【1-6】

 胸を貫かれたその男は声を発することも出来ず、自らの血に溺れて絶命した。

 その凄惨な状況に周りの白龍族の男達はもとより、コムギは顔を真っ青にしてその場に膝をつく。ツバメはコムギに寄り添うも、目の前で命が奪われた事に信じられないでいた。


「ま、ま、まさかハクレン様まで手にかけるとは……!」


 中年の白龍はくりゅう族の男がわなわなと身体を震わせ、手にしていた槍の穂先を向ける。それを合図に他の白龍族も飛び出してきた。

 このままではシユウが滅多刺しにされる。そう思ったツバメは、シユウに声を掛ける。

 だが、シユウは胸を刺したまま立ち尽くしている。顔は苦痛で歪んでいた。


「……っ」


 今になって前に受けた傷が疼き出したのだろう。俯き痛みで脂汗を肌に滲ませながらも、シユウは柄を握る手に力を込めた。


「シユウ様!」


 逃げないシユウにツバメが名を叫ぶ。それに対しシユウは顔を上げると苦い笑みを浮かべ、「ごめんな」と口元を動かした。

 動けないシユウに、男達の長い槍が四方八方から突き出される。穿たれそうになったまさにその時、白龍族の中から誰かが一人シユウへと走り出す。

 白い外套で頭から隠しており、ツバメからは顔をはっきりと捉える事は出来なかったが、その人物は腰に差していた剣を抜き、シユウを守る様に剣を振るう。剣から発生した渦巻きの風が周囲へ押し戻すと、男達はそれぞれ腰や膝を打ちつけうずくまった。

 突然現れた人物によって倒された光景に、シユウは呆然として眺める。と、その人物が風によって外套が剥がされ姿が露わになった時、シユウは目を見開いた。


「お前……ッ!?」

「全く、世話の焼ける」


 そう呟いて、剣を鞘に納める。

 夜空のように真っ黒な短髪に、これまた透き通った青い瞳。


(——間違いない。こいつは)

 

 警戒するようにシユウはこの黒髪の男を見つめた。


「ツバメと同じだ……」


 遠くで見ていたコムギもまた言葉を漏らすと、ツバメはその男をじっと見つめていた。


(同じ髪に、瞳……恐らく、私と同じ所の)


 思い出そうとするが、無意識に眉間に皺が寄る。すると、黒髪の男はツバメを見て微かにだが優しく笑んだ。


「ツバメ。大きくなったな」

「っ……?」


 懐かしむ様にそうツバメを見て言った後、表情が引き締まり再び抜剣する。

 黒髪の男の行動に、男達は驚いていたが、すぐさま「裏切り者」と言って攻撃してくる。

 もう怒りの感情を抑える者はいないのだろう。その目は殺意に塗れていて、龍化を始めた男達もいる。


「馬鹿らしいな。たかがこんな事で龍化するなんて」

「お前……!」

「早く立て。邪魔だ」


 男に言われ、シユウはふらつきながらも立ち上がる。

 倒れている白龍族の男の胸から刀を抜き、血を払えばそのまま構えて男達を見る。その刀は刃こぼれが起きていた。


「足を引っ張るなよ」

「お前こそ」


 男とシユウが言い合いながらも背中を合わせると、それぞれ目の前の男達に向かって戦い始める。その戦いをツバメ達はただ見守る事しかできなかったが、ツバメは黒髪の男をずっと目で追っていた。

 自分の名前を知っていた。という事は、自分の知り合いに違いない。しかしよく思い出せなかった。

 というのもツバメ自身、自分が生まれた集落の事をよく覚えていない。何者かに襲われたという所までは分かるのだが、それ以前の記憶が抜け落ちてしまっていた。

 思い出せない。思い出せないけど……何かが引っかかる。


(……だめだ。分からない)


 頭痛を感じ、目を伏せて俯く。その様子にコムギが心配して大丈夫かと声を掛ける。ツバメは頷くが、顔色はあまり良くなく傷からの出血も止まっていなかった。


「ツバメ」

「……」


 傷ついた腕を少し上げるが、声は発せなかった。

 改めて傷を認識して見つめているうちに息が上がり、急激な怠さがツバメを襲う。意識を保とうと努力はするが、やがて糸が切れた様に目の前が真っ暗になった。

 地面に倒れたツバメにコムギは焦って名前を呼ぶ。その呼ぶ声に、シユウと黒髪の男は気がつき二人を見た。

 気付けば戦いは終わっており、龍化した者以外は気を失って地面に伏せていた。


「ツバメ……ッ!」


 シユウが駆け寄りツバメの上体を抱き起こす。揺らし何度も呼びかけるが、ツバメは汗が肌を伝い、辛そうに息をしていた。

 男も遅れてやってくると、ツバメの状態や傷を見て顔を歪める。


「多分毒を貰っている。早く解毒しないと危ない」

「毒!? な、何で……」

「龍化した白龍族の爪には毒が染み出している。ツバメの場合深く傷ついているから沢山入ったんだろう」


 白龍族の身体に持つ毒は高熱を出すだけでなく、全身に痺れをもたらしたりもする危険なものだった。

 驚くコムギに説明しながら、男は外套を引き裂き、ツバメの傷の上から腕に巻く。

 すぐに医者を。とシユウが言ってツバメを運ぼうとするが、傷だらけの身体にツバメを抱える体力があるはずがなく、抱えてすぐに跪いた。

 それを見ていた男は溜息をついてシユウの代わりにツバメを抱き上げる。

 

「ここからだと白龍族の土地がある。そこに向かうぞ」

「は、白龍族の土地ですか……?」

「そうだ。何か問題があるか?」


 耳を下げて不安げにコムギが訊ねれば、男は不思議そうな表情を浮かべる。

 シユウも険しい表情を浮かべ、「問題大ありだ」と返した。


「ついさっきまでその白龍族と戦っていたんだぞ! 何をされるか……」

「ああ、その事か」


 納得すると男は倒れている男達を見つめる。数名は意識が戻った様だが、こちらを睨んで逃げていった。


「あいつらは、同じ白龍族でも派閥が違う奴らだ。俺のいる所はあいつらと違う。早々手は出さんよ……ま、正式な手続きを踏んだらな」

「うっ」


 ジロリと見つめられシユウは呻く。理由があったとはいえ、痛い所を突かれてしまったようだ。

 シユウは頭を抱えた後、息を吐いて「仕方がなかったんだ」と弁明するが、男は表情を変えず不審げに見つめた。


「まあいい早く行くぞ。言い訳は後で聞く」

「……おう」


 きちんと聞かれる事もなく切り上げられた事で、渋々立ち上がり不満げに頷けば、シユウはコムギを連れて男の後を追う。

 白い雲が広がり、木々の合間から差す光がゆっくりと弱まっていく中、四人は走って暗い森の奥地へと向かっていく。

 進むに連れ、次第に木々が高くなり、シダの葉の大群が目立ち始める。

 本当にそっちで合っているのだろうか? と思う位に、建物の影が見えず。次第にシユウとコムギは心配になってくると、しばらくして男が足を止めた。


「この先だ」


 そう言って男が指差した方向を、シユウとコムギは左右分かれて男の背後から覗く。

 今歩いている道から少し降りた小川のその先。そこには横に広がった低くも大きな滝があった。


「その滝の内側の先に、俺達の集落がある」

「本当かよ」


 シユウがそう言いつつ進み始めた男について行く。

 半月状にカーブしたその滝に近づいていくと、外から見ている以上に内側が広く、その先に裏道らしきものが見える。


「あ、あの道ですか」

「そうだ。滑るから気を付けろよ」


 男は慣れた様に岩や石を飛び移り、滝の内側まで来る。それに続くように、二人も見様見真似で、苦労しながら何とか渡りきった。

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