【2-2】
朝食を済ませた後、ツバメはヤシロの牛や羊達を引き連れ、いつもの丘へと来ていた。
腰に提げたベルが音を立て、犬のコロが牛と羊をまとめながらも、ツバメはどことなくボーっとしながら先頭を歩いていると、遠くに大きな何かが飛んでいるのが見えた。
「マンナカ様、今日も飛んでいるのか……」
普段はマンナカダケから出てこないというのに、
高く澄んだ青い空を、マンナカがうねりながら飛んでいく姿にツバメは足を止めて眺める。すると、マンナカは二度三度旋回した後、こちらへと向かってきた。
近づくマンナカにツバメは身構えれば、マンナカは速度を落としながら、そばの丘へと降り立つ。
「……え?」
思わず驚きの声を漏らし、ツバメはその場に固まっていると、マンナカはじっとこちらを見つめて待っていた。
「来いって事?」
しばらくしても動かない龍に、ツバメは恐る恐る歩み寄る。コロは心配そうに鳴くが、少し遅れてツバメの後を追った。
マンナカのいる丘まではそう離れてはおらず急ぎ足で向かえば、龍化した白龍族よりもさらに大きく、ゴツゴツとした赤く硬い鱗をした龍が佇んでいた。
「あ、あの……こんにちは?」
何と話しかければ良いのか分からず、とりあえず挨拶をしてみる。するとマンナカは大きな頭を下げて挨拶を返した。
挨拶を返され、ツバメは笑みを浮かべるも、これ以上言葉は出てこず困惑してしまう。その気配を察したのか、マンナカは口を開いて言葉を発した。
「其方は、
「えっ!? あ、はい!?」
「そんなに畏まらなくても良い。我は其方に用があってここに降り立ったのだ」
緊張するツバメに優しくマンナカは話す。がっしりとした姿の割に、声は若くそして静かで透き通って聞こえた。
とはいえ緊張は中々抜けず、そのまま震えた声で「私に用事ですか?」と聞き返すと、マンナカは「ああ」と返した。
「近々この地に人の手が及ぶ。龍族の其方達はくれぐれも気をつけよ」
「人の手ですか? 何故?」
「この大地の外側で人々が戦争をしている事は知っているだろう? その戦火がこちらにも及び始めている。人間達は我々を道具としてしか見ていない」
少しだけ憤りを見せながらマンナカはそう話した。
スギノオカには今の所、人が襲ってくるような気配など感じてはいないものの、中心にいるマンナカがわざわざ降り立ちツバメに伝えてきている以上は結構危険な状況ではあるのだろう。
半信半疑といった様子ではあったものの、ツバメは頷き「分かりました」と言えば、マンナカはこくりと頷いて空を見上げる。
「よろしく頼む。我もこの大地を統べる者として、其方達を守り通す。しかしそれはそれとして、一つだけ忠告をしておこう。特に其方は龍族と離れて久しいからな」
「忠告?」
「この間、我が追っていた龍化した者と出会っただろう? 怖かっただろうに、龍化しなかった事は褒めてやろう」
「……あ、あの。何故そんなに龍化は咎められているのですか?」
感情の暴走による龍化は、毒が爪に染み出しているだとか、龍化すれば自力で生命力を保っていられないだとか。そんな話をシユウやカラスからは聞いた事があるが、一番大きな理由がもっと他にあるような気がしてならなかった。
マンナカは間を空けた後「そうだな」と言って、静かにゆっくりと語り始めた。
「我が、神の権限を持ちこの地を治める地龍として目覚めた時、我の生まれた山の中だけに龍が存在する事を許された。その引き換えに、この大地に人の手が及ばぬ事。そして他の生命との均衡を保つ為に、他の龍族は龍化を禁じられた」
「な、なるほど。龍化すれば、自力で生命力を保つ事は出来ないから」
「左様」
「けど、せめて戻る事とかはできないんですか?」
「残念ながら一度龍化してしまえば、二度とは戻らぬ。だから、龍になるという事は死んだ事になる」
そう言われツバメは青ざめた。
龍化してしまうと二度と元に戻れないというのに、白龍族のあの男達は軽率な判断で龍化してしまった。それがどんなに恐ろしい事か、彼らは知らなかったのだろうか。
(……いや、そんな筈はない。白龍族は昔から居たはずだから、龍化したらどうなるかは知っているはず。しかし何故)
ツバメが深く考え始めると、マンナカはツバメの気持ちを読みとり、それに対して答えた。
「昔は人の数がそこまで多くなかった上に、外側にも半獣人や獣人達が住んでいた。だから、白龍族や一部の龍族はこっそりと龍化した者を匿っていた。故に、今でも一部の龍族の者はそれを危険視していない者がいるのだろう」
マンナカの説明にツバメは納得しつつも、複雑な気持ちになった。
白龍族のあの男達のように、ただ単に力を示すだけに龍化する事は間違っていると分かるものの、時に感情というものは自分では自制出来ない時もある。
例えば大事な人を失ってしまったら? 失わなくとも、傷付けられたり、危機を感じたりすれば場合によってはなってしまう者もいるかもしれない。けど、なってしまったその後はどうなる?
そう考えた時、やはり龍化してはならないとツバメは改めて思った。コムギが、集落の皆がいるから。と。自分自身がなってしまえば、彼らもまた自分と同じ悲しむ気持ちになってしまう。
「大丈夫か?」
言葉を発さないツバメにマンナカが訊ねれば、ツバメはハッとした後、僅かに笑みを浮かべて頷く。それに対して赤い龍は安堵したのか目を細めた。
ツバメの傍で座って見守っていたコロも立ち上がると、マンナカは白く長い髭を揺らしながら顔を上げる
「其方の背後の牛や羊達も待っている。足止めして悪かった」
「い、いえ。教えてくださりありがとうございます」
「くれぐれも気をつけよ。これ以上龍族もその他の種族達も失いたくはないからな」
最後につれどことなく切なげにマンナカは話す。きっと今までに多くの龍族の最期を見届けてきたのだろう。
そんなマンナカの意思を感じながら、ツバメもまた哀しげに笑うと「そうですね」と返した。
話が済んだ所で、マンナカはツバメ達から距離を置くと、地面を蹴り上げるように空高くへと飛んでいく。
日の光に隠れ、徐々に遠く小さくなっていくマンナカを見送ると、ツバメは傍のコロに話しかけて、牛や羊達の元へ戻っていった。
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