【2-6】

 それからシユウ達は様々な商人に声を掛けるも、返ってくるのは「普段通り」といった答えばかりであった。

 だがその代わり、自分がいなくなった事が噂として流れていた。話しかけている人物がシユウだと気付く者もいたが、大体は顔が見た事がない事もあり、そこらの人々と変わらない態度で接してきた。

 

「シユウ様ぁ……」


 大量の荷物を持たされたラクーンが背後から不満気に声を漏らせば、シユウは顔を上げて苦笑いする。


「一旦家に預けてくるか」

「そうだな。というか、一々買わなくても良かっただろうに」


 そうカラスが言えば、シユウは「情報料だ」と返した。だが、その割には誰かを意識したような品物ばかりである。

 蒼玉の首飾りに、花瓶、そして飴玉や女物の着物。ツバメへの好いた気持ちを隠そうとするが、結構ダダ漏れだった。

 カラスは息を吐きながらも、ふと自分の手に持つ飴の入った瓶を見る。カラスもまた妹であるツバメの為にと、飴を沢山買っていた。

 恋心と兄心の大きな二人を他所に、ラクーンは荷物を抱えながら周囲の店を眺める。と、そこにあるものが視界に入ってくる。露店と露店との間。そこに暗めの赤の外套を身に纏った人物がこちらの様子を窺っていた。

 足を止めたラクーンに、少し遅れてシユウとカラスも振り向くと、シユウが声を掛けた。


「何かあったのか」

「……いや、なんか」


 器用に片手で荷物を抱え、ホルスターに納まったピストルに手を添えるラクーン。ただならぬ様子に、二人も警戒する。

 ラクーンの視線に気がついたその人物は、目を離す事無く見つめ返していると、別の方向から悲鳴が聞こえた事で外套を翻し逃げてしまう。

 ラクーンは思わず声を上げるがシユウに肩を掴まれ、二人して悲鳴の上がった方を見た。


「何だ」


 カラスがぽつりと呟き、剣の峰に触れる。

 辺りでは、商人や村人それぞれが悲鳴の主や状況を確認しようと露店から身を乗り出したり、集まる中、奥で屯っている村人の方から聞こえてきたのは「白龍はくりゅう族の奴らが攻めてきた」という叫び声だった。

 その言葉を聞いた途端、この場にいる者達全員に戦慄が走った。そして間を置いた後、悲鳴や怒号混じりに濁流のように人々が逃げ始める。

 

「あいつら……!」

「先に行く。お前はラクーンが見つけた奴を追え」


 人々に押されながらもシユウが苦々しく呟くと、カラスは二人に指示を出し、逃げていく人々を掻き分けなからその先へと向かう。

 シユウはカラスの指示に戸惑いながらも、仕方なく頷くとラクーンに訊ねた。


「そいつどこ行った?」

「多分、あっち」

「分かった」


 言われた方向にシユウは足を踏み出し突き走る。ラクーンも行こうとしたが手に持った荷物に気付き、辺りを見回す。

 どこかに置こうかと考えていると、そこに偶然にもツバメ達が声を掛けてきた。


「あ、ラクさん!? なんでこんな所に!?」

「タワラさんの所に行ったんじゃあ……」


 ツバメ達に言われ、ギョッとしたラクーンは言い訳を必死に考える。が、すぐには思い付かず、それよりもと二人に持っていた荷物を渡した。

 渡された荷物にぽかんとしていた二人だったが、ラクーンは手を合わせて申し訳なさそうに謝って「プレゼント!」と言って慌ててシユウを追っていった。


「ぷ、ぷれぜんと?」

「えーと……」


 いなくなったラクーンと、渡された荷物に二人はキョトンとするも、周囲から聞こえる「早く逃げろ」という声に、二人も従って足早にこの場を去っていった。


―――


 店が並んでいた集落の中心から少し離れた林の中。そこにシユウとラクーンはいた。

 先程ラクーンが見たのは、西の国の兵士が身に纏う赤の外套の男であり、シユウ達と同じく商人に聞き回っていたという。

 騒ぎに乗じて逃げていったが、一体どこに行ったのだろう。

 ピストル片手にシユウの背後を守りながら周囲を目や気配で探っていると、刀を片手にシユウが改めて確認してくる。


「見たんだよな」

「見た。けど、逃げ足が早かった。騒ぎもあったし」


 ラクーンの言葉に、シユウは刀を鞘に納め頭を掻く。

 見つからないとなれば、ひとまずカラスと合流するか。なんて考えていた時、殺気にも似た気配を感じたシユウは顔を上げる。

 ラクーンもピストルを構え辺りを見渡すと、深緑の林の奥からポツポツと赤い外套がいくつも現れ始めた。どうやら潜んでいたらしい。


「っ……! 隠れてやがったか」

 

 シユウが再び抜刀すれば、外套を纏った兵士達が二人を取り囲み、手にしていた刀や槍の刃先を向ける。あっという間に囲まれた二人は兵士達と睨み合う。


(それにしても、何でシユウ様まで)

 

 ラクーンは自分だけでなく、王子である筈のシユウまでもが向けられている事に疑問を感じた。だが、当の本人は戸惑う事もなく兵士達と対峙していた。そんな中でシユウはふと小さく口角をあげると、「成る程な」と呟いた。


「全然援軍も何も来ないと思いきや、つまりはそういう事なんだな」

「えっ、どういう……」


 ラクーンが振り向き訊ねると、シユウとは違う別の声がそれに答えた。


「つまりは用済みって事だ」

「!」


 その声にラクーンは前を見る。兵士達の背後から現れたのは、白い軍服に豪華な紅い羽織を肩に掛け、そして軍帽を被った狼の半獣人の姿。

 それを見たシユウは目を丸くすると、小さく嘲笑うように呟いた。


「まさか、ヒューガ様自らやってくるなんてな。いつも屋敷に引きこもってばかりいたのに」

「どこぞの影武者が任務放棄をするからな。てっきり何処かで野垂れ死んでいるかと思いきや、まさか遊び歩いているとは」


 眉間に皺を寄せ、夕焼けの様な黄金の瞳をシユウ達に向ける。眉目秀麗で、体格的にはシユウよりも一回り大きい。

 微かに癖毛のある長い銀髪を尾と共に揺らしながら、腰に提げていた軍刀を抜けば、鋭くはっきりとした声で兵士達の鼓膜を響かせた。


「あの男達を捕らえろ! そして龍族を探せ!」

「はっ!!」


 兵士達の返事と共に、刃が二人を襲う。シユウはその刃を弾き、ラクーンも斬られる前にピストルで撃っていく。

 自国の兵士とはいえ敵同士になった以上、シユウは手を抜くつもりも情けをかけるつもりもなかった。弾いたその刀で的確に兵士の急所である首を狙えば、美しい銀髪が一瞬にて返り血に染まる。藤色の瞳は鋭くなり、今までにない冷酷な表情を浮かべ、ヒューガを見る。

 その殺伐とした様子に、ラクーンは気が引かれてしまう。


(何だ、この怖気つくような強い殺気は)


 味方である筈のラクーンでさえも怯んでしまいそうなその殺気に、ヒューガもまた怖気付きそうになる。

 体格ではこちらが上ではあるが、実戦の多さからして強さはシユウが上だ。まともに戦えば負けるかもしれない。

 だがそうだとしても、自分の矜持がそれを許さずにいると、睨み返し軍刀を抜いた。


「そこまでして、俺達に楯突くか。……まあいい。邪魔するならば、ここで斬るだけだ」


 構っている時間が惜しい。ヒューガはそう言うと、軍刀を構え、シユウに向かって走っていった。

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