【1-11】

 突然のマムシ飛来により華蓮水かれんすいの男達がいなくなった後、少しして足止めをしていたカラスがやってくる。

 シユウとツバメが言い合っている姿に、「何があったんだ」とコムギに訊ねれば、コムギは疲れ切った表情で先程までの経緯を話す。


「マムシ? マムシを投げたのか?」

「ああそうだよ。ったく、噛まれなかったから良かったものの……」


 コムギに代わりシユウがそう言えば、カラスは落ち込むツバメに歩み寄る。

 近づいてきたカラスにツバメは見上げると、ふと手を取られ、じろじろと身体中を見られる。


「あ、あの? カラスさん?」

「噛まれてはいないな。良かった」


 安堵したように笑みを浮かべれば、ツバメはどきりとする。シユウはしまったという表情をすると、思わず二人の間に入り込む。


「お、おい。そろそろその手を離せ!」

「何故だ」

「そ、それは……!」


 獣耳を倒しながらも、なんと言おうか迷っていると、ツバメは何かが閃いた後にこりとして言った。


「シユウは寂しがり屋だから」

「ああ成る程」

「違ーう!!」


 ツバメの言葉とそれに納得するカラスに、シユウは叫ぶ。その声は森に大きくこだまし、コムギは苦笑いを浮かべていた。


――


 それからは特に何もなく、ひたすらに山を降りていけば、見慣れた道が見えて来る。

 ツバメとコムギは顔を見合わせて笑むと、つい足を早めてしまう。駆け出す二人にシユウは後ろから声を掛けた。


「ツバメ、病み上がりだから無理するなよ」

「分かってるよ」

「大丈夫かな……泥棒入ってないかな」


 飛び出したまま離れてしまった為、家の事を心配するコムギにツバメは「大丈夫だよ」と声を掛ける。

 集落の者でそんな事をする者はいない上、スギノオカ自体、あまり外部から人はやってこない。だから恐らく大丈夫だろう。

 そうツバメは思いながら、日が暮れた道を歩いて行くと、道の先に光がいくつか見えた。


「ん?」


 四人が足を止めれば、前から聞き慣れた集落の者達の声が聞こえてくる。

 ツバメは「おーい」と声を上げて手を大きく振れば、あちらも気づいたようで、ツバメとコムギの名前を口にする。


「いた! 見つかった!」

「良かった〜、龍に食われちまったのかとヒヤヒヤしたぜ」


 口々に聞こえる集落の者達の安心した声に、ツバメとコムギもそれぞれ「ご心配をおかけしました」と頭を下げた。

 先頭にいたヤシロは、そんなツバメとコムギの頭を優しく撫でながら「良かった」と言った後、二人の後ろにいたシユウとカラスの姿を見て、目を見開く。


「西の国の王子に……もしかして、カラスか?」

「えっヤシロ、カラスさん知ってるの?」

「知ってるも何もお前の……」


 そうヤシロが言いかけた時、後ろにいたタワラに肩を掴まれ止められる。ヤシロはハッとして引き攣ったように笑みながら、「ああそうだった」と口にする。

 だがそこまで言われると、ツバメでも気にしてしまう。「どういう事?」とヤシロとタワラに訊ねれば、二人は気まずい顔をした。


「もう隠せないか」


 やれやれと困った様にヤシロが口にすると、今まで黙っていたカラスが前に出る。


「すまんな。今まで隠してもらっていて」

「いや、いいって事よ。事情が事情だしな。……マツさんから話してもらうか?」

「いや、とりあえず俺から話す」

「そうか」


 ヤシロは頷く。タワラはじっとカラスを見つめていたが、カラスと目が合うと、ゆっくりとその目を細めて口を開く。


「でっかくなりやがったな。カラス」

「……ああ」


 キョトンとした後、カラスは表情を和らげ頷いた。

 そんなカラスにツバメ達三人は驚いた様子で眺めていると、カラスに声を掛けられた事で、ツバメは弾かれたようにそちらを向いた。


「話は後で家でする。すまないが先に行っていてくれ」

「あ……はい。分かりました」


 マツや集落をまとめる頭領の元へ行くと言って、ヤシロや数人を残しカラスとタワラ達は去っていく。

 ヤシロはその背中達を見送ると、「ああそうだ」とツバメを見て言った。


「昨晩、この集落で空き巣があってな。お前達の捜索を兼ねて、その犯人を追ってたんだよ」

「空き巣? 外部から?」

「恐らくな」

「えぇ……! 戸締まりせずに家空けてるのに!」


 コムギが青ざめながら声を上げれば、シユウが「急ぐか?」とツバメとコムギに声を掛ける。

 二人は頷き、ヤシロも念の為について行くと言えば、シユウを先頭に家へと向かう。


「所で王子様。お前さんを先頭にして大丈夫なのか?」

「ああ。安心しろ。というか、戦い慣れてるのはこの中で俺だけだろう?」

「そりゃそうだが……」


 もし万が一怪我でもしたら、この集落は責任を負われないだろうか。

 そんなヤシロの不安を他所に、シユウは刀の柄に触れ、いつでも抜刀できる様に構えていた。

 そうしている間に、ツバメとコムギの家が見えて来る。シユウは先に家の戸に向かうと、ヤシロが背後にいた集落の男達に小さな声で指示をし、家を取り囲む。


「……」


 戸に耳を当て、中を探る。と、微かにだが物音が聞こえた。その音にシユウはむっと険しい表情を浮かべると、ツバメ達を見る。


『いる?』

『いる。俺が入るから、お前達はそこで待っていろ』


 声には出さず、口元の動きと手の仕草だけで伝える。

 ツバメはあまり理解はできなかったが、コクコクと頷きそこで待っていると、シユウが戸に手をかけるのが見えた。

 勢いよく真横に戸を飛ばし、真っ暗な部屋にシユウは入っていくと、台所の方からガタガタと慌てる様な物音が聞こえた。


「そこか!」


 鍔を切り、柄を握ったままそちらまで向かう。

 台所の横には、食糧を保管する小さな蔵があった。台所に人の姿が見えない事から、恐らくはその蔵にいるに違いない。

 一段降りた台所に足を着き、蔵を見れば、太く大きな尻尾が見える。狸の獣人か、半獣人か……。


(まあいい。とにかく引き摺り出してやる)


 目を光らせその尻尾を掴み、「何をしているんだ!」と声を張れば、その尻尾の主は悲鳴じみた声を上げた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! お腹空いてたんです! ゆ、許して〜!」


 脚をばたつかせながら抵抗するその人物に、シユウは尻尾を手放す。


(しまった)


 逃げると思いもう一度手を伸ばせば、じゃき。とピストルが向けられる。

 シユウはそれを見て刀を抜いた瞬間、その銃口が火を吹いた。


「っ! 」


 即座に避けた事で、銃弾は背後の柱に着弾する。

 その柱を確認したシユウは、改めてピストルを持つ人物を見ると、先程までの悲鳴を上げていた主人とは思えない位に、不敵な笑みを浮かべる半獣人の青年がいた。

 格好が着物ではなく洋装である事から、少なくとも外部からの者だと一目で分かった。


「狸の半獣人……じゃなさそうだな。尻尾に縞模様がある」

「ご名答。よく分かったね」


 林檎を片手にピストルを向けたまま、青年はより笑みを濃くした。

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