【2-5】

 次の日。集落の中心では商人達が店を開き、まるで祭りのように賑やかで盛り上がっていた。

 ツバメとコムギも、不定期でやってくるこの商人達の店を楽しみにしており、二人で見て回る。


「それにしてもシユウ達はどこに行ったんだろう」

「タワラさんの所かな」


 昨晩鮭の事を話していたし。そうコムギが言えば、ツバメは頷き、苦笑する。


「それだけ鮭が美味しかったんだね」

「旬だしね。今日釣ってきたら夕飯頑張らないと」

「ふふっ。楽しみにしてる」


 コムギが腕まくりをして意気込む姿に、ツバメは笑んで返す。だがしかし。そんな事を他所に、二人から遠く離れた場所でシユウ達三人は店を回っていた。

 西の国以外にも、スギノオカから近い北の国。そして、南の国からも商人が来ていたが、横並びの露店の隅で首飾りや耳飾りを売る商人が目にとまった。


「あいつは……前に」

「知り合いか?」

「ああ」


 行くぞと後ろのカラスやラクーンに言うと、三人はその商人の所まで向かう。

 商人は年老いた猪の半獣人。

 石英や翡翠などといった石の装飾品が並ぶその真ん中で、その商人は静かに座りながら、装飾品を布で拭いているとシユウ達が来たことで顔を上げる。


「おや……貴方は」

「久々だな。ヒデ爺」


 柔らかな口調でシユウが言えば、商人はその名前を懐かしみ、孫を見るような優しい表情で声を漏らした。

 シユウがヒデ爺と呼ぶこの商人の名は、ヒデロウといった。かつて王族から頼まれた装飾品や衣装を作っていた事もあり、シユウとは馴染みのある商人である。

 ヒデロウは久々の再会に喜びつつも、誰もが真っ先に思い浮かぶであろう疑問をシユウニぶつける。

 

「シユウ様は何故ここに?」

「あー……まあ、ちょっと色々あってな。それよりも少し、聞きたい事があって」

「聞きたい事ですか」

「ああ。国の内情についてだ。動きは変わらないか?」

「え、ええ……今の所は」


 戸惑いながらも頷き返すヒデロウに、シユウは「そうか」と返事する。

 だがヒデロウもまた、ここに来るまでに数日はかかっている。過信はできないが、少なくとも数日前までは普段通りだろうとシユウは考えると、ヒデロウが口を開いた。


「私はこの通り年老いた身故、他よりも早く国を出るのです。ですが、知り合いに昨日国を出て、今朝着いた若い商人がいらっしゃいますので、そちらの方に話を聞いたらいかがでしょう?」

「そんな者がいるのか」

「はい」


 ヒデロウは店から身を乗り出すと、指差しながら案内をしてくれた。

 その説明をシユウを聞いた後、「ありがとう」と礼を言って、着ていた軍服のポケットから金貨を二、三枚取り出し、ヒデロウの手に握らせる。金貨数枚は商人の平均月給と同じ位の値段だった。

 大金を握らされ、ヒデロウが慌てて首を横に振り金貨を返そうとするが、シユウは小さな声で「情報料だ」と言って押し返した。


「し、シユウ様……一体どこにその大金を……」

「盗るなよラクーン」

「と、盗りませんって……」


 釘を刺され、ラクーンはびくりと手を宙に浮かせたまま止まる。

 横にカラスがいる為、どちらにせよ無理なのは分かっていたものの、今までの盗みの癖から思わず手が伸びてしまう。

 一方でヒデロウも、やはり納得はいかないようだった。そんなヒデロウに、シユウは少し考えた後、ふとあるものが目に入りそれを手に取る。


「これ、蒼玉か。珍しいな」


 藍色の透き通った小さな石の着いた首飾りに、シユウは少し興奮気味に言えば、ヒデロウもまた「でしょう?」と大きな声で返す。

 蒼玉は王族のシユウでもあまりお目にかかれないものであり、とても貴重なものであった。カラスもまた物珍しさで、シユウの背後から見つめると、そこにあった値札でまた驚きを露わにする。


「き、金貨一枚だと!? い、いくらなんでも安すぎないか!?」

「えっ、安いの!? 高いんじゃなくて!?」

「安いな。王族でもあまり触れられる事のない石だ。それがこんな安値で売られているなんて。一体どういう事だ?」

「あー……それはですね。最近、外からの交易が増えて、以前より貴重な石が入ってくるようになったんですよ」


 長い髭をさすりながら、ヒデロウは奥から檜の小箱を取り出す。蓋を外したその中には、真珠の首飾りがあった。


「し、真珠がこんなにたくさん……!」

「い、一体いくらになるんだ……!」

(金持ちの筈なのに反応がめっちゃ庶民だな……)


 と、シユウとカラスの発言に、ラクーンは呆れた様子で眺めていた。

 流石にこの真珠の首飾りは相応の値段がついていたものの、シユウは蒼玉の首飾りが気になり、ヒデロウに交渉した。


「先程渡した情報料に、この首飾りの値段を入れる事って出来ないか?」

「勿論できますよ。寧ろ、そうしていただけると私も嬉しいです」

「分かった。じゃあ、頼む」


 そう言えば、ヒデロウは嬉しげに金貨を金庫に入れ、首飾りから値札を取り外した。

 買い取った首飾りを大事そうにポケットにしまい、ヒデロウの店を後にすると、カラスはシユウに訊ねた。


「それ、どうするんだ」

「……」

「そうか。ツバメか。だろうと思った」


 顔を微かに赤らめたシユウに、カラスはこれ以上聞かなかった。

 兄心としては複雑ではあるが、他人の恋に邪魔をする気はない。だが、果たしてツバメは気付いているのだろうか。

 そんな事を考えながら、ヒデロウに案内された例の若い商人の所へ向かう。

 壺や絵、本などが並び、積み重なる中から、垂れ耳の半獣人の男が顔を出すと、「いらっしゃい!」と声を上げた。


「お兄さん達は何をお求めで?」

「そうだな。商品も見たいが、その前に国の話を聞きたい」

「え、国ですか?」

「ああ。内情とか。昨日来て今朝着いたのだろう?何か変わりはないか?」

「そ、そうですけど……うーん」


 若い商人は腕を組み考える。悩むくらいだから、さほど変わりはないのだろうか。そう思いながらシユウは待っていると、「強いて言えば」と商人は口を開く。


「噂なんですけど、王子様が居なくなったってのは聞きました」

「そうか」

「はい。……あれ、そういやお兄さん、どこかで見たことあるような」


 商人がじっとシユウを見つめると、その背後でカラスとラクーンは「こいつが王子だぞ」と心の中で叫んでいた。

 しかし商人は気付かずに、「まあいいか」と言った後、側にあった壺を持ち上げ、やってくる。


「これ、外の世界では有名な梨田焼って言うんですけど、どうです? 買いませんか?」

「壺か……花瓶はないのか?」

「花瓶もあります」

「じゃあ買おう」

「毎度あり」


 値段を気にする事なく即決で買っていくシユウに、ラクーンは首を傾げながらも、やっぱり金持ちだなと思った。

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