【2-9】

 残してきた子ども達の元へ向かうと、血に濡れたカラスの姿に子ども達は怯えてしまう。その様子に、カラスはしまったと言いたげな表情を浮かべると、怖がらせない様にと子ども達の目線の高さにしゃがむ。


「すまない。怖がらせた」


 謝れば、子ども達の震えが少しだけ落ち着く。と、ササとお転婆娘のマイが訊ねた。

 

「……カラス、様」

「あの子は? 助かったの?」


 あの子というのが、先程の小さな白龍を指していると気づくと、カラスは眉を下げて目を閉じる。

 大きな龍はともかく、小さな白龍はくりゅうだと人間の手で安易に捕らえらる為、複数人で襲われたらひとたまりもない。

 カラスの様子で助からなかった事を悟り、落ち込む子ども達。せめて励まそうとカラスは手を伸ばすが、その手が血に汚れている事に気づき、手を下ろした。


(とにかく、ツバメ達の元に連れて行こう)


 怪我をしている子どももいる上、ここに長居しているのは危険だ。そう判断したカラスは、子ども達の数を確認した後、ツバメ達のいる集落へと戻っていく。

 その道は来た時よりも長く、そして遠く感じた。集落に辿り着くまでに子ども達を無事に守り切らなければ。

 そう思いながら周囲を警戒し進んでいくと、ズシンと大きく辺りが揺れる感覚がした。子ども達が怖がり声を上げるがそれでも足を止めずに進むと、林の外が見え始める。


「あと少しで、つくからな」


 子ども達に言い聞かせながら足を早める。すると背後から大きな音と共に折れた枝や石ころ、そして砂煙が襲いかかってくる。

 倒れ込む子どもや、しゃがみ込む子ども達を守るように、咄嗟に後ろに回り子ども達を庇うように立つ。

 腕で顔を覆いながらも、砂煙を見るとその中に大きな影が見えた。


「あ……あ……」

「っ……見なくていい。目を閉じろ」


 暴走していたとはいえ、目の前にいるのは同じ白龍だ

 。これ以上子ども達を傷付けないためにも、そう指示をすれば、砂煙の晴れたその光景にカラスは目を向ける。

 倒れた大きな白龍の上から降りてきたのは、全身が真っ赤に染まったシユウだった。

 シユウは何も言わずカラスに歩み寄ると、急に力が抜けたかのように、カラスに寄りかかった。


「お、おい!」

 

 咳き込み、荒い息をするシユウ。全てが返り血かと思いきや、横腹に引っ掻かれたような深い傷があった。白龍の毒もかなり回っているのだろう、発熱し汗も酷かった。

 力の入らない身体にカラスはよろめきながらも支えると、遠くからラクーンがやってくる。


「シユウ様……って、カラスさん!?」

「ラクーンか。大丈夫か」

「まあ、無事って訳にはいきませんでしたけど……何とか……」


 そう力なく笑うラクーンもまた、頬や左腕から血を流し、右足を引きずっていた。

 やってくる二人を子ども達はカラスの背後から見つめていると、更に二人の他にやって来た西の国の兵士達を見て、カラスの背中に身を隠す。

 唯一見つめたままのササは、怒りを顔に滲ませ前に出る。大人達の話を聞いていたのだろうか。憎しみの籠った目で兵士達を見つめると、兵士に向かって叫んだ。


「あいつらが人間なんかと手を組むから!! そのせいで父さんと、母さんが死んだんだ!! 許さない! 絶対に許さない!!」

「っ、やめろササ坊! 」


 前に飛び出したササの小さな腕に白い鱗が見え始める。カラスが制止するが、それを振り切り龍化を早めると、カラスはシユウをラクーンに預け、ササに手を伸ばす。

 見えていた鱗が腕を覆い、鋭い爪が姿を表す。そんなササをカラスが羽交い締めにして何とか抑えようとした。

 龍化をしてしまえば人の姿に戻れない。ササはもう手遅れだった。それでもカラスは必死にササを止める。

 脳裏にササやその両親が幸せそうに暮らしていた光景が浮かぶ中、ひたすらに「落ち着け!」とカラスは叫ぶが、ササは完全に龍化するとカラスの腕からすり抜け、兵士に向かっていく。

 もう戦う体力もない兵士達は、襲いかかってきたササから逃げようと散り散りに去っていく。

 茂みに逃げる兵士を追う様にササがこの場から離れると、カラスは急いで追いかけて行く。


「どこに行ったっ……ササ坊……!」


 岩や木の枝で身体を擦りながらもササを探す。だが、しばらくしてササの叫び声が林中に響いた。


「ササ坊!!」


 その声に躓きながらもカラスが向かう。そこにはササはヒューガの軍刀によって木に縫いとめられていた。

 つい先程同じような光景を見かけていただけに、カラスの中で何かが崩れていくのを感じた。

 痛みと憎しみが混ぜ合わさり、耳をつんざくようなそんな声を上げながら暴れるササを他所に、ヒューガはいとも簡単にササの命を奪っていく。

 虚な目がヒューガや遠くにいたカラスを見つめながら、脱力してばたりと地面に倒れると、カラスは過呼吸気味に荒く息をしながら、ヒューガを睨みつけた。


「き、さま……!」

「龍化してしまえば、処さねばならん。分かっているだろう?」

「だとしても、だとしても……! 貴様らが人間と手を組まなければ!」


 怒鳴り、剣を抜くとヒューガへと向かって行く。ヒューガは無表情のままカラスの攻撃を軍刀で受け止めると、カラスの力に圧されながらもじっと耐えていた。

 相手や自分の傷などお構いなしに、感情のままに力いっぱいにカラスは押していく。が、その力に耐えきれなくなったカラスの剣が音を立てて折れてしまった。


(あ……)


 二つに折れ、宙に浮かんだ刃が輝きながら、カラスの目の前を飛ぶ。

 折れた。とはっきり理解した時には軍刀が迫り、首を掠めていく。


「……ッ」


 押し合いをしていた勢いで振るわれた軍刀は、カラスの首に深い傷を与えた。多量の出血と共に頭に上っていた血が、身体に向かう前に外に流れていく。

 膝をつき傷を押さえながらもカラスはヒューガを見上げると、ヒューガは見下ろした後、鞘に軍刀を納めた。


「あまり怒ると、龍化するぞ」

「ぐ……ッ」

「とはいえ、もう手遅れか」

「何?」


 カラスの問いに、ヒューガは苦い表情を浮かべながら顎でカラスの手の甲を指す。地面についた左手を見れば、黒い鱗がいくつも姿を表していた。

 その鱗にカラスは目を見開くと、悔しげに顔を歪め地面を抉るように爪を立てる。

 ヒューガはカラスの側を通り過ぎ、シユウ達のいる元へと向かうとカラスは貧血の中、力を振り絞って声を上げた。


「あいつらには、手を出すな……!」


 精一杯の言葉の後、背後で倒れる音を聞きながらヒューガは足を進める。だが、数歩歩いた所で足を止めて咳き込み、口元を拭う。拭った手を見れば血が滲んでいた。白龍に尻尾飛ばされ背中を強打した際に内臓をやってしまったようだ。

 ヒューガは息を整えた後、進み始めれば、カラスが心配で駆けつけたラクーンや子ども達の姿を見つける。

 シユウを支えながらもこちらを睨むラクーンに、ヒューガは静かに言った。

 

「撃ちたければ撃てばいい。だが、俺を撃った所で何も変わらんぞ」

「……」


 手が塞がっているのもあったが、ラクーンはあえてピストルを抜かずヒューガに向けて低く静かな声で返した。


「撃たないさ。そこの兵隊さん達にやられかねないしね。それに、ここにいる可愛い子ども達に手を出されても困るから」

「一人で守り切れるとでも?」

「無理でも守るんだよ。今守ってやれるのは俺だけだから」


 ラクーンの言葉にヒューガは何も返せなくなる。不覚にも自分がやっている事の過ちに気づかされてしまったのだ。


(民を守る為に、民を殺す、か)


 本来守護する側である筈なのに、どうして子を、民を殺めているのだろうか。その行動の理由が、人間との交渉の為とは口が裂けても言えない。

 誰かの犠牲の上で、この大地の安寧が保たれる。それを一度でも仕方ないと認めてしまった自分達はあまりにも愚かだった。

 そして先程のササの言葉。白龍族の集落を襲ったのが人間だとしたら、今までの交渉も計画も全てが無に帰すだろう。

 複雑な気持ちの中、ヒューガは眉間に皺を寄せ目を伏せると、「すまない」と消え入りそうな声で呟いた。

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