーンの言葉を他所に、シユウはヤシロやコムギの支えなく覚束ない足取りでヒューガに向かう。

 シユウの気配に気づいたヒューガは、足を止めて振り向くと、シユウに襟首を掴まれ引き寄せられる。そして対峙した時とはまた違う、強い感情の籠った目がヒューガを見つめ、大きな声でぶつけられる。


「そんな状態にさせたのは他でもないお前らだろ……! お前らがあんな奴らと手を組まなければ、龍化をする者も、犠牲者も出なかった筈だ!」

「……」


 シユウの怒号により辺りが静まる。ヒューガは何も言わず、シユウを見下ろしていた。

 その態度にシユウが「何か言えよ!」と声を荒らげると、ヒューガは険しい表情のまま口を開く。


「じゃあお前は、この大地に住む民達を見殺しにしても良いと言うのか?」

「何?」


 ヒューガの言葉の後、シユウは左頬に衝撃を受けると床に叩き付けられる。

 動けないシユウにラクーン達がすぐに駆け寄るが、それでも尚ヒューガは言葉を強めた。


「外の世界を知らない癖に、よくそんな事が言えるな。今置かれている状況も、何も知らずに、ただ任務だけをこなして来たお前には分かるまい」

「っ……何だと……!」


 切れた口元を拭いシユウは今にも殴りかかろうとする。そんなシユウをラクーンは押さえながらも、ヒューガを険しい表情で見つめていると、一緒にいたヤシロが若干怯えながらも声を上げた。


「何だよ、それ。外の世界を知らないからって、他の奴らの仕事を蔑ろにしていいってわけじゃないぞ。というか、シユウ様はお前の弟だろ? 何でこんな意地悪してんだよ……!」

「意地悪、だと?」


 ヤシロの言葉にヒューガの眉間に皺が寄る。言ってしまって早くも後悔するヤシロだったが、そこに近くで手当てをしていたイネも「そうよ」と言って参加してくる。


「どういう事情かは知らないけどね、兄弟一人大事にしない人が民を守れるかしら。それにね、少なくとも私達にとってシユウ様は命の恩人よ。優しい王子様よっ!」

「そ、そうですよ!あんな怖い白龍を前にして頑張ってくれたんですよ!」

「よねぇ? 珍しく意見があったわねユカ」


 イネに続くようにユカも声を言うと、それをきっかけに周りからもシユウを讃える声が上がる。

 シユウはポカンとしていたが、今まで受けた事のない暖かい言葉に目頭が熱くなる。


「シユウ様?」

「っ、違う」


 違うからな! そう言って涙を隠すシユウにラクーンはニヤリとしてしまう。

 そんな中居心地が悪くなったヒューガは舌打ち混じりにその場から離れようとすると、そこでコムギに呼び止められ足を止める。

 ヒューガはため息を吐き、振り向き様に鬱陶しげにコムギを見れば、コムギは緊張した面持ちのまま前に出て言った。


「さっき、ヒューガ様は外の世界を知らないからって言ってましたよね。確かに私達は外の世界の事を知りません。だから、今ここで何が起きているのか、何が起きようとしているのか。……どうか、私達に教えてくれませんか」

「……」


 コムギの言葉に、ヒューガの表情が変わる。しばしコムギと見つめあっていると、彼女の背後にいたシユウと視線が合う。

 

「……話せよ。全部。もう、どちらにせよ人間の交渉は決裂したようなものだろ」

「人間?」


 シユウの口から出て来た言葉にヤシロが怪訝そうに呟く。集落の人々も騒めくと、ヒューガは頭を抱えた後「分かった」と渋々呟いた。


「全部話す。俺達がやろうとした事、やらかした事全てな」

「……」


 ヒューガの言葉にシユウは小さく笑うと、そのまま糸が切れた様にラクーンに寄りかかり気を失う。

 いきなりの事で驚きはしたが、呆れるように「無理するから」とラクーンは言うと、ヒューガもまた「面倒な奴だ」と呟きその場に座った。

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