【1-9】

 白龍はくりゅう族の中で派閥が出来たのは、つい数十年前の事。

 気高く、美しいと自他共に認める種族だけあって、その言葉通りに生きる者、そしてそれとは関係なく生きていく者。そのどちらかで自然と分かれていった。

 最初は派閥など頭にはなく、ただの個人主義に他ならなかったのだが、いつしかそれが明確なものになり、一部の者たちによって極端化が始まった。

 そんな中最初に名乗りを挙げたのは、ソメイの言う華蓮水かれんすい派閥であった。

 彼らは、白龍族としての名声や肩書きをより誇りに思っており、名を汚す者はたとえ同じ白龍族であろうとも嫌っていた。

 そんな極端な思想についていけなくなった他の白龍族を集めたのが、ソメイ達清竹きよたけ派閥。華蓮水派閥はそんな清竹派閥を一方的に敵視していた。

 彼らの白龍族を守りたいという気持ちは、ソメイもカラスも分からなくはない。だが、度々起こる華蓮水の問題には頭を悩まされていた。


「数年前の事もありますし、あれ以来再び過激になっていたとは聞いていましたが……」

「恐らくは、西の王子が忍び込んだからでしょう。しかし、実際の所やはり龍化した者を隠していました」


 数年前、下の集落の子が知らずに入って来た時の騒動も、華蓮水には龍化した者がいた。

 そもそも、子どもが入ってくる事はそう珍しい事ではなく、今までは特に問題視はされていなかった。それを大袈裟に騒ぎ立て、華蓮水派の白龍族は子の両親を攫ったのである。

 結局の所、華蓮水は白龍族の肩書きを利用して、龍化の者を存在させる為の理由探しをしたかったのではないか。そう二人は思っていた。そしてそれは今回も似た様な考えでだろう。


「それで、その龍化した者は」

「王子がやりました。途中マンナカ様も気付かれたようですが」

「マンナカ様が……」


 カラスの報告に、ソメイの表情がますます険しくなる。

 この大地を守護する地龍のマンナカが動いたとなれば、清竹も黙ってはいられない。

 頭を抱え深く息を吐いた後、ソメイは目を伏せて呟いた。


「そこまで大事になってしまった以上、こちらも動かなければなりませんね」

「……そう、ですね」

「カラス?」


 カラスのぎこちない返事に、ソメイは顔を上げる。カラスは無表情のまま黙り込んでいると、間を空けて口を開いた。


「ここ最近、人間が白龍族の我らを狙っていると聞きます。今回の件で滅びの道に向かわぬと良いのですが」

「人間……」


 シユウから聞いた話ではあるが、あえてシユウや西の事を明かさずにカラスは話した。それを聞いたソメイは驚いた顔を強ばらせた。

 外部からの情報があまり入ってこない、こんな山中に住んでいるとはいえ、人間の世界で今戦争が起きていることはソメイ達の耳にも入ってきている。

 特に人間に対しては、白龍族を含む、様々な龍族との間には因縁がいくつもあった為、聞き捨てならなかった。

 人間の因縁については龍族に関わらず、他の獣人達の種族達もそれぞれ持っている。だが、龍族は他の種族以上に人間に対して恨みを持っていた。


「龍の鱗や皮などは防具などにはとても良い素材だそうで。人間の世界で戦争が起こる度に、我らもまた狙われました」

「ええ。よく父や祖父達が語っていましたから知っています。特に今の時代は龍族は白龍族私達のみですから」

「はい、ですから」


 こんな時こそ協力し合わなければならないというのに。我々は同族同士で派閥争いをしている。

 ソメイは悔しげに袴の布を握りしめると、カラスは静かに言った。


「俺たち黒龍こくりゅう族や、かつてあった緑龍りょくりゅう族、黄龍おうりゅう族、青龍そうりゅう族……。龍族の未来は全て白龍族に託されています。俺は黒龍族の生き残りとして、そして貴方の従者としてこれからも支える所存」

「カラス……」


 真っ直ぐと見つめられ、ソメイは目を細める。

 ソメイは白龍族の清竹派閥の長として、かなりの期待を背負っていたが、常に不安でいっぱいだった。そんな彼にとって、カラスの言葉はとてもありがたく頼もしく思えた。

 袴を握っていた手から力を緩め、ソメイは小さく息を吐くと、「ありがとう」と不安げながらも笑みを浮かべた。


――


 それから数日が経ち、怪我がだいぶ癒えたツバメは大分動ける様にはなっていた。

 とはいえ強い毒を受けていたので、医師からはしばらく安静にとは言われているが。


「動けるようになった以上、何かしてないと落ち着かないんだよね」


 ツバメはそう言って、白龍族の土地を歩き回っていた。その隣には護衛と言ってシユウも付いてきている。


「落ち着かないってお前な……」


 呆れつつシユウが返すと、ツバメはにこりと笑う。

 この数日の間でツバメはシユウと仲が良くなり、彼から様付けや敬語は無しでと良いと言われていた。

 ツバメは「分かった」と言ってすぐに馴染んでしまうと、シユウは驚きを超えて呆気にとられていた。

 だがそんなツバメの性格故に、白龍族の人々とすぐに仲良くなっていく姿を見ていると、シユウは次第にツバメに惹かれるものがあった。

 視界の前方でツバメが辺りをキョロキョロとしては、物珍しい草花を見つけては目を輝かせる様子を見せる中、シユウはふと周りを見渡し、人々の顔を窺う。


(やっぱり、敵視はないか……)


 時折こちらを見ては自分達に対して何か話している素振りする姿は何度か見かけたものの、それでも嫌悪感を露にする事はない人々に、シユウは複雑な気持ちを抱いてしまう。


(カラスあいつの言う通り派閥が違う……からか?)


 まあ争いもなく、平和に過ごせればそれが一番良いのだが。それでも申し訳ない気持ちはあった。

 湿気った気持ちを切り替えるように、頭を掻きながらため息を吐けば、ツバメが首を傾げ「どうしたの」と訊ねる。


「何でもねえよ」

「本当? もしかして傷が痛むんじゃない?」

「大丈夫だ。大分良くなったから。それよりも他に見たい場所はないのか?」

「うーん」


 ツバメは顎に手をやり考えると、あっと何かを思いつく。そして急に顔を青ざめながら焦った様子で呟いた。


「ど、どうしよう。胡桃餅……」

「胡桃餅?」

「うん。コムギにって、キナコさんが……。飛び出してから村に戻ってないから皆心配してるよね」

「あー……そういやそうだな」


 白龍族で色々あったとはいえ、突然飛び出してから数日音沙汰なしとなると今頃集落では大騒ぎになっているんじゃなかろうか。

 シユウもそれを危うくその事を忘れており、少し焦りを見せる。


「帰れるなら今日帰っても良いが……傷が」

「いや帰れるならば無理してでも帰る! 流石に家を長く空けとくわけには!」


 そう言ってツバメは来た道を帰ろうとする。と、後ろには、たまたまソメイの所へ向かおうとしていたカラスがいた。

 カラスは二人を瞬きして見つめると、「どうした?」と訊ねた。

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