【2-7】
ヒューガの軍刀が迫ると、シユウは手にしていた刀を振るう。激しい金属音と共に鍔迫り合いが始まり、シユウはヒューガを押し返し、素早い攻撃を繰り返した。
その猛攻にヒューガは押されていき、背後へと退がるが、さらに追撃してくるシユウを見計らうと、防御から一転して攻撃に転じた。
「!」
刃がすれ違い、互いの肩にそれぞれの刃が掠っていく。
痛みで顔を顰めヒューガは軍刀を手放すものの、その手でシユウの胸倉を掴んだ。左肩には未だにシユウの刀が刺さっている。
シユウは表情を変えず、ヒューガの肩から首まで斬り上げようと力を込めるが、その手は震え、力が入らなかった。ヒューガから食らった傷が思いの外響いているのだろう。
それでも尚、無理やり力を入れようとした時、刀を持つ腕をヒューガに掴まれると、勢いよく後方へと押し出され地面に叩きつけられる。
「がはっ!?」
背中を強打した事で、シユウはしばらく動けなくなる。ヒューガは息を吐き、腰のホルスターから拳銃を取り出した。
「!」
ヒューガの拳銃に気づいたラクーンは、ヒューガが引き金を引く前にその腕を撃ち抜いた。
くぐもった声を漏らし、手から拳銃が滑り落ちると、ヒューガは撃たれた傷を押さえ膝をつく。押さえた指の隙間からはじわじわと血が白い袖を濡らしていた。
その隙にシユウは退き、擦った肩の傷を押さえながらヒューガを睨む。その体勢はいつでも攻撃できるように身体は低くなっていた。
近づく者を噛み殺さんばかりに唸り、距離を再び詰めようと地面を蹴ると、ヒューガは落ちていた拳銃に手を伸ばす。
その瞬間、周囲の木々から烏が一斉に飛び立ち、寸前の所で二人は攻撃の手を止めた。
ラクーンや兵士達もバタバタと羽ばたいて飛んでいく鳥を茫然として見上げていると、どこからともなく地面を這う音が聞こえた。
「な、何の音だ」
「何かがちかづいているぞ」
ずるり、ずるり……と、重い何かが這う音。その異様な音に兵士達が騒めく中、真っ暗な林の中から何かが光る。
「あ」
一人の兵士が声を漏らした時、その奥から突然白い巨体が牙を剥いた。
反応が遅れた兵士数名がその牙に挟まれ、食われる。それを見てしまった周囲の兵士達は、顔を引き攣らせ悲鳴を上げながら逃げ始めた。
突然現れたその存在に、ヒューガとラクーンも目を見開き固まる中、シユウは険しい表情を浮かべ言葉を漏らした。
「龍化した、
相手していた筈のカラスは何処にいったのだろうか。まさか食われたのだろうか?
シユウは胸騒ぎを覚え、刀を握りしめる。他所に、白龍は近くにいた兵士を飲み込むと、視線をこちらに向け地面を這って来る。
流石のヒューガも白龍の気迫に震え、負傷していない左手で銃口を向けるが、中々引き金を引けない。
そんな逃げることも撃つ事も出来ないヒューガを他所に、兵士達が四方八方へと逃げていく中、また別の方から絶叫が聞こえてきた。
「……な、何なんだこれは」
次から次へとやってくる龍化した白龍族に、顔を青ざめながらヒューガが言葉を漏らす。
次から次へと現れる白龍。今視界にいるものだけでも三体、林の中に潜んでいるのが少なくとも二体。この数だと、自分達だけでなく集落の人々にも被害が及んでいるかもしれない。
シユウはラクーンの名を叫ぶと、ラクーンは怯えた表情をこちらに向けた。
「ツバメ達の元にいけ!」
「い、行けって……シユウ様は!?」
「俺はこいつらを始末していく。……ツバメを、あの人達を守ってくれ」
そう言って、シユウは刀を構えると白龍達を見る。ラクーンは言われた通りに何とか林から抜け出そうとするが、やはりシユウが気になって、振り向いてしまう。
(あんな数、シユウ様一人で敵うはずがない)
とはいえ自分が加わった所で、勝算があるはずもない。迷いに迷った結果、ラクーンはシユウの元へと駆け寄り、ピストルを白龍に向ける。
戻ってきたラクーンにシユウは「何してんだ!」と怒鳴るが、ラクーンもまた怒鳴り返した。
「アンタを残していって、万が一何かあったらどうすんですか! 主を守んのが従者の役目でしょうが!」
「っ、お前、俺が死ぬって言いたいのかよ!」
「そうですけど!?」
カラスも見当たらない上に、周りは敵ばかり。しかも使い物にならない兵士ばかりで邪魔にはなるし、下手すりゃ乱戦中に隙を突かれてやられるかもしれない。
こういった戦いに不慣れながらも、一目で無事では済まないと分かっているだけに、ラクーンはシユウの後頭部を軽く叩くと前に出た。
シユウは叩かれた事で前のめりになるが、驚いた顔を上げた後微かに苦笑を浮かべ呟いた。
「確かに、死ぬな。これじゃ」
「でしょ」
「でもお前がいた所で、不利なのには変わりないからな」
「全て倒さなくてもいいでしょ。一応、周りに人はいるわけだし」
的は沢山ある。そうラクーンが言えば、シユウは複雑そうに「まあそうだな」と返した。自分が言えた義理ではないが、ラクーンも中々黒い部分があるらしい。
シユウは微かに力の入らない右腕とその手で持つ刀を、懐に入れていた帯で離さないように縛り上げた後、龍の喉元にある逆鱗を狙う。
ラクーンも逆鱗を狙って撃つが、察した白龍が暴れ始め、さらに他の白龍も邪魔をしてくる。硬い鱗に覆われた尻尾は、払われるだけでも致命傷を与える為、周囲を警戒しながら戦うのはかなりの疲労を伴った。
二人が戦う中、一人膝をつき見上げるヒューガは、背後からやってくる白龍の気配を察し、振り向き様に身を捩らせて何とか避けると、周囲で震える兵士達に活を入れた。
「っ、目当ての龍だ!! 仕留めて、鱗を剥がせ!!」
「は、はい……!」
「あ、いや、でも……!」
返ってきた兵士の声は様々だった。素直に従う者もいれば、腰が抜けて戦えない者。中には恐怖のあまり、逆上してしまう者もいた。
しかしそれでもヒューガは叫んだ。それは兵士達だけでなく自分に向けてでもあった。ただ眺めてやられているだけでは示しがつかない。
(このまま何も得られず帰ったら、国が無くなる)
国をこの大地を守る為ならば、どんな犠牲を払ってでも目の前の【宝】を手に入れたかった。
ヒューガは羽織を引き裂き、ラクーンに撃たれた傷を縛った後、軍刀を手に駆け出す。
体格の大きいヒューガでさえも小さく思える位に大きな白龍だったが、その巨体に向けてヒューガは大きく軍刀を振う。渾身の力で振られたその力は、他の場所よりも柔らかい白龍の前脚に一線を引いた。
「グギャァァァァァ!!!!!」
痛みで白龍が咆哮をあげ、尻尾でヒューガを払う。強い衝撃と共にヒューガは遠くの大木に叩き付けられるが、すぐに起き上がり追撃する。
白い軍服も、真っ白な髪も羽織も。血と土で汚れ、布地はボロボロになっていくがそれでもヒューガは退かなかった。
その様子をシユウは横目に見ながら、白龍の首元を刀で引き裂いた後、頭に刃を突き立て地面に叩きつける。そして次にやってきた白龍に目をつけ大きく飛びかかった。
白龍は飛び込むシユウを喰らおうと、口を大きく開ける。その瞬間、白龍に起こったのは内側から上顎を貫かれた激痛だった。
「簡単に食われてたまるかよ」
唾液と血に塗れながらもシユウはそう呟くと、そのまま白龍を切り裂き脱出した。
倒された白龍がゆっくりと元の人の姿に戻る中、シユウは息を切らしながらも、ひたすらに戦い続けたのだった。
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