【1-12】
銃声を聞きつけ、ツバメ達が家の中に入って来れば、付いてきたヤシロ達が青年を見るなり見つけたと声を上げる。
その集落の者達に、青年は面倒そうな表情を浮かべると、手にしていた拳銃を指でクルリと回した後、銃口をツバメ達に向けた。
「出来れば手荒な真似はしたくないんだけど、これ以上騒ぐと頭に穴開くよ」
「なっ、テメェ……!」
ツバメ達に銃を向けた事で、シユウは毛を逆立て唸るが、一向にその足は踏み出せない。下手に動けばツバメ達が撃たれるのではないか。そう思っていたからだ。
青年は睨むだけで何もできないシユウや、集落の人々ににこりとすると、林檎を齧る。
「そうそう。何もしなければ俺も何もしないからさ」
「そこまでして、何がしたい」
「何がしたい? そりゃ当然……」
咀嚼した林檎を飲み込むと、青年は堂々とした態度でシユウに言った。
「腹一杯食わせてくれる事。ただそれだけさ」
「……は?」
金銭目的かと思いきや意外な返答に、シユウは唖然として声を漏らす。
そんな反応に、青年はやれやれといった様子で、「言ったでしょ?」と話した。
「お腹すいただけだって。俺だって金さえあればちゃんと払ったさ。でもこの島の通貨持ってないからさ、見逃してくれないかな」
「……」
シユウをはじめ、集落の人々も呆れたような表情で黙り込む。
ひもじい思いをしていたのならば、こんな盗みなどをせずに言えばよかったのに。
そう誰もが思っていると、ツバメの隣にいたコムギが真剣な眼差しで前に出た。
「だったら、そう言ってください。こんな泥棒のようなことをしたら、皆が困ります」
「言う? 言って、出してくれるのかい?」
「はい、出します」
ヘラヘラと笑っていた青年だったが、コムギの返答に徐々に表情が真顔になる。
そして静かに「ふーん」と呟くと、コムギに近づきじろじろと直近で見つめた。
「お人好しだねぇアンタは。こんな身元も分からない奴に食糧を渡すのかよ」
「お腹空いてるなら……」
睨み合うような二人に、コムギを止めようとしたツバメやシユウは緊張した面持ちで見守る。
あまりにも長い静かな時間が続いた後、最初に口を開いたのは青年の方だった。
「そんな事して、食われないようにな」
「?」
「……はぁ、もういいや」
気が抜けたように青年はその場に座り込む。両手を挙げて降参の意向を示すと、シユウは刀を鞘に収め歩み寄る。
突然大人しくなった青年にコムギは驚き、思わず「何故?」と青年に訊ねる。
青年はシユウに麻紐で腕を縛られ、コムギから目を逸らしながらも、その問いに答えた。
「何故って言われても……何かもうどうでもよくなったからさぁ」
ため息を吐いて、「馬鹿らしくなってきた」と呟けば、青年はシユウを見て言った。
「もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「そうか。なら、遠慮なく」
そう言ってシユウは、青年を立たせる。
何をする気だとツバメやヤシロ達がシユウを見つめると、シユウは青年の後頭部を掴み、頭を下げさせた。
「先ずは謝罪だ。後はまあ、働かざるもの食うべからずというだろう? すまないが、こいつに誰か食わせてやってくれないか。その後こき使っていいから」
「そ、それは構わないが……」
「だ、大丈夫なのか?」
「何かあったら俺が責任を取る」
シユウの提案に、ヤシロや集落の者達は戸惑う。
青年もまた何故ここまでしてくれるのかと、頭を下げながらもシユウを凝視すれば、シユウはチラリと青年を見て小声で言った。
「あくまでも今回だけだ。次また悪事を働いたら、その時は迷わず斬るからな」
「今回だけ、ねぇ」
全く甘い考えだと青年は思った。今回だけと許しを得た事で、本当に改心するとでも思っているのだろうかと。
優しいと思う以上に馬鹿で阿呆らしいと心が荒んでいくと、ヤシロ達の了承する声に、舌打ちをして俯いた。
(あーあー、なんておめでたい奴らなんだ)
あまりの人の良さに、心配になってしまうが、それでもどこかで古傷に沁み渡る何かがあった。
――
「ごちそーさんっ!」
満足そうに呟き腹をさする青年の前には、空になった茶碗や皿が沢山あった。
その食べっぷりに用意したコムギと、監視していたシユウは驚きや呆れを露わにしていると、同じく傍にいたツバメが言葉を漏らした。
「随分と食べていなかったんだね……」
「うん」
幸せそうな表情を浮かべる青年に、ツバメとコムギは苦笑する。
その一方で、タワラと共に戻ってきたカラスが青年に訊ねた。
「お前は旅人なのか? それとも」
「んー、まあ旅人と通してはいるけど……一応人間に連れて来られた身だしなぁ」
「人間だと?」
カラスが眉を顰めると、青年はハッとして慌てて弁解した。
「言っとくけど、別にあいつらと関係ある訳じゃないから! ただ、まだ食糧のある豊かな島があるって聞いてきただけだから!」
「貴方の故郷には食料が少ないの?」
「いや、食料が少ないというか、何というか……」
ツバメに聞かれ、青年は人差し指同士を合わせてぐるぐるしながら目を泳がせる。
いかにも何かを隠してそうな態度に、シユウは息を吐いてから、考えていた憶測を口にした。
「恐らくは、充分な衣食住を持てず、盗みなどをしないと生きていけない生活を送っていたんだろう?」
「! ……へえ、何でそう思ったの」
「たかが空腹如きで銃を向けるからだ。常に逼迫している状況でないとあんな行動はできない。しかし、お前の場合、それが慣れているように感じた」
震える事なく銃を構え、盗んだ食料を食らう。
シユウの目には青年と、自国で見かけた親を亡くし路地裏で暮らす子供たちと重なって見えた。
盗むという行為は悪いというのは多分分かっている。しかし、そうしないと生きていけない。
(だが、それ以外の道に。盗みなどをせずに、暮らしていける道へと導く。それが俺達王族の使命だ)
だからこそ放っておけなかった。放っておけなかったが、集落の人々からしてみれば、盗人を助けてやってくれと頼むのも、酷な話であったとも思う。
それでも受け入れてくれた集落の人々に感謝しつつ、シユウは青年と向き合った。
「俺達が出来る事はここまでだ。ちゃんと働いてまともに生きろよ。……だが、折角だし一つ提案がある」
「提案?」
シユウの言葉に、青年は顔を上げる。カラスは怪訝そうにシユウを見るが、シユウはそれを無視して話した。
「人間との関係を完全に断ち切るって条件だが、傭兵とかどうだ?」
「は? 傭兵?」
「シユウ?」
不思議そうにツバメがシユウを見る。シユウの提案に青年は考えこむと、「まあいいか」と言った。
故郷に帰ろうにも帰れないし、金もあるわけではない。それだったら傭兵やっていた方がまだ生きていける。そう考えて青年はシユウの提案に乗る事にした。
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