【2-4】
飴を舐めながら二人はヤシロの元へ牛や羊達を送り帰し、家に戻ると、家の外で出迎えたラクーンが二人の仲のいい様子を見るなり声を上げた。
「何か良い雰囲気になってるんだけど!?」
「え?」
「……」
ラクーンの言葉に、二人は訳が分からずぽかんとしてしまう。すると、その言葉を聞いてか慌ててシユウが家の中から飛び出してきた。そして出てくるなり、二人を見てシユウは感情を露わにする。
「なっ!? お前! ツバメと何をしてきたんだ!」
「ん……? ああ、成る程な。これは厄介な誤解をしているようだ」
「厄介な誤解?」
もう本心を隠す気もないのか、耳を伏せながらツバメを庇おうとするシユウに、カラスはため息混じりに見つめる。
ツバメはカラスの言葉に疑問を持ちつつも、シユウが間に入ってきた事で、ムッとした表情を浮かべ「いきなりどうしたの」と訊ねた。
「そんなに寂しかったの?」
「さ、寂しかったわけじゃねえし」
あながち間違いではなかったが、照れ隠しするようにシユウは拗ねた態度でツバメに返せば、隣にいたカラスが呆れた顔で「寂しかったんだろ」と言う。
カラスに言われた事で、シユウはより強気な態度で「違う!」と言い返すが、カラスは鼻で笑うとニヤニヤしながらシユウに言った。
「なら何故そこまでツバメに構うんだ?」
「っ……そ、それは……」
言葉を詰まらせるシユウ。
今更な反応に、カラスは表情を変えず笑みを浮かべたまま見つめていると、様子を見ていたラクーンが察して口を開いた。
「そりゃ勿論ツバメちゃんが好きだから!」
「ばっ、ラクーン!! お前ぇぇぇぇぇ!!」
「はいはい。近所迷惑だから戻りましょうね」
沸騰したかのように顔を真っ赤にして憤慨するシユウを他所に、ラクーンがシユウを家に押し戻す。その背後をツバメとカラスが追う様に家に入れば、美味しそうな香りが台所から漂ってきた。
賑やかな声を聞きつけ、台所からコムギが顔を出すと、ツバメを見て笑みを浮かべた。
「おかえりなさいツバメ。ご飯出来てるよ」
「うん。ありがとうコムギ」
ツバメもまた頷きお礼を言えば、料理を運ぶ為にコムギと共に台所へ向かう。
ツバメとコムギが三人の前から見えなくなり、居間に留まったシユウは傍のカラスに不機嫌ながらも質問した。
「で、話せたのかよ。大事な話とかは」
「ああ。……もしや、お前がついてこなかったのは俺達に対する気遣いか?」
「さあどうだろうな」
そう照れ隠しをしながらも、「それで」とシユウはカラスに問う。
ツバメとコムギが戻ってこないか気にしつつも、カラスはシユウとそしてラクーンの前で話し始めた。
「
「そうか」
「華蓮水はこんな感じだが、そっちはどうなんだ。何か掴んだのか?」
「いや……」
シユウは頭を横に振る。
西の国の状況を探りたいとは言っていたものの、スギノオカからかなり距離が離れている以上、一日では行く事も目ぼしい情報も手に入らなかった。
カラスもその事は知っていた為、さもありなんと言いたげな様子で「だろうな」と返した。
「でも明日には、西の国から商人が来るって集落の奴らが言ってたぜ。だからその人に聞いてみたら少しは分かるんじゃないか?」
「だな。商人とはいえ、民には王から何か伝えられているだろ」
ラクーンの話にシユウはうんうんと納得するように頷く。
とはいえ、西の国の王子であるシユウが離れて長らく時間が空くというのに、一向に西の国からは何も来ない。いくら何でも遅過ぎるのではないか。
カラスはシユウを見つめると、視線に気付いたシユウが「なんだよ」と不審げに見つめ返してきた。
「お前には兵士とか付いてこなかったのか?」
「兵士? いないいない。前にも言っただろ。俺は側室の子で、所詮影武者のようなものだって。だからつける必要が無いんだよ」
「そうだったな。……じゃあ、西の国から何も来ないのも納得はする」
「納得するなと言いたい所だが、多分理由だろうな。まあ来られても困るんだが」
カラスの反応に違うと反発したい所だが、思い当たる所は十分にあるので、シユウは何とも複雑な気持ちになる。
けれど今回は外の人間からの依頼によるもので、果たして自分を見捨てるだけで済むだろうか。寧ろ自分が居なくなったことで、絶好の口実が出来たと、そう思って動くんじゃなかろうか。
シユウは真面目な顔でしばらく口を閉ざして考えるが、ツバメとコムギが戻ってきた事で、顔を上げた。
ツバメは男三人の様子に、何かあったのかと訊ねれば、三人は揃って首を横に振った。
「明日釣りに行くかという話だ」
「そ、そうそう。今朝コムギちゃんの言っていたタワラさんのサーモンが気になってさ。ね、シユウ様?」
「ああ」
カラスに続き、ラクーンとシユウも息をする様に嘘をつく。
それを真に受けたツバメとコムギは、「ああ」と声を漏らし理解する。
「それだったらタワラさんに聞いてきましょうか?」
「いや大丈夫だ。俺がタワラから聞くから。それよりも夕飯の支度を手伝おう」
コムギにそう話しながら、カラスは腕まくりをして台所に向かう。
鍋には白菜や人参、大根、そして里芋などの様々な野菜が入った団子汁がたくさんあり、傍にはこれまた美味しそうな虹鱒の塩焼きが並んでいた。
団子汁は名の通り、小麦粉を水で団子状にしたものが入っている料理であり、スギノオカに限らず外輪山内の様々な場所で食べられているものである。
団子汁は家庭や地域によって様々な形や作り方があり、コムギの場合は、団子を作る際に水ではなく、あえて入れる汁物の汁を小麦粉に混ぜ入れる方法で、練ったそれを短くちぎって汁物と煮詰めている。
釜には、今年収穫したばかりの白米を使った白飯が炊き上がっており、空腹なツバメ達の食欲をより誘った。
小さな卓に所狭しと並べられる五人分の食卓を前に、それぞれ座った後、手を合わせ料理を口にする。
「へー……ダンプリングみたいなものか」
匙で掬い、不思議そうに団子を眺めながらラクーンは呟く。
ラクーンの生まれた地には、鶏肉のスープに小麦粉をこねて入れた料理があり、それを思い出しながら口に入れる。
「!」
海を渡ってきている以上、味も使われた食材も多少違う所はあるがこれはこれで美味しかった。
ラクーンは初めて口にするこの地の郷土料理に目を丸くさせた後、笑みを浮かべると一気に平らげてしまう。
あっという間に空になったラクーンの皿を見て、コムギはにこりとして訊ねる。
「ラクさん、おかわりはまだありますよ。食べますか?」
「えっ。じゃあお願いします」
「ふふっ。わかりました」
空になった器を手渡しすると、コムギはそれを持って席を離れる。
ラクーンは離れていったコムギを目で追いながらも、手渡しした際に触れた手の温度を思い出しながら手をさすっていた。
そんな無意識な仕草に、シユウとカラスは顔を見合わせる。言わなくても言いたいことは互いの表情を見て何となく分かった。
(こりゃ惚れたな)
(主従揃って分かりやすい奴らだな)
カラスの呆れた視線がシユウに注がれると、シユウの額に青筋が浮かぶ。
そんな毛を逆立てる主人に、ラクーンはふと気がつくと、「何かあったの」と若干呆れながら呟いた。
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