【2-3】

 夕方になり、放牧した牛や羊達を迎えに行く為に、コロと一人一匹で丘を歩いていく。朝にマンナカが降り立ったその丘は、今は何もなかったかのようにススキが揺れていた。


「……」


 ツバメは降り立ったその丘を眺めながら、微かに聞こえる牛の声の方向を目指す。と、後ろからカラスの声が聞こえて振り向いた。


「あっ、カラスさん」


 笑みを浮かべ手を振れば、あちらも手を振って応える。どうやらヤシロに居場所を聞いてやってきたらしい。


「体調は大丈夫なのか?」

「はい。だいぶ」

「そうか」


 少し心配そうにしつつも、ツバメの元気そうな返事にカラスもまた笑む。

 そんなカラスに今度はツバメが訊ねた。


「カラスさんはソメイ様の報告の帰りですか?」

「ああ。しばらく空けていたからな」


 そう返され納得するものの。やっぱりいつかは帰ってしまうのだろうか。

 そんな寂しい気持ちを隠しながらも、どこかぎこちなく返せば、カラスは間を空けて「寂しいか?」と訊ねた。


「えっ」

「さっきヤシロから聞いた。浮かない顔してるって。きっと寂しいんじゃないかと、あいつは言っていたんだが」

「あ、あぁ……まあ、そうですね」


 ぎくりとした後、目を泳がせながらも渋々頷く。良い年して寂しいだなんて、カラスに呆れられるんじゃないかとツバメは思ったが、その気持ちとは裏腹にカラスは「そうか」と少し寂しげに笑い、言った。


「だったらついて来ればいい。コムギも一緒に来ていいぞ」

「えっ、良いんですか。あ、いや、でも……」


 一瞬ついて行きたいという気持ちがあったが、スギノオカの集落の人々が頭に浮かび、言い淀む。

 カラスはそんなツバメの答えを静かに待っていたが、中々出てこない返事に、苦笑混じりに「すまんな」と謝った。


「まさかそんなに真剣に考えてくれるとは思わなかった。けど集落の人々が気になるんだろう? 大事にしてくれる人々と離れるなんてそう簡単に出来る事じゃないからな」

「は、はい。その何か……ごめんなさい」

「何をお前が謝る事がある。困らせるような事を言った俺が悪いんだから」


 そう言って、カラスはツバメの頭を軽くとんとんと撫でる。まるで幼い子を慰めるようなそんな仕草に、ツバメはどこか懐かしさを覚えると、ふと以前ヤシロとタワラとの会話を思い出した。

 あの時ヤシロは何を言おうとしていたのだろう。ヤシロとタワラと話をした後、自ら話すとカラスは言っていたが……。

 隠していた理由として、何かしら事情があったのだろうとは思うが、自分の事なだけにツバメは気になって仕方がなかった。

 牛や羊達の姿が徐々に見えてくる中、ツバメはカラスに訊ねた。


「カラスさん。その、以前ヤシロ達と話していた事なんですが」

「ヤシロ達と?」

「はい。ここに来る時にマツさんに話してもらうかーなんて言ってたあの事で」


 ツバメの説明にカラスはスギノオカに来た夜の時の会話を思い出す。カラスが立ち止まると、ツバメもまた足を止める。

 カラスの驚く表情に、やはり聞いてはならなかっただろうかとツバメは申し訳なく思っていると、「ああ」とカラスは頷き、口を開いた。


「そういや話すと言って話していなかったな」

「その、ごめんなさい。事情があるとは思うんですけど」

「いや。お前の事に関わる事だし気にして当然だ」


 カラスは息を吐くと、日が沈む空を眺めながら「丁度二人きりだし」と言って改めてツバメの顔を見た。

 真剣な表情に、ツバメもまた緊張した面持ちで見つめ返せば、カラスは簡潔にはっきりと言った。


「俺とお前は血の繋がった兄妹だ」

「!」


 カラスからの告白にツバメは驚きと同時に納得もした。だからこんなに優しく、いつも気を遣ってくれていたのかと。

 ツバメは目を細めると、小さく「そっか」と呟き、そして声を震わせた。


「やっぱり、そうだと思っていました。でも、ごめんなさい。私、覚えていないんです。全部記憶が炎でかき消されちゃって、思い出したくても思い出せなくて」

「ツバメ……」


 記憶がない事でカラスを悲しませてしまうのではないか。そう思っていたからこそ、明かされた今嬉しくもあり申し訳なく思っていた。

 そんな涙を浮かべながら謝るツバメの傍にカラスがやってくると、励ます思いで彼女を抱きしめる。

 カラスもカラスでツバメの事情は知っていた。それ故に、申し訳なく思うツバメの気持ちも分かっていた。


「自分を責めるな。お前は何も悪くないんだから」

「……」

「俺は、お前が幸せであればそれで良いんだ。傍にはいてやれなかったけど、集落の人々とも上手くやっていけていたようで良かった」

「カラス、さん」


 優しく頭を撫でながら話しかけるカラスに、ツバメは涙を溢れさせると、そっと彼の背中に手を回す。

 どこまでも優しい兄の気持ちに、ツバメはしばらく甘えていた。


 ――


 夕日が山に沈み、夜の帳が下りるのを他所に鐘の音が丘に響く。

 兄妹二人横に並びながら、後ろから付いてくる牛や羊達を気にしていると、ふと腹をさするツバメがカラスの目に入った。


「腹減ったか」

「あ、……はい。お腹すいちゃいました」


 恥ずかしそうにツバメは笑う。目元は若干まだ赤みが残っていたが、だいぶいつもの調子に戻ってきたようだ。

 カラスはツバメに笑い返すと、腰に下げていたポーチから小さな包みを取り出した。


「腹の足しにはならないと思うが、飴食べるか?」

「飴!」


 反応すると、カラスはツバメの手に包みの口を向ける。中から鞠のような、キラキラとした飴玉がいくつも転がってきた。

 その中の一つを摘むと、「いただきます」と言って、口に含む。甘い味が口の中に広がった。


「前に西の国からやってきた商人が売っていたんだ」

「へえ……って、そんな貴重なものを!」

「いい。遠慮するな。食べ物は食ってやらないと」


 そう言ってカラスもまた、ツバメの手から飴玉を摘み口に入れる。

 飴といえば、ここらでは芋飴だとかべっこう飴が主流だが、西の国などの大きな所では宝石のようなカラフルとした飴も売り出されている。

 時折ここらでも時折商人がやってきては瓶にたっぷり詰めた飴玉を売ったりもしているが、早々手に入るものでもない為、ツバメにとっては贅沢品だった。


シユウあいつにとっては、珍しくも何ともない飴だろうが……美味いな」


 と、シユウがその場にいたら、恐らく喧嘩の火種になっていたであろう感想を漏らしながら、カラスは小さくなった飴玉を噛み砕く。

 ツバメはずっと口の中で転がしながらも、カラスの言葉に苦笑すると、再び飴玉をカラスに差し出した。

 カラスは飴玉をもう一つ摘めば、口に含み、口元を綻ば

せた。

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