【1-10】

 カラスの問いに、無理をしてでも帰ろうとしている事を悟らせない様に、何とか落ち着きを取り戻してツバメは返す。

 

「あ、えと……そろそろ帰らなきゃなって」

 

 様子がおかしいツバメにキョトンとしながらもカラスは頷く。しかしツバメの体調が心配なのか、眉を少し下げて「大丈夫なのか」と気遣う。


「まだ医者から安静にと言われていただろう」

「それはそうなんですけど……その、仕事を途中で放り出してきて……数日も経ってるから」


 そう目を逸らしつつ言えば、カラスは顎に手をやりしばし考える素振りを見せる。

 空には小鳥が数羽飛び回り、辺りに鳴き声を響かせる中、顔を上げたカラスは二人に提案した。


「それじゃ、俺も行く」

「はぁ?」

「か、カラスさんもですか?」

「ああ。俺も集落の方が気になるからな」


 驚くツバメの横で、嫌そうな表情をするシユウ。そのシユウをジト目で見つめながらカラスが言えば、ツバメはポカンとしつつも頷いた。

 こうして急遽帰ることになったツバメ達は、診療所で留守番をしているコムギの元へと向かい、そこでカラスと待ち合わせをする事になった。

 その診療所への帰り道。不満気なシユウに、ツバメは恐る恐る訊ねた。


「カラスさん苦手なんだ?」

「苦手……まあ、そうだな」

「それってやっぱり忍び込んだ時に怪我を負わされたから、とか?」

「いや。怪我は負ってないんだ。あいつからは」

「えっ?」


 今までの会話からして、てっきりカラスにやられたのかと思いきや、実はそうではないらしい。

 ツバメは目を丸くしつつシユウを見つめると、シユウはその視線を逸らし、溜息混じりに話した。


「あの傷は恐らく華蓮水かれんすいの奴らにやられた。でもその中にカラスはいた」

「それは華蓮水の内部調査を任されていたからじゃないの?」

「そうだな。……けど」

「けど?」


 ツバメに問われ、シユウは目を泳がせながら、微かに顔を赤らめる。そして小さな声で拗ねながら呟いた。


「あいつ、お前ばっかり見てる」

「…………ん?」

「何でもない。ほら早く帰るぞ」


 逃げるように早足でシユウは先に行ってしまう。ツバメはその後ろ姿を見つめながら、その言葉の意味を考えてしまった。

 カラスのツバメに対する態度は優しく、それどころか暇さえあれば常に顔を出していた。

 それは同じ黒龍こくりゅう族の生き残りであり、知り合いだからっていうのもあるのだろうが、シユウにとってはそれが気に入らなかったらしい。


「シユウは寂しがり屋、なのかな」


 と、ツバメは呟くものの。

 本当のシユウの気持ちを知る事になるのは、これからだいぶ先の話である。


―――


 ソメイとの用事を済ませたカラスが、ツバメ達と合流した後、四人は白龍族の土地を離れていく。

 行き道の途中にあった滝の通り道では、来た際意識を失っていて見た事がなかったツバメが感激の声を上げていた。


「すごい……! こんな横に広い滝があるんですね!」

「ああ。だが足元には気を付けろ。滑りやすいからな」


 興奮するツバメに、カラスは微笑ましそうに見つめながら声を掛ける。その様子をコムギもまたニコニコとして見つめた。

 弧を描くようにカーブした滝の後ろの道を歩いていけば、やがて岩が並んだ険しい道のりがやってくる。

 ここでシユウは先に岩を渡り、ツバメに手を伸ばすと、ツバメもまたシユウに手を伸ばした。


「滑るからな。落ちるなよ」

「う、うん」


 しっかり握り、何とか岩を越える。続いてコムギとカラスも渡り切ると、集落まで続く山道へ無事に着いた。

 コムギが早くも疲労感を顔に浮かべる中、カラスはツバメに話しかける。


「身体は大丈夫か?」

「はい。まだ動けます」


 全快ではないものの、ツバメは昔から体力には自信がある方なので、これぐらいでは何とも無かった。

 コムギはそんなツバメに、「流石ツバメだね」と笑みを浮かべていうと、ツバメも笑んで照れた。

 しかしそんな穏やかな会話も、シユウの表情が険しくなった事で一気に張り詰めた空気へと変わる。

 目には見えなかったが、風を切る音にツバメはコムギを守ろうとすると、カラスは腰に下げていた剣を抜き、辺りを警戒する。

 シユウもまた刀を抜けば、目を光らせ矢を切り落とした。


「この矢の羽からして、華蓮水だな」

「だろうな!」


 カラス曰く、華蓮水が扱う矢の羽はフクロウの羽根を使っているらしい。

 その情報を聞き流しながら、シユウがその矢を次々と刀で切り落とす中、カラスは切り落とせなかった矢を素手で掴み肩に背負っていた弓でうち返す。

 その神業ともいえる行動に、ツバメとコムギは思わず声を漏らすと、カラスは振り向き声を上げる。


「俺たちから離れるなよ。どこから飛んでくるか分からないからな」

「って言っても、このままじゃ埒があかないぞ」


 飛んでくる矢の数は少ないとはいえ、日も傾き始めている。夜になったらツバメとコムギを守れない。とはいえ、背中を向けるのもそれはそれで恐ろしいものである。

 カラスは息を吐き、「仕方がない」と呟くと、シユウを見て言った。


「お前は二人を連れて先に行け。俺が足止めする」

「分かった!」


 シユウはすぐに頷くと、ツバメとコムギを呼ぶ。二人はカラスが心配であったが、「大丈夫だ」と返され、三人は急いでその場から離れていく。

 しかし、それでも尚矢はこちらへと飛んでくる。


(やっぱり俺だよな。狙いは)


 カラスのいた背後を見れば、遠くからカラスがこちらに向かってやってくるのが見える。


(俺が足止めに回るべきだったな……!)


 さっきの場所からあまり離れていない所で、再び足止めを食らうと、シユウは二人に茂みに隠れるように言う。

 ツバメは頷き、コムギの腕を引いて傍のシダの葉の茂みに入る。とその茂みの中に嫌でも見慣れた鎖模様が見えた。


「ッ……マムシ!!」


 ツバメとコムギに緊張が走る。マムシも突然現れた二人に驚き、尻尾を鳴らしていた。

 山である以上当然ながらヘビもいるわけだが、よりにもよって毒ヘビに遭遇してしまうとは。

 ツバメの言葉にシユウも振り向くと、ツバメは慎重に離れた後、辺りに落ちていた長い木の枝を拾う。


「つ、ツバメ……?」

「コムギ、離れててね」


 コムギは嫌な予感がした。

 シユウもツバメが気になりつつも、矢を落とす事に集中する。するとコムギの悲鳴が響き渡り、シユウは振り向く。その瞬間、何かが背後から遠くへと飛んでいくのが見えた。


「っ……!? ま、マムシ!?」

 

 口を開きながら宙を舞う鎖模様の蛇に、シユウは背筋が凍った。そして飛ばされた遠くの茂みから、華蓮水の者達らしき叫び声が聞こえ、矢の攻撃がおさまる。

 シユウは放心し刀を下ろした後、ゆっくりとツバメを見れば、震えた声で怒鳴った。


「お、お、お前〜!! なんてものを投げてんだよ!!」

「だ、だってそこにいたんだもん!」

「いたからって投げるな!!」


 コムギが恐怖で涙目になって震える中、ツバメもまたガタガタと震えながら、木の枝を握りしめた。

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