【2-8】
シユウ達が
「シユウ達は大丈夫かな……」
恐らく彼らの事だから白龍達と戦っているのだろう。周囲から聞いた話だと、やって来たのは複数人の白龍族だという。もし龍化なんてされたらひとたまりもない。
ラクーンから渡された荷物を部屋に置いた後、ツバメは不安げな表情を浮かべながら窓の外を眺めた。外は暗く、今にも雨が降りそうだ。
(助けに行きたいけど……足手まといだよなぁ)
それに白龍族の爪などには、毒が含まれている。この間は助かったが、次はもうないかもしれない。
そんな恐怖心とそれでも助けたいという気持ちが、ツバメの中でせめぎ合っていた時、窓にふと見知った姿が目に入る。
「!」
慌てて外に飛び出せば、そこには傷だらけになりながらも、ソメイを支えながらやってくるカラスの姿があった。
「カラスさんに、ソ、ソメイさん……!? 」
大丈夫ですかとツバメが言うと、カラスは僅かに笑みを浮かべた。
「すまないが……ソメイ様を、頼む」
そう言われ、意識のないソメイをツバメが支えようとする。だが、ソメイの腕を見てツバメは青ざめ、足を止めた。
白く華奢であったソメイの腕には白い鱗が現れ、鋭い爪が見え隠れしている。
「りゅ、龍化……している」
「っ……」
ツバメの言葉にカラスは目を逸らす。失言してしまった事にツバメはハッとして口を押さえるも、驚きを隠せないでいると、カラスは苦々しく呟いた。
「嵌められたんだ……
「人間と……?」
「王子達は帰ってきたか?」
カラスの問いにツバメは首を横に振る。その答えに、カラスは「そうか」と返す。
遅れて出てきたコムギも二人の姿に言葉を失いながらも、何とかして三人で部屋に寝かせる。
目を覚さないソメイを心配していると、カラスが外に出ようとした事で、ツバメは咄嗟にカラスの腕を掴んだ。
「ど、どこに行くんですか!」
見た目からして明らかに軽傷ではない上、手当てすらもしていないというのに。
ツバメに引き留められたカラスは、振り向かず静かに名前を呼んだ。
「……ツバメ」
「この怪我で、行かせません」
「まだ戦える。大丈夫だ」
「けど……!」
「そこには王子もラクーンもいる。死にに行くわけじゃない。だから……」
握っていたツバメの手が離れると、カラスは息を吐いて歩み出す。玄関まで来た所で引き戸を開けようとした時、飴玉の存在を思い出したカラスは、振り向き寂しげに見つめるツバメを手招きした。
ツバメは瞬きした後歩み寄ると、カラスはツバメの手を掴み、その上に飴玉の入った小袋を乗せる。
「これでも舐めて待っていろ。ちゃんと帰ってくるから」
「……カラス、さん」
渡された小袋をそっと握り、ツバメは泣きそうになる。そんなツバメの頭をカラスは撫で、笑みを浮かべた。
妹にそんな顔をさせてしまうのが申し訳なく思ったが、「またな」言うと再び戸に手をやり外に飛び出した。
――
ソメイ曰く、人間と繋がっていた華蓮水派のその人物は西の国の情報も掴んでいたらしい。
詳細までは分からなかったものの、二重スパイをしていたその人物は、裏切りを知った事で激昂した華蓮水の龍族の仲間達から殺される直前、命乞いをするかのように西の国の情報を吐いたという。
その情報を元に、彼らは様子を見に来たヒューガ達西の国の兵士を襲う計画でスギノオカに降りてきたようだった。
しかし、同時刻。普段は静かに暮らしている筈の
カラスがそれに気づいたのは、華蓮水の襲撃に紛れ、見慣れた清竹の集落の人々が逃げていたのを見つけた時である。その中にはソメイの姿もあった。
彼らは恐怖で顔が強張り、そのせいか何人かに一部的にだが龍化が見られた。
龍化するなんて只事ではないとカラスは理解しつつも、一体何が起きたのかと訊けば、彼らは口々にこう言った。
『突然、人間が襲ってきた』と。
――シユウ達の元に向かいつつも、彼らとは別に逃げている仲間達が心配であったカラスは、悩んだ末に向かう方向を変える。
安否を確認し次第、シユウの所に向かおう。そう思っていると、どこからか子どもの泣き声が聞こえ、カラスは足を止めた。
「助けて……! 助けて!」
「おかぁーさんー!」
「痛いよう、怖いよう」
耳を澄ませるにつれ、その声が二人、三人と増えていく。その声の主を探る為に森の中を歩いていけば、傍のシダの葉の茂みから小さな姿が飛び出してきた。
「っ、か、カラス様」
「! ササ坊」
ササ坊と呼ばれた少年は、カラスを見るなり泣きじゃくりながらしがみつく。よほど怖い思いをしたのだろう。小さな身体を更に縮こませ、震えているその様子に、カラスは安心させようとササの背中に手を添える。
ササに続いて、隠れていた子ども達があちこちからやってくる。
子どもが無事な事に安堵しつつも、カラスは親の姿がない事が気になり、子ども達に訊ねた。
「母さん達はどうした」
カラスに訊かれた子ども達は皆俯き、そして口を閉ざしてしまう。その中で最年長である少年シイタケが口を開いた。
「母さんと父さんは……」
言葉を詰まらせ、泣きそうな顔を浮かべるシイタケに、カラスは察し、何も言えなくなる。
そんな時追い打ちをかける様に、遠くから絶叫のような子どもの悲鳴が聞こえた。その声に周りの子ども達はよりガタガタと震えカラスにしがみつくと、カラスは「少し見てくる」と言って、子ども達をシダの葉の茂みに隠した。
悲鳴の聞こえた方向へと茂みを掻き分け向かえば、子どもとは別に複数の男の声が聞こえる。
息を潜め徐々に近づき、木々の物影から覗き込めば、見慣れない格好の男達がいた。その足元には、小さな白龍が見るも無惨な姿で横たわっている。
その男達はカラスと同じく黒髪であったが、青い瞳もしていなければ、獣のような耳もない。そして何よりも、男達の手には血濡れたナイフが握られていた。
「……ッ」
カラスは愕然とし、そして悲しみ以上に怒りが湧き上がった。気配を消すこともなく剣を握り飛び出せば、男の一人が気づく。
突然現れたカラスに男達は最初は驚いていたが、格好などを見てにやりとする。そんな男達にカラスは唸るような低い声で言った。
「貴様ら人間だな? この高貴な地で、薄汚れた手で、その幼き龍を手に掛けたな?」
人間とは違う蒼い瞳が男達を射貫く。その瞳に男達がカラスの正体に薄々気づき始める。と、男達の視界からカラスの姿が忽然と消えた。
どこに行った? 驚きで男達が唖然としていると、一人の男が声もなく横たわる。地面が赤で埋め尽くされ、男の仲間達が声を上げると、そこから一人また一人と倒れていった。
唯一残された一人の男は腰が抜け地面に座り込む。そして歯をガチガチと鳴らしながら、ようやっと姿を現したカラスを凝視した。
「ば、バカな……黒い、龍族なんて、聞いて、な……」
「……」
怒りのままに、カラスは男に容赦なく刃を突き立てる。あえてとどめを刺さず苦しめるカラスに、やめてくれと、悪かったと、男は謝り絶叫する。
だが、カラスの怒りはそんなもので収まるものではなかった。痛みと恐怖で泣き叫ぶ男を見下ろしながら、やがて彼の息の根が止まるまで苦しめ続けた。
男が息絶えた時、辺りが静かになり顔に付いた返り血をうざったく手の甲で拭うと、傍で倒れている小さな白龍にカラスは顔を歪ませる。
「……ごめんな。遅くなってしまって」
白龍の見開かれたその目には涙が溜まっていた。最期に見た光景はとても恐ろしいものだったに違いない。そう考えると胸が痛み、そしてより憤りを感じた。
しゃがみ込みそっと白龍の顔を撫でた後、先程残してきた子ども達を思い出し、カラスはふらつきながらも立ち上がる。
「……はぁ」
命を奪うだけじゃ物足りない。我を失いそうな怒りが頭を支配しそうになったが、息を吐いて落ち着かせる。
怒りに支配されてしまえば、自分もまた龍化して暴れてしまう。そんなことになったらツバメ達が悲しむ。そう自分に言い聞かせながら、その場を後にした。
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