【1-7】
滝からの水飛沫を浴びながら、砂利道を歩いて行けば、くり抜かれた様にトンネルが現れる。そのトンネルをくぐった先に男のいう
周囲を背の高い杉や竹に囲まれ、寄棟造の屋根の家があちこちに建てられている。地面は白い砂利で覆われており、まるで神社の境内の様な雰囲気の集落であった。
その集落にある、大小複数の建物が寄り添う診療所の布団の上。傷の痛みに呻き、熱による怠さを感じながらも、ツバメは目を覚ました。
ぼんやりとしてしばし瞬きをした後、ふと手に温かさを感じそちらを向けば、コムギが手を握ったまま傍で横になって眠っていた。
その背後では、壁に寄りかかるようにシユウも座って眠っている。ここに来てからだいぶ時間は経っているようだ。
傷を負った右腕は包帯が何重にも巻かれており、傷に障らぬように、手のひらをそっと握ったりして動かすと、自分の意思通りに動く事が出来た。
それに安堵したツバメは息を吐き、眠っているコムギの頭を左手で撫でる。ピクピクと長い耳が動くが、疲れているようで起きることはなかった。
そんなコムギにツバメは思わず笑みを浮かべる。そのままコムギを撫で続けていれば、部屋の引き戸が開き、あの黒髪の男が入ってきた。
「目が覚めたか。良かった」
「ああ、えと。ありがとう、ございます。……あの、ここは」
「白龍族……っていっても、
「きよ、たけ?」
白龍族に派閥とかあったんだと、ツバメは不思議に思っていると、男は歩み寄り膝をついて見下ろしてくる。
シユウよりも背は高く、そして切長の美しい青い瞳がこちらを見つめてくると、ツバメは不意に目を逸らしながらも、男に訊ねた。
「貴方は、
「ああ、そうだ」
「やっぱり」
自分以外にもまだ居たんだ。
そう嬉しさと、どうしようもなく泣きたくなる気持ちでいっぱいになると、男はツバメの頭に触れる。
男は引き締めていた顔を緩め、ツバメの頭を優しく撫でながら「ツバメ」と名を口にした。
シユウを助ける為に出てきた時も、自分の名前を言っていた事を思い出し、ツバメは間を空けてまた質問する。
「名前を知っているという事は、私の知り合いだったんですかね」
「……そうだな、知り合いだな」
一瞬寂しげな表情を浮かべたが、すぐに笑んで頷く。その表情で、ツバメは男とは知り合い以上の何かだったのだと分かった。
男はツバメから手を離した後、シユウを見る。目は閉じていたが、耳が動いているので、起きてはいるらしい。
溜息混じりに、男はシユウに声を掛ける。
「おい、お前も重傷だろう。隣の部屋で寝ていろと言った筈だが」
「何があるか分からないだろ。第一、お前をまだ信用している訳じゃないからな」
紫の瞳が男を睨む。男は呆れた様に「そうか」と言うと部屋を出た。
シユウの尻尾がパタパタと苛立ち混じりに動く中、息を吐いたあとツバメを見る。眉間の皺が無くなり、ツバメに声を掛けた。
「身体の方はどうだ?」
「さっきよりは少しマシになりました」
「そうか。それは良かった」
尻尾が止まり、シユウは目を細める。と、ここでコムギも目を覚ますと、ツバメと目が合い顔を上げた。
「ツバメ……? ツバメ! 大丈夫!?」
「う、うん。大丈夫。……ごめんね、心配かけて」
コムギの勢いに圧されながらも、苦笑しながら謝れば、コムギは首を横に振って涙を浮かべる。
「謝るのはこっちの方……。私があんな事を言わなければ、ツバメが怪我をする事も無かったのに……」
「白龍族の男の人に言った事?」
「うん……」
「けど、それは私を守ろうとして言ってくれたんでしょう? 分かっているよ。ちゃんと」
ありがとうとお礼を言いながら、ツバメは再びコムギの頭を撫でる。
コムギは、堪えきれず嗚咽を漏らしながら泣き出せば、ツバメは身体を起こしてコムギを抱きしめた。
大丈夫だからとツバメはいうが、やはり怖かったのだろう。ツバメを守る為とはいえ、自分がああ言ったせいで相手を怒らせ結果的にツバメを傷つけてしまったんじゃないかと。
ツバメは知らないが、ここに着いた後医者から「あと少し遅れていたら命を落とす可能性もあった」と言われていたのもあり、コムギはかなり自分を責めていた様だった。
「良かった……目を覚まして、本当に良かった」
コムギはそう何度も繰り返して言う度に、ツバメも頷き返す。
その二人の様子に、シユウも静かに見守っていたが、しばらくしてコムギに近づき声を掛ける。
「コムギ、そろそろツバメを寝かせてやってくれ」
「……っ、はい」
シユウにぽんぽんと頭を撫でられながら言われ、コムギはツバメから離れる。
ツバメもコムギから離れると、シユウを見て言った。
「その、すみません。ご迷惑をおかけして」
ツバメが謝ってきた事にシユウは驚くと、顔を曇らせる。
「迷惑だなんて。むしろそれはこっちが言う事だ。俺の事情にお前達を巻き込んで、それに怪我までさせてしまった。王子として失格だ。本当に申し訳ない」
シユウは頭を深々と下げると、ツバメは勿論コムギも慌てる。
「そ、そんな! 頭を上げてください! こっちも非があるんだし!」
「そうですよ!だから失格だなんて事は……!」
言われたシユウだが、頭を上げる事はなかった。だが、男が部屋に戻ってくると、シユウは急に顔を上げた。
男は今までのやりとりが聞こえていたらしく、シユウを見て言った。
「責任を感じているというのならば話してもらおうか。数日前に集落に忍び込んだ件も含めてな。彼女達もだが、お前の事情をよく知らないまま様々な事に巻き込まれているしな」
責任を感じているというのならば、せめてその事情を話すべきだろう。
正論ではあるのだが男に言われた事でシユウは複雑な表情を浮かべつつも、「そうだな」と返事してツバメとコムギの顔を見る。
彼自身としては、自分の事情に巻き込みたくはなかった。とはいえ、こうなった以上は仕方ない。
悩んだ末にシユウは話す事を決め、真剣な表情をツバメ達に向ける。
「俺……俺達の国は近々、人間の国と同盟を結ぶ事になっている。何でも人間の世界で戦争が起きているから、その資材や食料供給の確保の為だそうだ」
人間という言葉に男の顔が変わる。組んでいた手に力が入り、シユウに鋭い視線を向けた。その痛い視線を受けながらも、表情を変えずシユウは話し続ける。
「同盟って言ったって、完全にあちらの押し付けなんだがな。ただ国力の差もあって、従わないとどうなるか分からないぞと脅されている」
「脅されているって、いつからですか」
「数ヶ月前からだ。だが言ってしまえば混乱させてしまうと思って、民には言わないようにと親父……王に言われている」
訊ねたツバメにそう答えると、ツバメと聞いていたコムギは驚きの表情を浮かべる。
男はより眉間に皺を寄せ、シユウを見つめていた。
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